浅野善治の発言 (法務委員会)

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○参考人(浅野善治君) 大東文化大学の浅野でございます。
 本日は、このような機会をいただき、誠にありがとうございます。
 人種等を理由とする差別の撤廃のための施策の推進に関する法律案についてということでございますけれども、憲法的な観点からの問題点というものは、調査室からいただきました資料の中にもたくさん御指摘ございますし、また、これまでの委員会の御議論の中でもたくさん取り上げてきているところでございますので、こうした憲法的な視点ということだけではなく、むしろ立法学的な視点ということも加えて、少し考えているところを述べさせていただきたいというように思います。
 まず最初に、人種等を理由とする差別に対する私の基本的な考え方というものを明らかにしておきたいというふうに思います。
 人種等を理由とする不当な差別というものは、これは社会的にまず許されるべきではないというように思っておりまして、こうした不当な差別的行為には社会は厳然として対処していくべきだというふうに考えております。こういう考え方、こういう基本的な考え方につきましては、今回法律案を御提案なさっていらっしゃる発議者の方々ですとか、あるいは今回の法律案の基礎となっている理念というものと異なるところはないのではないかというように思っております。
 今回は、こうした差別の撤廃のための施策として法律の制定ということをお考えになるということですけれども、社会には多様な価値観ですとか多様な意見というものが存在いたします。そういう多様な価値観あるいは多様な意見の中で自由な議論を行い、社会が何が許されない人種等を理由とする不当な差別なのかということを判断し、社会がそういう議論の中で不当な差別の解消に向けた厳然としたその対処というものを決定していくということが望ましい姿ではないかというように考えております。
 そうした中で、国ですとか自治体とは一体どういう役割を果たすかということでございますが、社会がこうした差別の解消に向けた適切な判断ができるように環境を整えていくという、そういう形での関与というのが望ましいというふうに思っております。そういったことによって、環境を整えることによって社会のそういう積極的な取組というものが促進されていくと、こういう姿が望ましい、そんなふうに考えております。
 ただ、社会の中でこうした不当な差別というものが行われていく中で具体的に発生してくるところの権利の侵害ですとか、あるいは社会に対する危険というものが発生してくるとすれば、これを防止していくということも国とか自治体の重要な役割ではないかと、このように考えております。
 今回は法律を制定してということでございますが、法律を制定するということの意義について少し述べさせていただきたいというように思います。
 法律をなぜ制定するのか、あるいは、なぜ法律を制定しなければならないのかということでございますけれども、法律を制定しなければならない事項として、よく法律事項という言葉が使われています。この法律事項という言葉あるいは法律を制定しなければならないことということは、法の機能ということと大きく関係してきます。
 法律には法律にしかできない機能というものがあるわけでして、それはどういうことかというふうに申し上げますと、それは、法律の規定する内容というものをその適用対象の意思のいかんにかかわらず強制することができる機能、これが法の持っている機能ということになるかと思います。法の強要性という言い方がされますが、法律に制定された内容については、国民の自由を制限してでも権利が一方的、形成的に実現ができると、こういったことになるかと思います。また、それは逆に、法律によらなければ国民の自由は制限されないというようなことも意味しておりまして、権力はその内容を形成的、一方的に実現するためには法律によらなければならないということを意味することにもなります。
 ですから、そういった中で法律を制定するということですから、権力を適切にコントロールして国民の自由を守るという、そういう意味を法律というのは持っているというふうに思います。ですから、法律をもって規定する場合には、その法律で規定すべきこと、あるいは法律によって規制すべき場合というものについてはこのような観点から慎重な検討をなされなければならないと、このように実は思っております。
 今回の法律案でございますが、題名が人種等を理由とする差別の撤廃のための施策の推進に関する法律というようになっておりますが、これをもう少し言葉を補ってその内容を明確にさせようとするとすれば、人種等を理由とする差別の公権力による撤廃のための施策、公権力の施策ですね、の推進を定める法律ということでして、公権力の使い方、それを定めている法律ということになるかと思います。
