法務委員会

2016-03-22 参議院 全74発言

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会議録情報#0
平成二十八年三月二十二日(火曜日)
   午後一時開会
    ─────────────
   委員の異動
 三月十六日
    辞任         補欠選任
     江田 五月君     石橋 通宏君
 三月十七日
    辞任         補欠選任
     石橋 通宏君     江田 五月君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         魚住裕一郎君
    理 事
                西田 昌司君
                三宅 伸吾君
                有田 芳生君
                矢倉 克夫君
    委 員
                猪口 邦子君
                田中  茂君
                鶴保 庸介君
                牧野たかお君
                丸山 和也君
                溝手 顕正君
                柳本 卓治君
                江田 五月君
                小川 敏夫君
                加藤 敏幸君
                仁比 聡平君
                真山 勇一君
                谷  亮子君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        櫟原 利明君
   参考人
       大東文化大学大
       学院法務研究科
       教授       浅野 善治君
       外国法事務弁護
       士        スティーブン
                ・ギブンズ君
       龍谷大学法科大
       学院教授     金  尚均君
       社会福祉法人青
       丘社川崎市ふれ
       あい館職員    崔 江以子君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○人種等を理由とする差別の撤廃のための施策の
 推進に関する法律案(第百八十九回国会小川敏
 夫君外六名発議)(継続案件)
    ─────────────
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魚住裕一郎#1
○委員長(魚住裕一郎君) ただいまから法務委員会を開会いたします。
 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 人種等を理由とする差別の撤廃のための施策の推進に関する法律案の審査のため、本日の委員会に大東文化大学大学院法務研究科教授浅野善治君、外国法事務弁護士スティーブン・ギブンズ君、龍谷大学法科大学院教授金尚均君及び社会福祉法人青丘社川崎市ふれあい館職員崔江以子さんを参考人として出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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魚住裕一郎#2
○委員長(魚住裕一郎君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
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魚住裕一郎#3
○委員長(魚住裕一郎君) 人種等を理由とする差別の撤廃のための施策の推進に関する法律案を議題とし、参考人から御意見を伺います。
 この際、参考人の方々に一言御挨拶申し上げます。
 本日は、御多用のところ本委員会に御出席いただきまして、誠にありがとうございます。
 参考人の皆様方から忌憚のない御意見を賜り、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 議事の進め方について申し上げます。
 まず、浅野参考人、ギブンズ参考人、金参考人、崔参考人の順に、お一人十五分程度で御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えをいただきたいと存じます。
 なお、意見の陳述、質疑及び答弁のいずれも着席のままで結構でございますが、御発言の際は、その都度、委員長の許可を得ることとなっております。また、各委員の質疑時間が限られておりますので、御答弁は簡潔にお願いをいたします。
 それでは、浅野参考人からお願いいたします。浅野参考人。
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浅野善治#4
○参考人(浅野善治君) 大東文化大学の浅野でございます。
 本日は、このような機会をいただき、誠にありがとうございます。
 人種等を理由とする差別の撤廃のための施策の推進に関する法律案についてということでございますけれども、憲法的な観点からの問題点というものは、調査室からいただきました資料の中にもたくさん御指摘ございますし、また、これまでの委員会の御議論の中でもたくさん取り上げてきているところでございますので、こうした憲法的な視点ということだけではなく、むしろ立法学的な視点ということも加えて、少し考えているところを述べさせていただきたいというように思います。
 まず最初に、人種等を理由とする差別に対する私の基本的な考え方というものを明らかにしておきたいというふうに思います。
 人種等を理由とする不当な差別というものは、これは社会的にまず許されるべきではないというように思っておりまして、こうした不当な差別的行為には社会は厳然として対処していくべきだというふうに考えております。こういう考え方、こういう基本的な考え方につきましては、今回法律案を御提案なさっていらっしゃる発議者の方々ですとか、あるいは今回の法律案の基礎となっている理念というものと異なるところはないのではないかというように思っております。
 今回は、こうした差別の撤廃のための施策として法律の制定ということをお考えになるということですけれども、社会には多様な価値観ですとか多様な意見というものが存在いたします。そういう多様な価値観あるいは多様な意見の中で自由な議論を行い、社会が何が許されない人種等を理由とする不当な差別なのかということを判断し、社会がそういう議論の中で不当な差別の解消に向けた厳然としたその対処というものを決定していくということが望ましい姿ではないかというように考えております。
 そうした中で、国ですとか自治体とは一体どういう役割を果たすかということでございますが、社会がこうした差別の解消に向けた適切な判断ができるように環境を整えていくという、そういう形での関与というのが望ましいというふうに思っております。そういったことによって、環境を整えることによって社会のそういう積極的な取組というものが促進されていくと、こういう姿が望ましい、そんなふうに考えております。
 ただ、社会の中でこうした不当な差別というものが行われていく中で具体的に発生してくるところの権利の侵害ですとか、あるいは社会に対する危険というものが発生してくるとすれば、これを防止していくということも国とか自治体の重要な役割ではないかと、このように考えております。
 今回は法律を制定してということでございますが、法律を制定するということの意義について少し述べさせていただきたいというように思います。
 法律をなぜ制定するのか、あるいは、なぜ法律を制定しなければならないのかということでございますけれども、法律を制定しなければならない事項として、よく法律事項という言葉が使われています。この法律事項という言葉あるいは法律を制定しなければならないことということは、法の機能ということと大きく関係してきます。
