大澤裕の発言 (法務委員会)

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○参考人(大澤裕君) 東京大学で刑事訴訟法を担当しております大澤でございます。本日は、貴重な機会を与えていただき、光栄に存じております。
 今回の刑事訴訟法等の一部を改正する法律案は、取調べ及び供述調書に過度に依存した捜査、公判の在り方の見直し、これを基本的な課題とするものです。これまでの我が国の刑事司法には、長年の実務の積み重ねを通じて形成されてきた運用上の特色として、取調べ及び供述調書に多くを依存する傾向が認められました。そのような日本型とでもいうべき刑事司法の在り方に対し一定の見直しが必要であるということについては、刑事訴訟法を研究する者の間で共通認識が存在をしていたように思います。
 今回の法律案については、とりわけその核となる取調べの録音・録画制度について、それが十分であるかどうか評価が分かれておりますが、我が国の実務に深く根を下ろしてきた日本型の刑事司法の在り方を、刑事司法の機能を大きく損なわないという前提の下で一朝一夕に大転換するということには直ちに現実性があるとも言い難いところもあり、そうだとしますと、今回の法律案は、それを大きいと見るか小さいと見るかは別として、あるべき見直しの方向に一歩を踏み出すものとして評価できるものであるように思います。それは、様々な立場、意見の相違を乗り越えつつ、最終的に全会一致で今回の法律案の基となった法整備の答申案を取りまとめた法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会が最後に到達をした認識でもあろうかと思います。
 以下、法律案のうち、本日のテーマである可視化、すなわち取調べの録音・録画制度と、司法取引、すなわち証拠収集等への協力及び訴追に関する合意制度について、特に争いとなっている点に絞って所見を述べることといたします。
 まず、取調べの録音・録画制度についてでありますが、この制度をめぐっては、録音、録画を義務付ける対象事件及び対象となる取調べの範囲について制度設計の段階から厳しい見解の対立があり、それがなおくすぶっているように見えます。
 法律案は、録音、録画を義務付ける対象事件を裁判員制度対象事件と検察官独自捜査事件に限定する一方、そのような対象事件について身柄拘束中の被疑者の取調べを行うときは、原則として、その全過程を録音、録画しておかなければならないこととしました。ただし、対象事件の取調べであっても一定の例外事由に当たる場合には、録音・録画義務は及ばないこととしております。
 録音、録画の制度は、取調べの適正を確保しつつ、被疑者の供述の任意性等が争われた場合にその的確な立証ができるようにすることを目的としております。そのような目的に照らせば、できる限り広く録音、録画を義務付けるということが目的にかない、法律案の録音・録画制度は余りに限定的であるとの見方も生じ得ます。
 しかし、この点では次の二つの点にも留意が必要であるように思われます。
 第一に、録音、録画は、取調べの適正を確保し、供述の任意性等の的確な立証ができるための極めて有力な手段でありますが、唯一絶対の手段であるというわけではありません。また、取調べも、適正に行われる限り、捜査手段としてその機能を否定されるべき理由はありません。
 したがって、録音・録画義務の範囲は、その有用性とともに、録音、録画に伴う人的、物的なコストのほか、録音、録画が取調べの機能に与える影響をも考慮し、最終的には政策的に定められるべきこととなります。
 そのような観点から見たとき、録音・録画義務の対象犯罪を、類型的にその必要が特に高く、外延が明確な一定の犯罪に限定するということも一概に不合理とは言えないように思われます。また、そのように類型的に必要性が高い犯罪を対象犯罪とした場合、その取調べについては全過程を録音、録画することが原則となる、これが筋であるはずですが、録音、録画が取調べの機能を特に損なうような場合について一定の例外を設けるということも、先ほどの考え方からすれば直ちに否定されることではないということになりましょう。
 第二に、録音、録画の義務が及ばない取調べであっても取調べ自体は適正でなければならず、供述の任意性を損なうものであってはならない、そして供述の任意性が争いとなったときには任意性は訴追側が立証しなければならない、この点は録音・録画義務が及ぶ場合であろうが、そうでない場合であろうが同じだという点です。
 録音、録画の記録媒体は、現在、任意性の立証を的確に行う最良の手段と言えます。他方、被疑者段階の刑事弁護の拡大、充実が進む中、捜査機関による不適正な取調べが認められた場合、弁護側において効果的に任意性を争い得るよう、そのための手掛かりを残す工夫が様々に試みられるようになっております。そのような中、訴追側にとっては録音・録画義務が及ばない取調べについても任意性が争われた場合に備えて録音、録画することを積極的に考えざるを得ない、そのような状況が生まれてきつつあるように思われます。実際、検察においては、近時の実務において、取調べの状況の立証のために最も適した証拠は取調べを録音、録画した記録媒体であると認識をされ、捜査段階における供述の任意性、信用性等をめぐって争いが生じた場合に同記録媒体による立証が求められているとの認識に基づき、裁判員制度対象事件と検察官独自捜査事件以外の事件でも必要と認める場合について録音、録画の試行が進められています。
