山尾志桜里の発言 (憲法審査会)
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○山尾委員 民進党の山尾志桜里です。
現行憲法と憲法改正を議論するに当たって踏まえるべきは、ルールを守る者だけがルールを変える資格を持つということだと思います。憲法改正を語るに当たっては、私自身の自戒を含めて、ここにいる議員一人一人が、自分自身が憲法を尊重し、擁護し、憲法の価値をしっかり国民生活に還元してきたかどうか、振り返るべきだと思います。
そもそも憲法は何のためにあるのかと考えたとき、個人が個々人の尊厳ある人生を形づくるとき、個人たる国民は国家と無関係ではいられません。個人の尊厳を守るために国家権力の行使を制限する必要もありますし、個人の尊厳を守るために国家権力の行使を要請する場合もあるでしょう。その個人の尊厳に奉仕する国家の責務を個人たる国民の側から提示しているのが憲法の本質だと思います。
そこで、私からの総論的な問題提起は、憲法改正の必要性の有無を論ずるに当たり、その表裏一体として、現行憲法の権利実践が本当に十全になされているのか。変わり行く時代の変化に合わせた改憲論を否定はしませんが、その前に、変わり行く時代の中で起きている問題を解決するために、現行憲法の権利実践としてなすべきことをなしてきたのか。ともすれば、憲法審査会の議論が、憲法を変えるため、あるいは変えないがための論点主義に陥りがちではなかったか。もっと国民個人一人一人のリアルな人生をこの場で議員が想起をしながら、憲法の果たすべき役割を具体的に論ずることはできないのかということであります。
例えば、憲法二十七条と保育園落ちたということを考えてみたいと思います。
さきに述べたとおり、個人の尊厳を守るために国家権力の行使を要請する規範もあります。憲法二十七条は、「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。」と定め、働くことを通じた個人の尊厳確保のために、国家による勤労権保障を定めております。
しかし、現実はどうでしょうか。待機児童の数は平成二十八年四月時点で二万三千五百五十三人、隠された待機児童の数は同時点で六万七千三百五十四人とも言われる中、児童福祉法に定めた保育サービスの供給義務が果たされていないことによって勤労の権利を奪われている母親あるいは父親がこの日本に大勢います。
我が国では、憲法二十七条という勤労権保障を通じて個人の尊厳に奉仕するという国家の責務を果たせていないのではないか。憲法上のその責務を果たせていないことによって、一人一人の母親の人生、父親の人生、子供の人生にどれだけの負荷をかけているか、私たち議員はもっと自覚をしてもいいのではないかと思います。
そして、先ほど制限規範という話もしましたが、憲法九条と安保法制に触れざるを得ません。
私は、憲法というのは思いのほか柔軟性があって、時代の変化に対応する余地を持つ輪ゴムのような性質があると思います。しかし、国家がなす政策決定には常に過ちがあり得るし、誤ったときの不利益は国民が負います。したがって、国家権力は、全国民の代表たる国会で積み上げてきた法的に安定した解釈の見解にみずから縛られる謙虚さを持たなければならないと思います。
昨年成立した安保法制の違憲性について、昭和四十七年見解及びこの見解を維持してきた数々の政府答弁の本旨を透き通った目で直視すれば、その輪ゴムは伸ばせる限界を超えて切れてしまった、違憲だと言わざるを得ないと私は思います。憲法九条という制限規範を守って個人の尊厳に奉仕するという国家の責務を、安倍政権は放棄したのではないかと思います。
現行憲法を通じて国民が求める国家の責務を果たし切れず、果たしていないことに心を痛めず、ましてや、確信犯的にその責務に反して違憲立法を進める政権政党に改憲議論の資格があるのか、率直に言って疑問があります。ましてや、押しつけ憲法論から卒業し切れていないのだとすれば、前向きにかみ合う憲法改正の議論ができるか不明であります。とはいえ、憲法審査会の議論を通じて国民と対話をすることは非常に大切だと思います。
そして、もちろん、現行憲法を守れているのかという視点とともに、現行憲法のままでは遂行できない政策があるのであれば改正を検討する必要もあると思います。その一つが、いわゆる憲法裁判所の問題であります。
安保法制の議論に当たって、現内閣法制局長官は、歴代法制局長官が積み上げてきた法的安定性をみずから踏みにじり、政権と一体となって違憲の法制に合憲のお墨つきを与えて成立させる役回りを全うしました。成立後は、この五百四十九ページの問答集を法制局みずからが作成し、今後の国会においても違憲の法制を合憲と主張し続けるアシスト役をみずから引き受けております。
もはや内閣法制局に法律合憲性の事前審査を期待することができないとするならば、憲法裁判所という名称をつけるかどうかは別として、内閣法制局にかわり法律合憲性を事前に判断あるいは参考意見を付与する役割を、内閣から独立した機関、裁判所に果たしてもらう新たな枠組みをつくることを検討するべきではないでしょうか。また、この新制度の設置が憲法改正なくして不可能かどうかも含めて検討すべきであります。
憲法を一文字も変えない安心感追求型の護憲論、憲法を一文字でも変えたい欲望先行型の改憲論も、そろそろ卒業するときであります。国民一人一人が尊厳ある人生を形づくるために、リアリティーのある憲法議論に微力ながら尽力をしていきたいと思っております。
ありがとうございました。