 法律には法律にしかできない機能というものがあるわけでして、それはどういうことかというふうに申し上げますと、それは、法律の規定する内容というものをその適用対象の意思のいかんにかかわらず強制することができる機能、これが法の持っている機能ということになるかと思います。法の強要性という言い方がされますが、法律に制定された内容については、国民の自由を制限してでも権利が一方的、形成的に実現ができると、こういったことになるかと思います。また、それは逆に、法律によらなければ国民の自由は制限されないというようなことも意味しておりまして、権力はその内容を形成的、一方的に実現するためには法律によらなければならないということを意味することにもなります。
 ですから、そういった中で法律を制定するということですから、権力を適切にコントロールして国民の自由を守るという、そういう意味を法律というのは持っているというふうに思います。ですから、法律をもって規定する場合には、その法律で規定すべきこと、あるいは法律によって規制すべき場合というものについてはこのような観点から慎重な検討をなされなければならないと、このように実は思っております。
 今回の法律案でございますが、題名が人種等を理由とする差別の撤廃のための施策の推進に関する法律というようになっておりますが、これをもう少し言葉を補ってその内容を明確にさせようとするとすれば、人種等を理由とする差別の公権力による撤廃のための施策、公権力の施策ですね、の推進を定める法律ということでして、公権力の使い方、それを定めている法律ということになるかと思います。
 今回の法律案の基盤といたしましては、人種等を理由とする不当な差別行為は社会的に許されないと、許さない、許されないということですけれども、この認識自体は私の基本的な考え方と異なるところはございませんが、しかし、その社会的に許されないということを実現していくために、何が許されない不当な差別行為であるかということと、それから、その許されない不当な差別的行為に対してどのような防止措置をとるかということを判断していくということが必要になります。
 こういう判断を一体誰がどのように行っていくのかということが実は重要な問題ではないかというふうに考えております。こういう不当な差別行為は何かとか、あるいはどういうようなその防止措置をとっていくのかということを、公権力が裁量によって判断をする方がいいのか、あるいは社会の自由な議論の中で判断していく方がいいのかということになるかと思います。
 今回のヘイトスピーチ規制というような憲法上極めて重要な表現の自由というもの、基本的人権の中核を成すような、そういう価値というものを制限する場合には、公権力による裁量判断というものは適切ではなく、やはりその社会の自由な議論によって規制されていくものが判断されていくということが望まれるかと思います。もちろん、このような非常に重要な権利であったとしても、公権力はそこに対する何らの制約はできないというわけではないというふうに考えております。
 では、どういう場合かということになりますが、社会の自由な判断に任せておくとすれば、個人の権利が侵害される、あるいは社会に対して具体的な危険を生じさせてしまう、そういうような場合についてはそこに公権力が制約を加えるということが必要になるかと思います。
 言ってみれば、社会が自由に判断をする価値というものを制約してでも確保しなければならない個人の権利を保護するという価値や社会の危険を守るという、そういう価値がある場合には公権力はそれを規制をする、制約をする、そういう措置が求められるということになるかと思います。
 この両者の価値を比較考量をして、後者の価値が前者の価値を上回る場合には公権力によって適切な解決が図られなければならないということかと思いますが、その表現の自由というものは憲法上も極めて重要な基本的人権の中核的な価値ということになっておりますので、どういう場合にそういう重要な権利を制約して、公権力というものによってそこを規制していかなければならないのかということ、これは慎重なる検討が必要かなというように考えております。
 その慎重なる検討をしていくためには、具体的に一体どのような社会的な害悪がそこに発生しているのかということを具体的に検証して判断していくことが重要になるかと思います。具体的な検討を抜きにして、事前に一般的、抽象的にその規制というものを判断するとすれば、どういう場合に制約されるのかということが必ずしも明確にできずに、そういう制約を恐れて表現を控えるということになってしまい、表現の自由というものを萎縮させるということになってしまうということになるかと思います。
 公権力を行使して制約すべき場合やその内容につきましては、具体的な明確な要件によってその公権力が発動する場合というものが画定されていなければならないということになるかと思います。ですから、法律の要件の検討としてはそういう具体的な限界というものをいかに明らかにするかということになるわけですけれども、そうした規制を考える場合に、どうしてもその規制の中心というものが公権力の規制を必要とする過激な中核的な現象というものですね、そういうものをイメージしてそのことばかり考えがちになりますけれども、法律で規制をする場合ということでは、公権力の規制が必要かどうかという限界を画定させるということになりますので、必ずしも規制の必要性が高いとも言えないような場合についても、どこまでが公権力の行使の対象になるのかということを明確にして、どこまででということの限界について明確な線引きをするということが必要になるかというように思います。
 現行法においても、そういう明確な要件の下に、例えば名誉毀損罪ですとか侮辱罪ですとか、威力業務妨害罪あるいは脅迫罪、強要罪その他の様々な犯罪、そういった規制が定められておりますし、また、民事的な解決を図るという場合におきましても、具体的な侵害事実というものをきちんと事実認定をした上で損害賠償や人格権に基づく差止めというものを認めているということになっているのかというふうに思います。
 ですから、そういった意味で、今回の防止する法律を制定するというような場合に、事前に公権力を行使すべき場合を一般的に類型化をして公権力の発動の要件を決めていくというようなことをする場合においては、その具体的な権利侵害や社会の危険というものを十分に意識した慎重な検討というものが不可欠で、その対象が厳格に法律の中に規定されているということが必要になるかと思います。
 そういう観点から今回の法案というものを見させていただきますと、法案の第三条ということになりますが、規制することを求める、規制が必要となるような過激な不適切な行為というものがその範囲に入るということは当然これは読めるわけですけれども、じゃ、その対象としたい不適切な行為にとどまらず、それが必要以上にどの範囲まで広がってしまうのかということからいくと、どこまでが限界になるのかということが必ずしも明確になっていないのではないかというような懸念を感じるところでございます。
 不当なという表現が用いられていますが、一体その不当なということが誰がどのような基準で不当だと判断をするのか、また、その不当だという範囲というものが限定的に考えられているのかどうなのかというような点ですね。あるいは、三条の二項につきましても、このような行為が、不特定な者ということになりますけれども、こういうような行為により具体的にどのような害悪が発生するのか、また、その害悪が発生したことから何を守ろうとしているのか、そのために何を対象にして規制をしなければならないのかというようなことがきちんと限定できているんだろうかというような点からいくと、若干不明確な点が多いのではないかと、そういうようなことを考えております。こういったところが問題になろうかなというように実は考えております。
 今回の法律案は理念法だから厳格に定められなくてもいいじゃないかというようなお考えがあるいはあるかもしれませんが、法案の内容は公権力に対して積極的、主体的な、具体的な措置を講ずる義務、責務というものを課しておりますので、そういった意味からすると、どのような場合にどのような措置を行わせるのかということを公権力の判断に任せてしまうということだとすれば、先ほどから指摘させていただいておりますような問題がそのまま当てはまるのではないかというふうに思っております。
 特に、不当な差別を確実に防止するというようなことが基本原則で定められておりまして、その中で公権力に対して積極的、主体的な責務を課すということになっておりますので、公権力に何をさせるのか、あるいはその制限、公権力の発動の制限というものをどのようにお考えになっているのかということについては、法律案の審議の中で十分な御検討というものが必要になるのではないかというように思っております。
