渕野貴生の発言 (法務委員会)

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○参考人(渕野貴生君) 立命館大学で刑事訴訟法を担当しております渕野でございます。
 本日は、貴重な機会を与えていただき、感謝いたします。
 時間に限りがございますので早速本題に入らせていただき、本日のテーマである通信傍受法を中心に、市民の基本的人権保障や被疑者、被告人の適正手続保障の観点から法案には重大な問題があるということについて所見を述べさせていただきます。
 通信傍受に関し、法案の第一の問題点は、通信傍受対象犯罪が大幅に拡大されている点です。
 現行の通信傍受法では、通信傍受の対象犯罪は、薬物犯罪、銃器犯罪、集団密航、組織的殺人の四つのカテゴリーに一応限定されております。もちろん、現行法でもこの四つのカテゴリーを合わせますと対象犯罪は四十種類にも及び、ごく限定された範囲にとどまっているとは言い難いところもございますが、しかし、対象犯罪は辛うじて組織的犯罪及びその周辺の犯罪の範囲に枠付けられているという説明を許容し得る範囲にとどまっております。
 ところが、法案では、現住建造物放火、殺人、傷害、逮捕監禁、略取誘拐関連犯罪、窃盗、強盗、詐欺、恐喝、爆発物取締罰則関係、児童ポルノ関連犯罪にまで対象犯罪が拡大されており、一般刑法犯のかなりの領域が侵食されたと言っても過言ではありません。これに対しては、例えば詐欺罪とか窃盗罪について、行為態様を限定せずに通信傍受の対象とすると余りにも傍受の範囲が広がり過ぎるという批判がなされてきました。
 そこで、法案では、この批判に応えて、当該犯罪があらかじめ定められた役割の分担に従って行動する人の結合体により行われるものに限るという要件を付加しています。しかし、この要件は、指揮命令系統の存在及び結合体の継続性を求めていないなどの点で、適用を限定する効果をほとんど持たないというふうに言わざるを得ません。
 このように、法案では対象犯罪の範囲が一気に拡大しており、それだけプライバシー侵害の範囲が拡大することになります。しかも、対象となる犯罪には、詐欺や窃盗など必ずしも組織犯罪とは関わりのない、通常の市民が日常生活を送る中でうっかり関わってしまう可能性のある犯罪が含まれており、現行の通信傍受法と比べて飛躍的にプライバシー侵害の可能性が高まります。
 通常の市民が日常生活を送る中でうっかり関わり合うということの意味を少し敷衍します。
 この法案の下では、捜査機関から窃盗や詐欺の嫌疑が自分あるいは自分の知り合いに掛けられたら、自分の通信が傍受される可能性があるわけです。仮に私たち市民が、自分は窃盗や詐欺などの犯罪には絶対に関わらない、そういう犯罪は絶対に行わないと断言できたとしても、自分は窃盗や詐欺の嫌疑を絶対に掛けられないとは断言できないはずですし、ましてや、自分の電話の相手方である友人、知人が窃盗や詐欺の嫌疑を絶対に掛けられないとは絶対に言えないわけです。
 そして、更に問題であるのは、市民の日常のプライバシーがこのように深刻に侵害されるにもかかわらず、法案では、犯罪に関連しない会話を傍受された人に対しては傍受した旨の通知がなされないことになっている点です。つまり、犯罪に関連しない会話を聞かれてしまった一般市民に対して不服申立て等の救済手段が全く整備されていない点が問題であるというふうに考えます。
 この点、会話を聞かれてもその会話は事後の手続に使われないのだからよいではないかというふうに考える考え方もあるかもしれませんが、決してそうではありません。仮に家族や知人との親密な会話を誰かがひそかに盗み聞きして録音していたというときに、録音していた人がその会話を悪用しなければ権利侵害は生じないなどという理屈は到底成り立たないからです。聞かれた人にとっては、他人に聞かれたこと自体が不気味で気持ち悪いのであり、プライバシー侵害は聞かれた瞬間に既に完成しているのです。したがって、聞いただけだから権利救済の機会を与えなくてもよいということには絶対にならないように思われます。
 このように、通信傍受という捜査手法は、元々市民のプライバシーを広く侵害する危険が大きい上に、さらに、傍受対象通信の特定が困難であるため令状主義によるコントロールが本来的に難しいという難点を抱えております。
 捜索、差押えに当たって場所及び対象物を特定した令状の発付を受けなければならないことは憲法三十五条が要求するところです。通信傍受においては犯罪関連通信が差押対象物に当たりますので、傍受令状を発付する際には犯罪関連通信を特定しなければなりません。しかし、通信傍受の場合は、対象となる犯罪は令状審査の段階ではまだ行われておりませんので、その審査は、将来犯罪関連通信がなされる見込みがあるか否かという判断にならざるを得ません。その結果、必然的に特定性の審査は甘いものにならざるを得ないわけです。
 これに対しては、組織犯罪で使われる携帯電話等では犯罪に関連しない通信が行われる可能性は低いから、回線を特定すれば無関係な日常会話が傍受される危険性は低いという説明もなされてきました。しかし、現実を見るとどうかといえば、現行の通信傍受法の下で、平均すると実に約八〇%の通信が、ヒット率が高かった平成二十七年度に限っても六五%の通信が令状発付の根拠となった犯罪にも関連しない、他の犯罪にも関連しない通信であったことが統計上明らかにされています。
 法制審議会ではヒット率など問題ではないという議論もなされていましたが、とんでもないことであり、この数字が持つ意味は極めて重大です。なぜなら、傍受した会話の八〇%が本来であれば聞くことが許されなかった、聞くことに正当な理由がなかった日常会話であったことを意味するからです。もちろん、通常の捜索、差押えでも、令状審査が証拠物の存在する蓋然性という予測判断である以上、百発百中というわけにはいきません。しかし、八割もの会話が犯罪に関連しない会話であり、市民の正当なプライバシーが侵害されてしまっているという事実は、令状審査がきちんと機能していないのではないかという疑いを生じさせるのに十分であります。
