大串正樹の発言 (文部科学委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○大串(正)委員 ありがとうございます。
今確かに、これだけ時代の変化が激しいときでございますので、それに合わせて、必要とされる人材ももちろん変わってくるわけでございますが、冒頭お話しいただきましたとおり、時代によっても変わらないものというものがあろうかと思います。そういった点も踏まえて、これからの日本を本当に強くしていくためにどういった人が必要なのか、あるいはどういった人たちが活躍することがお互いにとってハッピーなのかということを考えていかなければいけないのかなというふうに思います。
そして、現在の教育課程の大きな流れをつくったのが、時代的に見ると、やはり一九八四年以降の臨教審と呼ばれるその時代の改革の流れではないかなというふうに思います。
この当時、ちょうど一九七一年には昭和四十六年の中教審の答申、四六答申というものとあわせて、第三の改革というふうに呼ばれた時代でございます。第一というのが、一八七一年と大分昔なんですけれども、ちょうど近代的な学校制度ができた時代。第二の改革というのが、第二次大戦後の改革。そして、この第三の改革というのが、まさに個性あるいは独創性を重視したような、そういう新しい時代の要請に応える教育改革であったというふうに言えるわけでございます。
ちょうど一九八〇年代というのは、皆さんも記憶にまだ新しいかと思いますけれども、日本が世界に打って出る際に、日本の個性、オリジナリティーというのはどこにあるんだ、そういう新しい力を身につけさせる、生きる力という言葉がこのころから出てくるわけなんですけれども、みずからが問題を発見して解決していける能力をいかに養っていくかというのが大切な視点になってきたという時代でございまして、ちょうど臨教審の最終的な答申の中には、個性の重視、生涯学習、変化への対応といったところがテーマに挙げられたわけでございますが、同時にこのころから、いじめであるとかあるいは学級崩壊など、そういった教育現場の荒廃といったものが深刻化してきたわけでございます。
この点も踏まえまして、臨教審以降、臨教審そのものの政策が今にどのように生きているか、そして、臨教審というのは現在どういうふうに評価されているかについて御意見をお聞かせいただければと思います。