 このような観点から、最後に、人種等を理由とする不当な差別の解消にということの中で、公権力に何が求められているのかということをまとめさせていただきたいなというふうに思います。
 まずは、現行法でも対処可能な様々な措置、先ほども名誉毀損の罪ですとかあるいは侮辱罪というものもお話をさせていただきましたが、そういう様々な対処可能な措置がございます。こうした現行法の適切な運用がなされることがまずもって重要ではないかというふうに思っております。
 さらに、特に人権教育ですとか人権啓発ということにつきましては、社会の自由な判断の的確な防止措置の実現という、そういう環境の整備ということからして非常に大きな意義を持つものだと考えております。社会が自由に判断していくために必要な知識ですとか情報というものを的確に提供して差別撤廃に向けた社会の対応というものを促進していく、そういうような観点から、人権教育、人権啓発というものは極めて有効なものだというように実は考えております。
 現在、人権教育及び人権啓発の推進に関する法律というものも制定されておりますし、さらに、刑法の罪も含めまして具体的な様々な措置もありますので、こうした現行法では何が足りずにどのような不都合が生じているのかということをまず具体的に検証して、その足りないところが、何が必要なのか、公権力はそこで何を補っていかなければいけないのかというようなことを慎重に御検討されて法律案の必要性というものをお考えになるということが適切ではないかなというふうに思っております。
 例えば、人権教育及び人権啓発の推進に関する法律がございますので、それを改正して、例えば、今回の人種等を理由とする不当な差別の撤廃に向けた配慮というものをそこで明確に規定をしておくというふうなことも一つの方策として、強化策として考えられるのではないかなというように思っております。
 いずれにいたしましても、こうした新しい法律の制定を検討しようとする場合には、公権力をどのように発動させるかというような点、そういう点を十分に慎重に検討し、公権力の発動の限界というものをもっと明確にさせることが必要ではないか、そういうような感想を持っているところでございます。
 以上、今回の法律案を拝見させていただきまして感じましたことを述べさせていただきました。いろいろ申し上げましたが、これで私の意見の陳述とさせていただきたいと思います。
 どうもありがとうございます。
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魚住裕一郎#5
○委員長(魚住裕一郎君) ありがとうございました。
 次に、ギブンズ参考人にお願いいたします。ギブンズ参考人。
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スティーブン・ギブンズ#6
○参考人(スティーブン・ギブンズ君) ありがとうございます。
 スティーブン・ギブンズです。アメリカ出身ですが、今まで人生の半分は日本に住んでいます。一九八二年にハーバード・ロースクールを卒業し、アメリカの弁護士資格を取得しました。その後、長い間、ニューヨーク、それから東京で企業の国際取引業務を中心にやってきました。十年前から、もう一つの仕事として日本の幾つかの大学でアメリカ法を教えています。現在は、上智大学法学部専任教授としてアメリカのロースクール教育の基礎となる科目を教えています。担当している科目は、アメリカ憲法全般、そして言論の自由を保障する米国憲法修正第一条の専門的な授業を含みます。
 今日は、アメリカ憲法、特に修正第一条の視点から日本のヘイトスピーチ法案についてコメントします。もちろん、日本はアメリカ憲法とアメリカ最高裁判所の判決に従う必要はありません。しかし、皆様も御存じのとおり、アメリカの歴史、アメリカの憲法の歴史は、人種差別と平等及び言論の自由の理念と深く関わっており、少なくとも参考材料になると思います。
 まず、結論からいいますと、仮にヘイトスピーチ法案をアメリカ最高裁判所の判断に委ねることになったとしたら、法案第三条第一項の特定の者について、その者の人種等を理由とする侮辱、嫌がらせその他の不当な差別的言動を禁じる条文及び同条第二項の不特定の者について人種等共通の属性を理由とする不当な差別的言動を禁じる条文は、アメリカ憲法修正第一条に抵触して違憲とされることは明確です。実際、アメリカが人種差別撤廃条約に加盟したときには、一つの条件として条約のヘイトスピーチ関連の条項を除外しました。
 アメリカ憲法修正第一条は何かといいますと、その根本的な考え方は、国家が国民にいわゆる正しい思想や発言を押し付けること、逆に、国家が不適切とされている思想、発言を禁じ、処罰することは憲法上できないというものです。修正第一条は、ヨーロッパの絶対君主制や宗教迫害から逃げるために大西洋を渡った建国の父たちの基本的な価値観を反映していると言えます。
 この原則によって、幾ら過激であっても思想の表現、例えばナチス風にユダヤ人をやじるデモ、クークラックスクランの十字架燃やし大会、同性愛者は罪人であると叫ぶキリスト教原理主義者のパレードを行う権利は、全て憲法上保障されています。このことは数多くの最高裁判決に見ることができます。もちろん、多くの人はこのような行いに対して強い嫌悪感を感じます。私自身も、道端で在日特権を許さない市民の会のうるさいデモを見ると嫌な気持ちになりますし、街宣車もやめてほしいと思うことはしばしばあります。
 蛇足ながら、更に申し上げますと、不用品回収トラック、駅前での議員のメガホン演説、騒音選挙カー、ニューアルバムの広告トラックを全面的に廃止できないかと思うこともありますが、残念ながら言論の自由の裏面は、聞きたくない情報も耳や目に入る不都合と不快です。
 法案第三条第一項及び同条第二項は、先ほど述べたとおり、アメリカ憲法修正第一条に抵触して違憲となると考えますが、それらの規定に表れている問題点として、二つほど申し上げます。
 一つは、条文には非常に曖昧な主観的な解釈によって意味が大きく異なる文言が含まれています。侮辱という文言は刑法で使用されていて、その意味が明確化されていると聞いていますが、その他の嫌がらせ、迷惑、不当、その他の差別的言動などが挙げられます。どのような発言、どこまで言っていいのかは極めて不明確です。
 もう一つは、条文に曖昧な文言が含まれていることと関係しますが、重要な政治社会問題に関して活発な、そして率直な議論ができなくなったりすることも容易に想像できます。移民問題、慰安婦問題、教科書問題、観光客マナー問題、率直な議論ができないと、日本の国民は大きく損をすると思います。
 また、法案第三条のような禁止規定が仮に設けられたとしても、この規定は実際のところ救済を定めていないものだと理解しています。ということは、仮に誰かが条文に引っかかる差別的言動を行ったとしても、警察も被害者も法的には何もできないような結果になります。先ほど述べたような、曖昧で率直な議論ができなくなることは大きな問題ですが、救済のない禁止規定を設けることにどれほどの意味があるのか疑問を感じます。
 以上です。ありがとうございます。
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魚住裕一郎#7
○委員長(魚住裕一郎君) ありがとうございました。
 次に、金参考人にお願いいたします。金参考人。
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金尚均#8
○参考人(金尚均君) 初めまして、京都から参りました金尚均と申します。
 私の方では、現在審議されております人種等を理由とする差別の撤廃のための施策の推進に関する法律、これに関しまして本国会での成立を賛成したいというふうに考えております。そういったような理由から、以下、私の参考意見を今後の審議のために供したいというふうに存じております。
 まず、その背景につきまして、日本政府は一九九五年に人種差別撤廃条約に加入いたしました。本条約が一九六五年に国連で全会一致で採択されてからまさに三十年後の出来事であります。この間、日本におきまして差別問題はなかったのかというふうに問いますと、在日朝鮮人問題や被差別部落の人々に対する差別というものは依然として存在し続けたわけであります。しかし、国内法の整備はこの条約に伴って整備されてこなかったんです。このような状況に対しまして、国連の人種差別撤廃委員会から人種差別禁止法の制定が勧告されるといったような始末でございます。国際社会の一員として、日本におきましてグローバルスタンダードとしての基本的人権の保障と人種差別の撤廃のために国内の立法作業が急務というふうに言えます。