 今回の法律案の基盤といたしましては、人種等を理由とする不当な差別行為は社会的に許されないと、許さない、許されないということですけれども、この認識自体は私の基本的な考え方と異なるところはございませんが、しかし、その社会的に許されないということを実現していくために、何が許されない不当な差別行為であるかということと、それから、その許されない不当な差別的行為に対してどのような防止措置をとるかということを判断していくということが必要になります。
 こういう判断を一体誰がどのように行っていくのかということが実は重要な問題ではないかというふうに考えております。こういう不当な差別行為は何かとか、あるいはどういうようなその防止措置をとっていくのかということを、公権力が裁量によって判断をする方がいいのか、あるいは社会の自由な議論の中で判断していく方がいいのかということになるかと思います。
 今回のヘイトスピーチ規制というような憲法上極めて重要な表現の自由というもの、基本的人権の中核を成すような、そういう価値というものを制限する場合には、公権力による裁量判断というものは適切ではなく、やはりその社会の自由な議論によって規制されていくものが判断されていくということが望まれるかと思います。もちろん、このような非常に重要な権利であったとしても、公権力はそこに対する何らの制約はできないというわけではないというふうに考えております。
 では、どういう場合かということになりますが、社会の自由な判断に任せておくとすれば、個人の権利が侵害される、あるいは社会に対して具体的な危険を生じさせてしまう、そういうような場合についてはそこに公権力が制約を加えるということが必要になるかと思います。
 言ってみれば、社会が自由に判断をする価値というものを制約してでも確保しなければならない個人の権利を保護するという価値や社会の危険を守るという、そういう価値がある場合には公権力はそれを規制をする、制約をする、そういう措置が求められるということになるかと思います。
 この両者の価値を比較考量をして、後者の価値が前者の価値を上回る場合には公権力によって適切な解決が図られなければならないということかと思いますが、その表現の自由というものは憲法上も極めて重要な基本的人権の中核的な価値ということになっておりますので、どういう場合にそういう重要な権利を制約して、公権力というものによってそこを規制していかなければならないのかということ、これは慎重なる検討が必要かなというように考えております。
 その慎重なる検討をしていくためには、具体的に一体どのような社会的な害悪がそこに発生しているのかということを具体的に検証して判断していくことが重要になるかと思います。具体的な検討を抜きにして、事前に一般的、抽象的にその規制というものを判断するとすれば、どういう場合に制約されるのかということが必ずしも明確にできずに、そういう制約を恐れて表現を控えるということになってしまい、表現の自由というものを萎縮させるということになってしまうということになるかと思います。
 公権力を行使して制約すべき場合やその内容につきましては、具体的な明確な要件によってその公権力が発動する場合というものが画定されていなければならないということになるかと思います。ですから、法律の要件の検討としてはそういう具体的な限界というものをいかに明らかにするかということになるわけですけれども、そうした規制を考える場合に、どうしてもその規制の中心というものが公権力の規制を必要とする過激な中核的な現象というものですね、そういうものをイメージしてそのことばかり考えがちになりますけれども、法律で規制をする場合ということでは、公権力の規制が必要かどうかという限界を画定させるということになりますので、必ずしも規制の必要性が高いとも言えないような場合についても、どこまでが公権力の行使の対象になるのかということを明確にして、どこまででということの限界について明確な線引きをするということが必要になるかというように思います。
 現行法においても、そういう明確な要件の下に、例えば名誉毀損罪ですとか侮辱罪ですとか、威力業務妨害罪あるいは脅迫罪、強要罪その他の様々な犯罪、そういった規制が定められておりますし、また、民事的な解決を図るという場合におきましても、具体的な侵害事実というものをきちんと事実認定をした上で損害賠償や人格権に基づく差止めというものを認めているということになっているのかというふうに思います。
 ですから、そういった意味で、今回の防止する法律を制定するというような場合に、事前に公権力を行使すべき場合を一般的に類型化をして公権力の発動の要件を決めていくというようなことをする場合においては、その具体的な権利侵害や社会の危険というものを十分に意識した慎重な検討というものが不可欠で、その対象が厳格に法律の中に規定されているということが必要になるかと思います。
