阿達雅志の発言 (東日本大震災復興及び原子力問題特別委員会)
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○阿達雅志君 今、規制委員長それから内閣府の方からのお話を聞きましても、確かにこの基準それから計画についてしっかりしたものをもう作っていただいているというふうに私も信じておりますが、それを、やはり国民に対してもその信頼をどうやって得るかということを考えたときに、せっかく皆さんがこれを国民に対してもうこれだけしっかりしたものを作っているんだからということで説明をされても、こういう裁判でひっくり返されると、裁判に対する国民の信頼というのももちろんありますから、やはり行政側が言ったことというのが疑義が付いてしまうという、疑義を持たれてしまうということは十分起こり得るんだと思うんです。
この部分というのは、やはり行政と司法との間でのある意味綱引きの部分でもありますし、そこでどういうふうに、じゃ、行政の側がこの司法とで関与していくかということが大事になるのではないかというふうに思いますが、私はもう一つ、今回のこの仮処分というものを見たときに幾つか問題があるなというふうに思っております。
一つは、この仮処分というのが効果という点において、実は民事訴訟によって行政による許可取消しと同じ効果が生じてしまっているのではないか、本来だったら行政訴訟でやるべき話をこういう民事訴訟でやっていることによって、しかも仮処分という即時に効力を発する手続を原告側が用いたことによって行政訴訟と同じ効果が生じてしまっていると。しかもまた、この問題の根本的解決ということを考えたときに、電力会社自体はさっきの規制基準だとかあるいは避難計画、この合理性を十分に証明できるだけの立場にないという問題があると思うんです。結局、当事者でないから国はこの裁判に入っていかない、ところが裁判で取り上げられている中身は国の一種の許可あるいは計画ですから、行政処分であるにもかかわらず、それが民間としては証明し切れないと、こういう非常に厄介なことになっているように思うんです。
こういう中で、しかもこれ仮処分が実際に将来上級審でひっくり返った場合には、民間企業としては損害賠償の請求を考えざるを得なくなる可能性がある、こういう損害賠償を仮に経営陣が行わないとしたとしても、株主代表訴訟で損害賠償をしろということで訴えられた場合に損害賠償ということが現実に起こり得ると、そうすると、これは訴えられている住民の方にとっても利益にならない、こういう非常に何か矛盾した状況ができているんじゃないかというふうに思います。
そうすると、やっぱりこの紛争を根本的に解決するためにはもう少し法律の枠組み、仕組みを考えていかないといけないのではないかというふうに思います。その一つとしては法務大臣権限法第四条というのがございます。これは、私、去年の委員会でも一度指摘をさせていただきましたが、ここでは、「法務大臣は、国の利害又は公共の福祉に重大な関係のある訴訟において、裁判所の許可を得て、裁判所に対し、自ら意見を述べ、又はその指定する所部の職員に意見を述べさせることができる。」と、こういう規定があるわけです。
過去これは実際には一件しか使われていませんし、また、裁判所側から要求があった場合に使うというような運用がなされているように聞いておりますけれども、ただ、今回の事態というのは、やはりこの日本にとってのエネルギーの問題、それから住民の方にとっての安全というのはまさに国の利害又は公共の福祉に重大な関係のある訴訟でないんだろうかというと、やはり私はこれはもうこういう重大な関係のある訴訟であるんではないかというふうに思います。また、実際に、これ民間企業同士の話だとはいっても、政府が証人として訴訟に参加するということはあるわけですし、その中で基準あるいは計画の正当性というのをしっかり議論をしていただくということもあるんではないかと思います。
また、こういう科学的、技術的な問題についての考え方というところで、例えば専属管轄化を図るとか、あるいはこういう仮処分について、行政事件訴訟法第四条の考え方を類推してこういう問題については仮処分の例外にするんだと、こういうことがあってもいいんではないか。今起きている事態というのは、紛争の根本的解決というところからいくと、どうもいろんな法律のエアポケットに落ちてしまっているような気がいたします。
そういう中で、法務省にお聞きをしたいんですけれども、やはりこういう国自体がしっかり本来決めた基準あるいは計画、そして一種の行政処分と言えるようなものについてのこういう民間の間での訴訟の在り方について何らかの対応というのを考えるべきではないかと思うんですが、いかがでしょうか。