 人種差別を規制する法律がないという日本の法事情の中、二〇〇〇年頃から外国人、とりわけ在日韓国・朝鮮人を標的とする誹謗中傷やインターネット上の書き込み、そして公共の場でのデモや街宣活動といったものが目立ち始めました。それは、従来の差別事件のように公衆便所や電信柱などにこっそりと誰が書いたのか分からないかのように陰湿に差別落書きなどをするといったものとは異なりまして、公共の場で行われる、まさに差別表現であります。それは、自らの姿を隠すこともなく公然と拡声機などを用いて差別表現を並べ立て、罵詈雑言並びに誹謗中傷を繰り返すのであります。その表現は、例えばゴキブリ朝鮮人を殺せ、朝鮮人を海にたたき込めなどと攻撃的、凶悪的、排除的であります。しかも、駅前や繁華街などにおいて参加者並びに一般の人々に対して差別をあおり、賛同者を集めようとする極めて扇動的な差別行為であります。
 日本社会におきますこのような人種差別を象徴する事件といたしまして、京都市の南区にありました京都朝鮮第一初級学校に対する襲撃事件を挙げなければいけません。本件は、二〇〇九年十二月四日に起こった事件ですけれども、京都朝鮮第一初級学校前並びにその周辺で三回にわたり威圧的な態様で侮辱的な発言を多く伴う示威活動を行い、その映像をインターネットを通じて公開したといったようなものです。本件では、事件現場で司法警察職員がいたにもかかわらず、現行犯逮捕はおろか中止又は制止することもなく、漫然と刑法上の犯罪行為並びに民法上の不法行為を静観していたというものです。警察のこのような態度が被害を深刻化させると同時に、人種差別表現を社会に蔓延させる決定的な要因になったということは否定できません。
 被害者当事者によります民事訴訟の提起に対して、京都地裁と大阪高裁は次のように判示いたしました。つまり、一般に私人の表現行為は憲法二十一条一項の表現の自由として保障されるものであるが、私人間において一定の集団に属する者の全体に対する人種差別的な発言が行われた場合には、上記発言が、憲法十三条、十四条一項や人種差別撤廃条約の趣旨に照らし、合理的理由を欠き、社会的に許容し得る範囲を超えて他人の法的利益を侵害すると認められるときは、民法七百九条に言う他人の権利又は法律上保護される利益を侵害したとの要件を満たすべきと解すべきとし、それゆえ人種差別を撤廃すべきものとする人種差別撤廃条約の趣旨は、当該行為の悪質性を基礎付けることになり、理不尽、不条理な不法行為による被害感情、精神的苦痛などの無形損害の大きさという観点から当然に考慮されるべきであると判示いたしました。そして、その判示により名誉毀損と業務妨害を認め、人種差別撤廃条約違反をその悪質さの根拠とし、加害者側に約千二百二十六万円の損害賠償を命じたわけであります。
 本判決は、人種差別表現が不法行為に該当し、その違法性は通常の名誉毀損に比べて高いといたしました。本件は二〇一四年十二月九日をもって上告棄却され、確定いたしました。これにより、日本におきましてヘイトスピーチが人種差別であり、人種差別撤廃条約に反すると初めて判断いたしました。本判決の意義は、日本におきまして表現行為による人種差別が違法であり、しかも重大であることを示したところにあります。
 京都朝鮮学校に対する事件は人種差別の問題を社会と司法において顕在化させ、人種差別を防止する立法の必要性を明示させたのであります。本判決が嚆矢となりまして、日本社会において人種差別を撲滅するための社会的取組を改めて活発化させ、立法機関である本日の法務委員会での審議テーマとして人種差別撤廃のための立法が検討されるまでに至りました。
 立法の必要性につきまして、この京都事件では、人種差別の認定に際しまして憲法九十八条二項を介して人種差別撤廃条約を間接適用いたしました。繰り返しになりますが、これは現在国内法が日本において整備されていないからであります。間接適用とは国内法に直接の法律がないことを意味しており、その適用は極めて法技術的であり、法的安定性を欠き、それゆえその適用に際しても敷居が高くならざるを得ません。
 人種差別を撤廃するための法律が条約の国内立法のための法整備及び京都事件における司法府の判断というこの二つの意義を持つことに照らすならば、新たな法律の第一条の目的規定におきまして、日本国憲法第十三条及び第十四条はもちろんのこと、それにとどまらず、人種差別撤廃条約、自由権規約なども規定の中に盛り込む必要があるというふうに考えております。
 人種差別は、社会において支配的な勢力を持つマジョリティーがマイノリティーに対して攻撃を行い、マイノリティーが人権の主体であり社会の構成員であることを否定し社会から排除するという、看過できない、まさに人間の尊厳の侵害であります。これはまさに、人種差別がなぜ許されないのか、しかもこれを撤廃するための法律が何のために必要なのか、そこでは何が保護すべきなのかということを明らかにしております。それゆえ、条約を規定に盛り込むことは、法律を適用する際の明確な解釈指針というふうなものになり得ます。
 この目的規定を受けまして差別を禁止する規定を定めることが肝要でございます。禁止規定を制定することにより、司法、立法及び行政の三権の実務におきまして人種差別による被害とその危険性の理解を促進することができます。さらに、実害と被害があるにもかかわらず適切な対応を取ることができないままでいた立法、法の適用及びその執行の実務の在り方を、人間の尊厳の保護の見地から見直す重要な契機となり得ます。
 例えば、差別団体による人種差別を扇動するデモが現在でも行われておりますが、これに対抗する人々も確実に増えております。人種差別をやめさせようとする動きは確実に各地で活発になっております。しかしながら、人種差別に対する明確な実定法がない状況で、デモの交通整理をする司法警察職員がややもすれば人種差別をする人々を擁護しているかのように見える場面も多々生じております。その一方で、人種差別に対抗し平等を訴える人々に対して司法警察職員が強圧的な態度を取らざるを得ないという錯綜した状況も生じております。これはまさに、差別禁止規定がない事情の下、中立と公共の安全の保持の名の下に道路使用許可を得ているか否かだけで保護対象とそうでない者を割り切らざるを得ないことを表しております。
 人種差別を撤廃する実質的な担い手は社会に生きている私たち人間であり、私たちで構成される社会の自己解決能力であります。この平等の実現の追求を支えるのがまさに法律であるというふうに考えるべきでしょう。結果的に差別をする側を擁護することになる行政実務を変えるためにも法律の制定が早急に求められるというふうに考えていいかと思います。
 なお、人種差別禁止規定の制定に関しまして、特定個人に対する人種差別に焦点を狭めるべきではございません。なぜなら、人種差別はある属性によって特徴付けられる集団そのものに向けられるわけでありまして、たとえそれが個人に向けられる場合であっても、それはその人の属性、すなわち集団を理由に不当な扱いを受けるからであります。まさに、ヘイトスピーチがこれに当たります。
 その証拠に、京都地裁判決では次のように判示しております。すなわち、一定の集団に属する者の全体に対する人種差別発言が行われた場合に、個人に具体的な損害が生じていないにもかかわらず、人種差別がなされたというだけで裁判所が当該行為を民法の七百九条の不法行為に該当するものと解釈し、行為者に対し、一定の集団に属する者への賠償金の支払を命じるというようなことは、不法行為に関する民法の解釈を逸脱していると言わざるを得ず、新たな立法なしに行うことはできないと判示しております。
 同時に、この京都事件を扱った司法府は次のようにも判示しております。
 本件示威活動における発言は、その内容に照らして、専ら在日朝鮮人を我が国から排除し、日本人や他の外国人と平等な立場で人権及び基本的自由を享有することを妨害しようとするものであって、国籍の有無による区別ではなく、民族的出身に基づく区別又は排除であり、人種差別撤廃条約一条一項に言う人種差別に該当するものと言わざるを得ないと判示いたしました。