 そういう観点から今回の法案というものを見させていただきますと、法案の第三条ということになりますが、規制することを求める、規制が必要となるような過激な不適切な行為というものがその範囲に入るということは当然これは読めるわけですけれども、じゃ、その対象としたい不適切な行為にとどまらず、それが必要以上にどの範囲まで広がってしまうのかということからいくと、どこまでが限界になるのかということが必ずしも明確になっていないのではないかというような懸念を感じるところでございます。
 不当なという表現が用いられていますが、一体その不当なということが誰がどのような基準で不当だと判断をするのか、また、その不当だという範囲というものが限定的に考えられているのかどうなのかというような点ですね。あるいは、三条の二項につきましても、このような行為が、不特定な者ということになりますけれども、こういうような行為により具体的にどのような害悪が発生するのか、また、その害悪が発生したことから何を守ろうとしているのか、そのために何を対象にして規制をしなければならないのかというようなことがきちんと限定できているんだろうかというような点からいくと、若干不明確な点が多いのではないかと、そういうようなことを考えております。こういったところが問題になろうかなというように実は考えております。
 今回の法律案は理念法だから厳格に定められなくてもいいじゃないかというようなお考えがあるいはあるかもしれませんが、法案の内容は公権力に対して積極的、主体的な、具体的な措置を講ずる義務、責務というものを課しておりますので、そういった意味からすると、どのような場合にどのような措置を行わせるのかということを公権力の判断に任せてしまうということだとすれば、先ほどから指摘させていただいておりますような問題がそのまま当てはまるのではないかというふうに思っております。
 特に、不当な差別を確実に防止するというようなことが基本原則で定められておりまして、その中で公権力に対して積極的、主体的な責務を課すということになっておりますので、公権力に何をさせるのか、あるいはその制限、公権力の発動の制限というものをどのようにお考えになっているのかということについては、法律案の審議の中で十分な御検討というものが必要になるのではないかというように思っております。
 このような観点から、最後に、人種等を理由とする不当な差別の解消にということの中で、公権力に何が求められているのかということをまとめさせていただきたいなというふうに思います。
 まずは、現行法でも対処可能な様々な措置、先ほども名誉毀損の罪ですとかあるいは侮辱罪というものもお話をさせていただきましたが、そういう様々な対処可能な措置がございます。こうした現行法の適切な運用がなされることがまずもって重要ではないかというふうに思っております。
 さらに、特に人権教育ですとか人権啓発ということにつきましては、社会の自由な判断の的確な防止措置の実現という、そういう環境の整備ということからして非常に大きな意義を持つものだと考えております。社会が自由に判断していくために必要な知識ですとか情報というものを的確に提供して差別撤廃に向けた社会の対応というものを促進していく、そういうような観点から、人権教育、人権啓発というものは極めて有効なものだというように実は考えております。
 現在、人権教育及び人権啓発の推進に関する法律というものも制定されておりますし、さらに、刑法の罪も含めまして具体的な様々な措置もありますので、こうした現行法では何が足りずにどのような不都合が生じているのかということをまず具体的に検証して、その足りないところが、何が必要なのか、公権力はそこで何を補っていかなければいけないのかというようなことを慎重に御検討されて法律案の必要性というものをお考えになるということが適切ではないかなというふうに思っております。
 例えば、人権教育及び人権啓発の推進に関する法律がございますので、それを改正して、例えば、今回の人種等を理由とする不当な差別の撤廃に向けた配慮というものをそこで明確に規定をしておくというふうなことも一つの方策として、強化策として考えられるのではないかなというように思っております。
 いずれにいたしましても、こうした新しい法律の制定を検討しようとする場合には、公権力をどのように発動させるかというような点、そういう点を十分に慎重に検討し、公権力の発動の限界というものをもっと明確にさせることが必要ではないか、そういうような感想を持っているところでございます。
 以上、今回の法律案を拝見させていただきまして感じましたことを述べさせていただきました。いろいろ申し上げましたが、これで私の意見の陳述とさせていただきたいと思います。
 どうもありがとうございます。

発言情報

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発言者: 浅野善治

speaker_id: 10928

日付: 2016-03-22

院: 参議院

会議名: 法務委員会