 法制審議会の特別部会は、答申案の附帯事項として、実務上の運用において、可能な限り幅広い範囲で録音、録画がなされ、かつ、その記録媒体によって供述の任意性、信用性が明らかにされることを強く期待すると述べ、先般、本法律案を審議した衆議院法務委員会でも、附帯決議において、録音・録画義務が及ばない場合であっても、取調べ等の録音、録画を、人的、物的負担、関係者のプライバシー等にも留意しつつ、できる限り行うように努めることとの一か条が設けられております。
 改正案が対象事件とする裁判員制度対象事件と検察官独自捜査事件は、経験的に取調べ状況をめぐる争いが比較的生じやすい事件である一方、前者は取調べ状況について裁判員にも分かりやすい立証が求められるという点で、また、後者は被疑者が異なる捜査機関の取調べを受ける機会がなく取調べ状況について異なる捜査機関に対する供述状況を踏まえた判断ができないという点で、録音、録画を義務付ける必要が類型的に特に高く認められる、そのことについてほぼ異論のない犯罪と言えます。
 しかし、そのような犯罪にとどまらず、新時代の刑事司法制度特別部会あるいは衆議院法務委員会の附帯決議が述べるように、録音、録画がより広く積極的に行われる運用が期待できる状況にあることも踏まえれば、法律案のような対象事件で制度化を図りつつ、さらに全体的な運用を踏まえた見直しを加えていくというのが現時点においては最も現実的な選択肢ではないかと思います。
 次に、いわゆる協議・合意制度について申し上げます。
 協議・合意制度は、いわゆる捜査・公判協力型の司法取引の性格を持つ制度です。このような制度について最も問題とされているのは、合意をした被疑者、被告人によって他人の刑事事件についてなされる供述の信用性です。協議、合意をした被疑者、被告人が供述するのは、多くの場合、共犯関係にある他人の刑事事件についてであると考えられますが、共犯者の供述は、一般に、自己の刑事責任を軽減するため他人を引き込んだり他人に責任転嫁する危険があるということが認められています。また、合意した被疑者、被告人による供述は、自己の刑事事件に対する有利な扱いを求めて行われた供述であることになりますが、一般に、約束や利益誘導による自白は類型的に虚偽のおそれが大きく、任意性に欠けるとされています。そこで、その趣旨に照らすと、同じ供述を他人の刑事事件について用いるという場合にも虚偽のおそれが大きく、証拠として用いることが許されないのではないかという問題が生じてくることになります。
 しかし、既に指摘されているように、合意制度には、合意によって虚偽の供述が誘発されることを抑制する一定の仕組みと、他人の刑事事件において虚偽供述による誤った事実認定が生じないようチェックするための一定の仕組みが用意されていると言ってよいように思われます。
 その第一は、協議、合意の過程において、被疑者、被告人の弁護人の関与が必要的とされている点です。もとより、被疑者、被告人の弁護人は、合意によって得られた供述により刑事責任を追及されることになる他人を保護すべき立場にあるわけではありません。しかし、被疑者、被告人の代理人、保護者としての立場だけでなく、裁判の公正及び適正手続の実現に努めるべき客観的な立場も併有をしているはずです。そのような弁護士が関与するということは、その関与がない場合に比べて、虚偽供述の誘発に抑止的な役割を果たし得ると思われます。また、合意に基づく虚偽供述に対しては罰則の適用があるということに鑑みれば、被疑者、被告人の利益を保護するという立場においても、虚偽供述を行わないよう必要な助言が求められることになるはずです。もとよりパーフェクトを求め得るものではないかもしれませんが、虚偽供述がなされることに対し一定の抑制効果を期待し得るものではあると思われます。
 第二に、公判廷での虚偽供述には偽証罪が、また公判廷外での虚偽供述には新設をされる罰則規定が適用をされます。これらによっても虚偽供述は一定程度抑制をされるはずです。
 第三に、合意が基づく供述が他人の公判で用いられる場合には、同時に合意内容が記載された書面が取調べ請求され、刑事責任を追及されることとなる他人にも、またその事件を審理する裁判所にも、合意に基づく供述であることが明らかにされ、その下で反対尋問による信用性の吟味がなされます。また、合意に基づく供述は、利害関係ある者による供述として一般に信用性に危険があるものとして扱われますから、裁判所においても意識的に信用性の厳格な評価が行われることが期待をされます。検察官においても、そのことを自覚すれば、裏付け証拠の十分な収集に努め、それが得られない場合には合意に基づく供述を用いることは控えるのが通常であろうかと思われます。
 また、約束、利益誘導による自白との関係では、そのような自白が不任意自白として排除されるのは、約束、利益誘導によって不当な心理的圧迫、影響を受けた結果、虚偽の供述を行うおそれが認められるような場合だと言えます。その点に鑑みますと、法律に定められた手続に従い、弁護人も関与した下で行われる協議、合意は、そのような不当な心理的圧迫、影響をもたらす場合とは区別が可能であるように思われます。
 これらのことを考慮すれば、合意による供述も裁判所の自由心証による信用性評価に委ねてよい程度の信用性の手続的な担保は備えていると見ることが可能であるように思われます。
 時間が参りましたので、ここまでといたします。
 御清聴ありがとうございました。

発言情報

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発言者: 大澤裕

speaker_id: 6515

日付: 2016-04-19

院: 参議院

会議名: 法務委員会