 これら二つの判示からうかがえることは、個人の名誉のみを保護する現行法の名誉毀損と、特定の集団に向けられた極めて有害な人種差別表現に対応する手段がないという、いわゆる現在の法の間隙又は法の不備を認め、立法による早急な対応、つまり集団に向けられた人種差別表現に対する禁止規定の制定を司法府は促しているわけです。
 次に、被害実態調査につきまして述べますと、社会における人種差別思想を正確に把握し、適切な立法並びに施策を推進する前提として実態調査を制度的にかつ定期的に実施すべきであります。
 日本政府は国連の人種差別撤廃委員会で次のように述べております。
 我が国の現状は、既存の法制度では差別行為を効果的に抑制することができず、かつ、立法以外の措置によってもそれを行うことができないほど明確な人種差別が行われている状況にあるとは認識しておらず、人種差別禁止法などの立法措置が必要であるとは考えていない旨を発言しております。
 しかし、このような日本政府の所見は、まさに政府レベルにおける人種差別事案に関する実態把握をしておらず、そのため客観的なエビデンスがないということを証左するものであります。さきに述べました国連の認識と日本政府の認識の乖離を回避するためにも被害実態調査の定期的実施をするための立法が必要と言えます。
 最後に、人種差別は一定の集団とその構成員である諸個人を社会から排除ないし否定しようと仕向けるものであります。人種差別は個人に対する害悪であるだけではなく、特定の集団そのものの否定、つまり社会における共存の否定であります。
 私たちは、二〇一五年七月から九月の間、高校生を対象に被害実態調査を行った結果、ヘイトスピーチなどの人種差別が生身の人間の心身を傷つけることを再確認することができました。さきに述べた京都朝鮮学校事件では、裁判を通じまして、人種差別の標的とされた集団が沈黙、無力化し、ひいては自尊心を喪失させられ、社会への参加が困難になる事態にもなりかねない、そのような深刻な被害の実態、現実が明らかになりました。
 人種差別は、人間を傷つけるだけではなく、社会そのものも傷つけるということを私は改めて強調しておきたいわけです。一定の集団又は構成員に対する差別と排除によって、その構成員の人権の享受を阻害し、しかもこれを同時に正当視、当然視する社会環境を醸成する、このような危険な事態が人種差別なのであります。
 他方で、人種差別は私たちこの日本社会の民主政をも損ないます。民主主義という決定システムは、一人一人の個人が社会の構成員として対等かつ平等な地位が認められ、社会の諸決定に参加するということが保障されなければいけません。人種差別を野放しする社会は、社会の構成員の中の一部の人々を不当に排除し、二級市民扱いし、ひいては人間であることを否定する、そういったことで、多様性や差異を認めない社会となり果て、共に生きる社会、すなわち共生社会を否定することになります。これはまさに私たちこの日本社会の民主主義の自壊であるということを忘れてはなりません。
 以上です。
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魚住裕一郎#9
○委員長(魚住裕一郎君) ありがとうございました。
 次に、崔参考人にお願いいたします。崔参考人。
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崔江以子#10
○参考人(崔江以子君) 川崎市桜本から来ました崔江以子と申します。在日韓国人の三世です。日本人の夫と中学生と小学生の子供がいます。川崎市ふれあい館の職員をしています。ふれあい館は、乳幼児から高齢者までの幅広い方々が利用する施設です。日本人はもちろんですが、地域に暮らす外国人市民や外国につながる市民の利用もあり、共に生きる町の中で誰もが力いっぱい生きられるためにとスローガンを掲げ、市が掲げる多文化共生の町づくりにその役割を果たしています。
 今日は貴重なお時間をいただいてありがとうございます。正直怖いです。とっても怖いです。表に立ってヘイトスピーチの被害を語ると、反日朝鮮人と誹謗中傷を受けます。私は今日、反日の立場で陳述をするのでは決してありません。ヘイトスピーチを違法とし、人種差別撤廃に国と地方公共団体が責任を持つ法案を是非成立させてほしい、法案に賛成の立場でお話をさせていただきます。
 私が生まれ育ち暮らす川崎市では、二〇一三年から十二回にわたりヘイトデモが行われてきました。お配りした資料の一ページ目を御覧ください。直近の二回、二〇一五年十一月八日と二〇一六年一月三十一日のデモは、その前に十回行われたデモとは大きく意味が違います。
 資料の三ページ目を御覧ください。
 駅前周辺で行われてきたヘイトデモが、十一月八日に川崎区の臨海部、在日コリアンの集住地域に向かってやってきました。私たちの町、桜本は、日本人も在日もフィリピン人も日系人も、誰もが違いを尊重し合い、多様性を豊かさとして誇り、共に生きてきた町です。その共に生きる人々の暮らしの場に、その思いを土足で踏みにじるかのようにあのヘイトデモが行われました。川崎に住むごみ、ウジ虫、ダニを駆除するためにデモを行いますと出発地の公園でマイクを使って宣言をし、ゴキブリ朝鮮人をたたき出せとヘイトスピーチをしながら私たちの町へ向かってきました。このヘイトデモに対し多くの人が抗議した結果、桜本の町には入りませんでしたが、住宅街、たくさんの人の暮らす共生の町にあのヘイトデモは土足で入り込みました。確かに、桜本の町はあの日は守られました。けれども、とてもとても大きな傷を残しました。
 資料十六ページの神奈川新聞の記事を御覧ください。
 在日一世のおばあさん、ハルモニ方は、何で子や孫の代にまでなって帰れと言われなければならないのだと傷つき、悲しみの涙を流し、ヘイトスピーチをする大人の人たちに、外国人も日本人も仲よく一緒に暮らしていることを話せば分かってくれるはずだと信じて沿道に立った私の中学生の子供は、余りのひどい状況に強いショックを受けました。多くの警察がヘイトデモの参加者のひどい発言を注意するどころか、守っているかのように囲み、差別をする人たちに差別をやめてと伝えたくても、警察にあっちへ行けと言われ、デモ参加者からは指を指されて笑われ、どうして大人がこんなひどいことをするのと大人に対して強い不信と恐怖心を持ちました。もしかして同じエレベーターに乗った人がこのヘイトスピーチをする人だったらと、エレベーターに乗ることが怖くなったと言います。私自身もこの十一月八日のヘイトデモのときに初めて抗議の意思表示をしました。残念ながら、決して届かぬ共に生きようの思いを見詰め、無力感に襲われました。
 そして、一月三十一日に再びヘイトデモが予告されました。集合場所の公園やデモに許可を出さないでほしいと行政機関にお願いしても、不許可とする根拠法がないのでできないと断られました。私たちの桜本地域の中高生や若者たちは、なぜここに住む人間がヘイトデモに来ないでほしいと言っているのに来るんだ、大人がしっかりルールを作って自分たちの暮らす町を守ってほしいと強い怒りと悲しみの思いをあらわにしながらも、それでも共生への思いをしるし、私たち大人を信じ、預けてくれました。
 そして、一月三十一日、ヘイトデモの当日、私の中学生の子供は、ヘイトデモをする大人に差別をやめて共に生きようと伝えても、その思いは残念ながら届かず、再び傷つき、絶望を突き付けられるだろうと心配して止める私たち親に、ヘイトデモをやめてもらいたいから、僕は大人を信じているからと、強い思いで沿道に立ちました。資料四ページから六ページにその日の記録の写真があります。御覧ください。
 あの日のことをお話しするのはとても厳しくつらいです。一月三十一日は過ぎましたが、まだ私たちそこに暮らす人間にとっては終わった話ではなく、続いている話だからです。また来るぞと言ってその日のデモは終わりました。悪夢のような時間でした。私たちの町、桜本の町の入口で、助けてください、助けてください、桜本には絶対に入れないでください、お願いです、お願いです、桜本を守ってください、僕は大人を信じていますと泣きながら叫ぶ中学生の子供の隣で、彼を支えなければと思ったけれど、あのとき私の心も殺されました。
 ヘイトデモをする人たちの良心を信じ、差別をやめて共に生きようとラブコールを送ってきたけれど、たくさんの警察に守られながら、一人残らず日本から出ていくまでじわじわと真綿で首を絞めてやるからと、デモを扇動した人が桜本に向かってくる。韓国、北朝鮮は敵国だ、敵国人に対して死ね、殺せと言うのは当たり前だ、皆さん堂々と言いましょう、朝鮮人は出ていけ、ゴキブリ朝鮮人は出ていけ、朝鮮人、空気が汚れるから空気を吸うなと叫ぶ人たちが私たちの町へ警察に守られて向かってきた。あのとき、私の心は殺されたと同じです。