 このような問題点が明らかになっているにもかかわらず、そのことに対する検証を行うことなく対象犯罪を拡大するとすれば、それは、市民の日常生活の隅々まで捜査機関が入り込んでいってもよいのだと居直ることにほかならないように思います。
 法案の第三の問題点は、通信傍受の合理化として通信事業者の常時立会いを不要とした点です。すなわち、立会いを不要とすることで通信傍受の運用は爆発的に拡大することが懸念されます。
 確かに、現行の通信傍受法では、傍受期間中捜査官が通信事業者の施設に常駐しなければならず、立会人もその期間中常時立ち会うことが要求されるために、通信事業者が立会人を捻出することにも困難が伴い、結果的に、実体的要件がそろっても実務運用上傍受の実施までこぎ着ける数が少数にとどまらざるを得ないことは指摘されるとおりです。しかし、まさにそうだからこそ捜査機関による濫用的使用を効果的に防止することができてきたと言えます。
 既に述べたとおり、元々、通信傍受は傍受対象会話の特定要求が緩くなりがちという性質上の難点を抱えています。その意味で、令状審査の実効性に疑問が持たれてきたところであります。つまり、通信傍受には、捜査機関の行き過ぎた活用を規範的にはなかなか効果的に縛り切れないという弱点があるわけです。現行通信傍受法は、常時立会いを要求することによって物理的な障壁を設けたことで通信傍受が有する性質上の弱点を補い、辛うじて捜査機関の暴走に歯止めを掛けることに成功してきたというふうに言えるかと思います。
 一般的に言って、ある捜査手法について、要件を厳格に法律で定めるという規範面からのやり方だけでは実効的に権限濫用を防止できないという場合に、それと併せて物理的な障害を設けることによって権限行使を慎重にさせるというやり方を取ることは決して不合理ではありません。現行の通信傍受法で立会いの仕組みを国会が法に組み込んだのは一つの見識であったと考えます。多くの件数を実施できないからこそ、捜査機関は本当に必要な場合に限って令状請求をすることになり、その結果、他の捜査手段では解明できない場合という補充性要件が実効的に担保されるわけです。
 立会い要件を外すことは、このような微妙なバランスの上に成り立っている現行の通信傍受の在り方を根本的に変容させることになります。傍受令状請求に向けたハードルは一気に下がり、傍受の日常化ともいうべき雪崩現象が起こることが強く危惧されます。
 最後に、今回の法案全体を通じた問題点を二点指摘したいと思います。
 第一に、今回の法案は、協議・合意制度や証人保護なども提案されております。そうすると、例えば、通信傍受を行って被疑者を特定し、傍受内容を示しながら他人の犯罪について情報提供することの協力を求め、そして他人の犯罪について供述をさせ、これを使って別の人物を裁判にかける。しかし、その際、協力者には証人保護の措置がとられるので、売られた他人は協力者の身元も分からないというようなことが起こり得ます。
 このような手続の積み重なりは、無実の第三者を巻き込み、法廷での反対尋問権の行使を深刻に侵害し、冤罪を生み出す危険が極めて大きいと言わなければなりません。個々の制度を単独で評価するのではなく、法案全体の危険な性格をトータルに把握する必要があることを強調したいと思います。
 第二に、今回の法案では、例えば取調べの可視化の例外事由を始め捜査機関の裁量に委ねられるところが非常に多い、このことの問題性を指摘したいと思います。
 通信傍受の点でも、要件を満たす結合体の行う全ての窃盗に対して通信傍受を実施するわけではない、日常的な窃盗に適用されるわけではないと説明されています。しかし、刑事手続においては、捜査、訴追という国家の最もむき出しの暴力装置の発動を認めざるを得ないがゆえに、刑事手続法が行政当局による恣意的、濫用的な権限行使を招かないように、市民に対する不当な権限行使にならないように、立法府が法律によって権限行使を許す条件を厳格に限定し、かつ明確な枠付けをすることが求められているのです。それが適正手続保障の要請の真の意味であると言えます。適正に運用されるはずだという期待を掛けて捜査・訴追機関の裁量に任せるという考え方は、刑事手続法の立法の在り方として根本的に間違っていると言わなければなりません。
 捜査機関は、権限を与えられれば、それを最大限使いたい集団です。それは、組織の属性としてむしろ当然の行動パターンです。通信傍受について、法律で拡大するけれども運用は厳格に行われることを期待するというのは、例えて言えば、子羊の群れの中にオオカミの群れを解き放った上で、オオカミに対して、食べてもいいけど三日に一匹だけにしてね、三日に一匹しか食べないでねとお願いするようなものです。刑事手続法の立法はこれでは駄目なのであって、餌やり係が厳格に三日に一匹しか与えないというルール、すなわち、一般化して言えば、捜査機関が濫用したくても濫用することができない制度にしなければ決して守られない、こういうふうに考えるべきかと思います。
 以上、通信傍受を中心に法案に対する問題点を指摘してまいりましたけれども、今回の法案は、通信傍受のみならず、刑事訴訟法の基本原則に照らして看過できない重大な問題点を多く含んでおり、賛成することはできないということを結論として述べ、私の意見とさせていただきます。
 御清聴ありがとうございました。

発言情報

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発言者: 渕野貴生

speaker_id: 18425

日付: 2016-04-26

院: 参議院

会議名: 法務委員会