宮崎政久の発言 (憲法審査会)

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○宮崎(政)委員 会長、ありがとうございます。
 きょうは、時間も超過して議論していただいて、立憲主義をテーマとしております。
 最後になると思いますけれども、私は、立憲主義を持ち出して今の憲法に一文字たりともさわれないという考えは、歴史を学んでいない、いわゆる思考停止をしているとしか言えないということでもありますし、また、立憲主義というものを、無用なレッテル張りであったりとか、議論に入ることをいたずらに引き延ばすようなことに使うべきではないということを指摘したいと思います。
 既に御承知のとおり、よく、きょうも議論になりましたけれども、近代立憲主義というものだって歴史的に形成されてきた概念であります。
 立憲主義の母国と言われているイギリスであっても、国王も神と法のもとにあるというふうに言われた、今確認されている最古のものは一二一五年のマグナカルタであるわけでありますが、これは要するに、国王の権力に対して、封建領主がその権利を守るために国王に王権制限を認めさせていった中から先ほどのような言葉があったわけでありまして、ここでは、いわゆる封建社会において封建領主の特権を認めるという形で成立をしてきたものであります。
 これが、その後、都市の市民の力が強くなっていく過程を経て、普遍的な市民の権利というものが主張されるようになって、国王の王権を制限するこの法というものの中身が、封建的な特権を守るということに使われるところから市民の権利を守るというところに実質的に変化をしていったわけであります。これが、例えばイギリスであれば、一六二八年の権利請願であったり、その後の権利章典というところで、近代立憲主義というもので確立をされていくわけであります。
 こういった経緯を踏まえて順次形成をされてきたのが立憲主義。特に、きょう議論になっている立憲主義は、この近代立憲主義というものを中核としているものであって、ここは、この形成の経緯からもわかるとおり、国家と国民というのが二項対立で考えられることが前提として考えられているわけであります。
 自民党の憲法改正草案も含めて、私たちの考えはこれを否定しているものではありません。国家と国民の間に緊張関係をはらみながら、さらに、人権の規定であったり統治機構であったり、さまざま憲法として定めるものについて、どういったことを示すべきなのか。また、前文を初めとして、目指すべき国家像、伝統や歴史や将来像を示すということを提案した議論をしているわけであります。
 そして、この立憲主義、現代的な変容があるということについては既に野党の委員の方からも指摘をされていることでありまして、すなわち、立憲主義を根拠として一文字たりとも譲ってはいけないのだということであれば、立憲主義というものの歴史的な経過に学んでいない、思考停止としか言いようがないわけでありまして、そのような議論は成立しないと私は考えております。
 また、きょう、草案の百二条の国民の憲法尊重義務であるとか草案十二条、二十一条二項の公益や公の秩序に関する指摘がありましたけれども、こういった新たな規定を定めていくこと、また、平和主義を堅持した上で、自衛隊についても憲法に明記をするというふうに主張すること、こういった提言も、まさに時代の進展に応じて、日本人の英知と経験知の結集として示されているものだと考えております。
 私たちは、こういった形で、たたき台ともいい、また所見ともいうものを示しておりますので、各党からも見解を示した上で、議論にしっかりと入っていく、いたずらに引き延ばすことのない議論をこれから展開するべきであると申し述べます。
 以上です。

発言情報

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発言者: 宮崎政久

speaker_id: 18299

日付: 2016-11-24

院: 衆議院

会議名: 憲法審査会