 私の中学生の息子は、自身の多様性、日本と韓国にルーツがあること、ハーフではなくダブルと私たち親や地域の人から大切にされ、自分自身も自身の多様性を大切にして暮らしてきました。そんな息子が、朝鮮に帰れと言われても体は半分にできない、心がばらばらにされたと、あのときに受けた傷を一か月以上もたってからやっと言葉にして表現をしました。目の前で、大切にしてきた民族性の違いをもって、母親が死ね、殺せと言われているのを目の当たりにした彼の心の傷は計り知れません。
 あの桜本の入口の交差点は私たちの生活の場所です。買物に行くスーパーがあります。ドラッグストアもあります。給与の振り込みや学校諸経費の支払に利用している地元の信用金庫もあります。子供が通院する病院もすぐ近くです。今でも、あそこを通るたび胸が苦しくなります。景色の色が消え、車や人通りの音が消え、あの日、あの場所が思い起こされます。信号待ちをしていると、知らない間に涙があふれます。
 この被害を行政機関に訴えても、根拠法がないから具体的な対策は取れないと、助けてもらえません。私の息子や桜本の子供たちは守ってもらえません。ヘイトスピーチをする大人から傷つけられ、さらに守ってくれない大人に傷つき、それでも大人を信じ、ルールを作ってほしい、大人がきっとルールを作ってくれると信じて待っていてくれます。
 一月三十一日のデモの後、ある日本人の高校生が、何かごめんと謝ってきました。ヘイトデモが来る前は、私たちの町で互いの民族性の違いを豊かなものだと尊重し合いながらいたのに、謝り、謝られることなんてあり得なかったのに、日本人の彼もヘイトスピーチの被害者です。
 私の中学生の子供は、あのひどいデモの後、川崎市長さんへ手紙を書きました。そこに、朝鮮人は敵、敵はぶち殺せ、朝鮮人は出ていけとひどい言葉を大人が言っていました、もしこんなことを学校で誰かが言ったら、学校の先生はそんなひどいことを言ってはいけないときっと注意をする、表現の自由だから尊重しますなんて絶対に言わない、市長さんはどう考えますか、助けてください、ルールを作ってヘイトデモが来ないようにしてくださいとつづりました。
 その私の子供の、市長への手紙への答えが資料の四、資料の七ページ目を御覧ください。
 一月三十一日に行われたデモは、外国人市民の方々を始め、多くの市民の心を傷つけ、不安や不快感を抱かせる行為であり、とても残念に思います。しかしながら、このようなデモについては、現行の法令で対処することが難しいため、現在、国に対して法整備などを要望する準備を進めています。これは三月十四日に要望書が提出済みですが、という返事でした。
 差別があっても法律がないと差別が放置されたままでは、いつか私たちは本当に殺されます。白昼堂々と、死ね、殺せとマイクを持って叫ぶ成人男性が警察にその主張をする場を守られている。いつか本当に殺されます。
 その思いで、三月十六日に法務局へ人権侵犯被害申告を行いました。資料八ページを御覧ください。正しく差別が調査、検証され、救済及び予防のための適切な措置を講ぜられることを求め、申告をしました。
 差別の問題に中立や放置はあり得ません。差別は、差別を止めるか否かです。現状、国は差別を止めていない。それは、本当に残念ながら差別に加担していることになります。ヘイトスピーチを違法とし、人種差別撤廃に国と地方公共団体が責任を持つ法案を是非成立させてほしいと心から願います。
 桜本の若者、子供たちは、また来てしまうかもしれないヘイトデモに対して、共に生きよう、共に幸せにというメッセージを記しました。この思いを私たち大人がしっかり受け止め、このメッセージが届かずに再び傷つき、涙を流すことがないような社会をつくるためにも、何よりも国が、中立ではなくヘイトスピーチをなくす側に立つことを宣言し、差別は違法とまず宣言をしてほしいです。そのために、まず今回の法案をすぐに成立させてほしいと思います、共に。
 ありがとうございました。
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魚住裕一郎#11
○委員長(魚住裕一郎君) ありがとうございました。
 以上で参考人の意見陳述は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
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西
西田昌司#12
○西田昌司君 自民党の西田昌司でございます。
 四人の参考人の皆さん方、今日は本当に貴重なお話をお話しいただきまして、ありがとうございました。
 特に金参考人、崔参考人のお話は非常に身につまされる思いがしまして、本当に私自身も、朝鮮学校は私の京都の本当に事務所の近所でしたから非常に残念に思っていたわけですけれども、今更ながらにひどい事案だったなということを感じているわけなんです。その一方で、今、浅野参考人それからギブンズ参考人からおっしゃられましたように、今回のこの法案の中にある、そのまま適用すると様々な問題が生まれてくるということも事実だろうと思うんですね。
 実は、この委員会が始まります前に、有田筆頭理事と私と、参議院会館でヘイトスピーチの勉強会がありまして、そこにも参加させていただいたときに、元々大阪市で条例ができました、橋下市長の後の市長が作られたわけですけれども、そのできた経緯の話も聞いておりまして、橋下市長自身は、ヘイトスピーチというのはとんでもないけれども、これを法的規制にしようと思うと表現の自由等に引っかかってくると、憲法上の認められている重大な権利侵害をしてしまう可能性があるので、結果的にはヘイトだったかヘイトでなかったかという判断は司法判断に委ねる以外ないんだと。
 そこで、この条例を作るときの目的は、そのヘイト規制というよりも、その規制を、判断を司法にしてもらうためにいわゆる訴訟の援助をしようとかいう、そういう形の条例を作るべきではないかという提案だったと思うんですが、現実はちょっとそれとまた違う方向に行っておりますが、要は、何らかの規制は必要だという思いはあるものの、今言いましたように、表現の自由等との、憲法上の規定されている大きな権利との間のバランスをどう取るかというのが非常に難しいんだと思うんです。
 さあ、そこで、そういうことを考えましたときに、まずは浅野参考人とギブンズ参考人にお聞かせいただきたいんですけれども、お二人はこの条例案に対しまして反対といいましょうか、法律でこういう形のヘイト規制をすることにはかなり問題があるという立場だと思うんですけれども、今お二人の、金参考人と崔参考人の非常に厳しい現実を聞かれまして、ほかにじゃどういう形でこういうヘイトスピーチを規制というか止めていくような手だてがあるのかということをお二人の参考人に聞かせていただきたいと思います。
 私自身は、先ほどの例えば朝鮮人死ねのような、それから非常に侮蔑的な表現や脅迫みたいのがあったりしますと、本当はそちらの方の違う刑法で規制できないかと、それから、若しくはいわゆる大きな大音量でああいうヘイトスピーチをやっていますから、騒音防止条例とか今の法律の中で直接的に彼らのやっている行動を止められるのがあるんじゃないかという気もするんですけれども、お二人の参考人にちょっとその辺のところをお聞かせいただきたいと思います。
 それから、金参考人と崔参考人につきましては、お二人の今まで経験されてきた非常に厳しい現実はよく分かるわけでありますけれども、もう片っ方で、今、浅野参考人やギブンズ参考人がおっしゃいましたように、その規制、ヘイトスピーチを私ももちろん許されるものではないと思っていますけれども、その定義をすることの難しさですね、そのことをどう乗り越えられるんだろうかというのが私の一番疑問に思うところでありまして、そのヘイトスピーチの定義をきっちり法律でできるんだろうかと、司法の判断に委ねずに公権力のところで、法律の中で規定すること自体が難しいんじゃないかというのがこちらの参考人の御意見だったと思うんですけれども、その辺の問題をどのように乗り越えられるとお考えなのかどうかということを金参考人とそれから崔参考人にお聞きしたいと思います。
 以上です。
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魚住裕一郎#13
○委員長(魚住裕一郎君) まとめての御質問ですから、順次。まず、浅野参考人。
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浅野善治#14
○参考人(浅野善治君) 御質問いただき、ありがとうございます。
 今のお二人の参考人のお話を聞いておりますと、やはりひどい事態というのはあるんだろうなというふうに思っております。ただ、そういうものが、こういう検討をするときも、先ほども申し上げましたけれども、一番ひどいものだけが目を向けがちなんですけれども、実は法律を作るときというのは、そういうことを作った結果、とんでもないところまでその効力が及んでしまうんじゃないかというところ、そこにきちんと線が引けるかどうかというところをやはり見なくちゃいけないんだろうというふうに思います。
 ですから、例えば今回のものも、法律を作るのが無理かどうかというのはもっと厳密にやってみないと分からないと思っておりまして、厳密に本当に必要なものだけきれいに切り取れることができるのであれば、法律を作るということについてはこれは特に問題ないんだと思いますが、今のような表現でやっていくとすれば、これはとんでもないものに、でき上がった後に思ってもないところにこの法律が使われて、とんでもない効果を生んでいるというようなことになりかねないという感じがいたしますので、その辺のところが懸念があるということだと思います。
 じゃ、一体どういうことで効果を上げていけばいいのかということですけれども、今一つ申し上げましたことは、今回のものも例えば名誉毀損とか侮辱罪に当たるという判断があるんであるとすれば、そういうものを積極的に適用していくということは一つの方法だと思いますし、また、社会がこういったものをおかしいじゃないかということをもう少し明確にしてくれ、そのために一つ法律があるじゃないかというようなお話もありましたけれども、もっと、そういうことじゃなくて、人権教育ですとか人権啓発の中でもうヘイトスピーチは許さないというようなことを公的に、ポスターなんかも出ておりますようですけれども、そういったことをしっかり人権教育、人権啓発の中でしっかりそれを広めていくということが非常に効果があるんだろうと思います。
 実際、どういうものがそこに当たるのか、どういうものを防がなきゃいけないのかという判断自体は社会の自由な議論に任せるということが適当なんじゃないかなと、そんなことを私は考えております。
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魚住裕一郎#15
○委員長(魚住裕一郎君) 続きまして、ギブンズ参考人。
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スティーブン・ギブンズ#16
○参考人(スティーブン・ギブンズ君) 誰でも、まずは人種差別撤廃条約の精神、そして今回の法案の中の気持ちは賛成すると思うんですね。これは一応法律とされていますけれども、私は弁護士として、これは救済条項がないとこれはやっぱり歯のない法律となって、本当にこれは法律なのかと。もしもこれは本当の法律であれば、浅野先生がおっしゃったとおりいろんな問題がありますけれども、私は、この法律の精神は、やっぱり日本国はこういうことを許容しないという、その理念の宣言だと思うんですね。ですから、この法律の書き方を法律からその理念の宣言に変えれば、そういうような問題がいろいろ解消できるんではないかと思うこともありますし、もう一つは、私、先ほど、コメントの中には、デモの場所、時間、音量、やり方をより厳しくしてより制限すると、聞きたくない、見たくない一般の人が、又はその対象人物がそれを受けなくてもいいようなことになって、そういうような制限は憲法上基本的に問題ないと思いますので、そういうことも検討したらいかがですかと思います。
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魚住裕一郎#17
○委員長(魚住裕一郎君) ありがとうございました。
 金参考人。
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金尚均#18
○参考人(金尚均君) 定義のことですけれども、本法案に関しましてはとりわけ刑罰を問題にしているわけではございません。いわゆる差別禁止の理念法でありますから、その点、刑罰を予定とする規定とは異なって定義の問題も考えるべきであろうというふうに思います。
 それに関しまして、まさに前例として大阪市の条例がございます。そこでは、いわゆる行為者の目的並びに行為態様、そしてどういった場で行われたか、この三つの要件を明確に絞る必要があるというふうなことであります。それに関しましては、このヘイトスピーチ規制については、とりわけEU諸国で、EU加盟国全国がヘイトスピーチ規制を持っているということであります。そういったようないわゆる諸国の比較というものが非常に大事になってくるかと思います。
 例えば、その定義ですけれども、国連の自由権規約の二十条二項がまず先例になるかと思います。そして、二つ目としましては、欧州閣僚会議、これ一九八七年にございましたけれども、そこでの勧告においてヘイトスピーチの定義が出され、そして、それについてはアン・ウェーバーさんという方が著者となりましてヘイトスピーチのマニュアルというものが作られております。これについては英語などでも読めます。インターネットでも読めますので、それが参考になるだろうというふうに思います。
 そして、最近では、人種差別撤廃委員会から一般的勧告三十五が出ておりまして、そこでより明確にヘイトスピーチの定義があるというふうなことですので、まさにそれは諸国の比較、法を通じて日本の差別禁止についても十分に生かせるかというふうに考えております。その点では、いわゆる差別の定義ないしはヘイトスピーチの定義については各国それぞれ経験を踏まえた所見が出されるだろうというふうに思います。
 なお、アメリカでは、ヘイトスピーチ規制はないというふうなことがこの間議論されておりますけれども、例えばニューヨーク州刑法典などでは加重的ハラスメント罪という形で、いわゆる人種ないしは民族を根拠とした、ないしは理由としたハラスメントといったものが処罰の対象となっておりますので、あながちないというふうなことは言えないというふうなことです。
 以上です。
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魚住裕一郎#19
○委員長(魚住裕一郎君) 続いて、崔参考人。
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崔江以子#20
○参考人(崔江以子君) ありがとうございます。
 私は一市民なので、専門的にはお答えする立場にはないと思いますが、差別もなくて法律もなくて、両方ないのがいいのかもしれませんが、現に差別があります。差別があるのに法律はない。悪い結果を放置するんではなくて、悪い状態を元に回復するための手段としての法律を議論していただきたいと思います。
 以上です。
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西
西田昌司#21
○西田昌司君 ありがとうございました。
 私自身も、ヘイトスピーチ自身は、これは許されるべきものではないと思っていますが、ただ、この法律案にはヘイトの定義始め問題点はいろいろあろうかと思います。しかし、今日の参考人のいろんな陳述を勉強させていただきまして、どういう形でこのヘイトスピーチの規制ができるのか、これからも与野党の中で議論をしていきたいと思います。
 今日はどうもありがとうございました。
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有田芳生#22
○有田芳生君 有田芳生です。
 参考人の皆さん、今日はありがとうございます。
 私、常々思っていることですけれども、人間の認識というのは限界がありまして、日々自分でもこの限界を超えるには何が必要かなということを顧みることがあります。常に意識して敏感なアンテナを張らなければいけないし、できるならば、何か問題があれば、その現場に立って、自分の耳で、目で、そしてその空気、においまで含めて感じることで現実に少しでも近づきたいというふうに思っております。
 そういう立場から、まず、浅野参考人、ギブンズ参考人にお伺いをしたいんですけれども、私はこの法務委員会に所属をしていて、谷垣法務大臣の時代に、法務委員会に所属している委員の皆さん全員に、ヘイトスピーチの現場で何が起きているのか、短いものですけれどもその映像をお配りいたしました。そして、今回の委員の皆様にも既に、何か月前でしたかね、お配りをして、可能ならば見ていただきたいということをお願いをいたしました。
 実は、先週の金曜日、私は参議院の予算委員会でヘイトスピーチ問題についての質問をいたしました。その前に、安倍首相、そして菅官房長官にヘイトスピーチの現場、特に朝鮮大学を攻撃、襲撃をした在特会の桜井誠、本名高田誠前会長のひどい実態についてなどを記録したものをお渡しをいたしました。実は、今朝、菅官房長官から電話をいただきました。様々なこの問題についての会話も行いましたけれども、菅官房長官の御感想は、一言で結論だけ言えば、ひどいですねと、そういうことでした。
 ですから、まず私たちがこの問題の出発点に立たなければいけないのはヘイトスピーチの現場であり、そして被害者の立場にどこまで立つことができるかだというふうに思っておりますので、まずお二人の、浅野参考人、ギブンズ参考人にお伺いをしたいのは、お二人はヘイトスピーチの現場に立ち至ったことおありでしょうか。もしあるならば、そのときにヘイトスピーチの現場についての実態、ひどさについて、どのようにお感じになったでしょうか。
 さらには、もう一点、被害者の方々から、これまで意見、苦しみ、悩み、悲しみ、そういうことをお聞きになったことがあるでしょうか、あったとすればどのようにお感じになったでしょうか、まずそこをお聞きしたいと思います。
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魚住裕一郎#23
○委員長(魚住裕一郎君) では、順次。浅野参考人。
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浅野善治#24
○参考人(浅野善治君) 実際の現場に行ったことはございません。ただ、こういうこともございますので、例えばユーチューブとかそういったものでヘイトスピーチの実態というようなもの、これは画像ですとか映像ですとか、そういったものでは十分見ております。そういったことでどういう感想を受けたかというと、これはひどいなと。今、菅官房長官がおっしゃられたということがありますが、それと同じように、これはひどいなというふうに確かに思いました。
 それと同時に、やはり法律を作るというようなことからしますと、これは極めて難しい問題だなというふうに実は思いました。というのは、このひどいものというもので、もちろん被害者の方から、会ってお話をお聞きしたとか、何かそういったこと、そういう機会も全くございませんけれども、大体の想像は付きますけれども、確かにひどいということがあるかと思います。確かに非常にお気の毒だということもあるかと思います。
 ただ、非常にひどいことですとかお気の毒ですとかということだけをきれいに、何がじゃひどいのかとか、どういうお気持ちで何が傷ついているのかということだけを、限定的に例えばそれを切り取って、そこだけ規制すればいいのかというと、恐らくそれだけではこの規制というのは十分ではないんだろうというふうに思うんですね。そうすると、じゃ、どこまで広げるんだという今度逆の話になるわけですね。そうすると、じゃ、どう書いたらどこまで広がり過ぎてしまうのかという話があるので、極めて限定することが難しい問題なんだなと、そういうように実は感じました。ですから、そういったことからすると、ある意味では法律の非常に不得手な分野という感じがいたします。
 ですから、そういったことで、まずは人権教育ですとか人権啓発ですとかそういったことを盛んに活用して、まずは社会の機運ですとかそういう基盤というものをつくり上げていくということが非常に重要な分野じゃないかなと、そんな感じがいたしました。
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魚住裕一郎#25
○委員長(魚住裕一郎君) 続いて、ギブンズ参考人、お願いします。
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スティーブン・ギブンズ#26
○参考人(スティーブン・ギブンズ君) 私は、一回、在特会のパレードを見たことがあります。まさしくひどいと思います。
 御存じのとおり、私は日本人ではなくアメリカ人です。私の祖先は南部にいて、その歴史でアメリカの奴隷制度、黒人の扱いで、その流れも直接経験しています。私のミドルネーム、バスなんですけれども、は私の父親が戦争のとき一緒に戦った黒人の兵士の名前です。私の父親はなぜその名前を私に付けたのかというと、多分、彼の親に今の時代は違うんだよと、白人と黒人は一緒ですよと伝えたかったと思います。
 こういうような歴史と伝統のあるアメリカには、私は、幾つか最高裁の判例をここに簡単に省略しましたけれども、今でも黒人に対する、ユダヤ人に対する、同性愛者に対するこういうような、死ね、地獄へ行けというような発言は憲法上保護されています。それは言う権利が守られています。ですから、それは私はアメリカの一つの力だと思っています。
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有田芳生#27
○有田芳生君 浅野参考人にもう一点お聞きをしますけれども、先ほどの御発言の中で、人種差別撤廃施策推進法だととんでもない方向に行くおそれがあるという御発言がありましたけれども、具体的にとんでもない方向というのはどういう方向なんでしょうか。
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浅野善治#28
○参考人(浅野善治君) とんでもないというのは特に具体的なイメージがあるわけではございませんで、思ってもいない、何が出てくるか分からないというところが一番怖いところではないかなと思います。
 例えば、法律ができまして公権力を行使するということになったときには、やはり公正中立に公権力が行使されなければならないということがあります。ですから、あらゆる主張、どんな色が付いている主張であっても同じように、何というんですかね、不当な差別というようなものであれば全て同じように適用してそれを規制していくということになるかと思います。
 ですから、そういったことからすると、こういう法律案を作ろうと思ったときに、想定していたもの以外のいろんなもの、どういうものに及ぶのかということも含めて全て検討してやっぱり考えていく必要があるんじゃないかなというふうに思います。
 そういう意味で、一つのところだけを見るのではなくて、幅広くどういうものに及ぶのかなというところも含めて、全くとんでもないようなものについても、こういうものに及ぶのか及ばないのかというような検討もした上で決定していくことが必要じゃないかなと、そういう観点で申し上げたところでございます。
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有田芳生#29
○有田芳生君 私たちの法律案には、そういう問題については審議会をつくってガイドラインを作っていくんだということも明記されているということを発言をしておき、さらに、ギブンズ参考人にお聞きをしますけれども、合衆国の修正憲法第一条と表現の自由との関わりでの御説明は非常に貴重なもので、ありがとうございました。しかし、私たちはこの日本で、日本国憲法に基づいて、特に憲法十三条、十四条、人間の尊厳、人間の平等を守るためにヘイトスピーチをどのように抑止していくかということで何年にもわたって議論を進めてきているわけですから、アメリカの憲法に基づいてヘイトスピーチを抑止するための検討をしているわけではありませんよね。
 ですから、ギブンズさんにお聞きをしたいのは、じゃ、この日本において、ひどいとおっしゃったヘイトスピーチを抑止、禁止、なくしていくためにはどういうことが必要だとお思いでしょうか。
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