大串正樹の発言 (文部科学委員会)
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○大串(正)委員 ありがとうございます。
大きな流れが今でも大事な視点として生きているということでございますけれども、この一九八〇年代ぐらいからの教育の成果というのを考えたときに、ちょうどこれが今から二十年から三十年近く前の話になりますので、このころ教育を受けた、このころの教育の実績が、恐らく今の例えばノーベル賞の受賞につながっていたりとか、ある意味、私は、このころの教育の考え方が結果的に今の大きな成果を生み出しているのではないかなと。タイムスパンとして見れば、こういった長い時間の中で成果が生まれてきたところはもう少し評価されてもいいのではないかなと。
決して、我々がやってきたことは間違ってはいなかったし、その結果が確実に今出てきているということで、このよかった点をぜひまたこれからも生かして、余り時代背景に左右されずに、教育政策というのはもう少し信念を持って貫く姿勢もあってもいいのではないかなという、このタイムスパンの一つの問題として、時間の感覚をやはりほかの政策とは違う長いスパンで考えていくべきではないかなというのが一つ目の質問です。
次に、もう少し、今度はプロセスの問題についてお伺いしたいと思います。
学習指導要領をつくりまして、それが実際に実施されるのは学校の現場でございまして、ではどうやってそれが生かされていくかというそのプロセスのことを少しお伺いしたいと思います。
そもそも学習指導要領というものは誰がつくるのかということなんですけれども、今は当然文部科学省がつくるということになっておりますが、もともと、一九四九年、これも大分昔の話で恐縮なんですけれども、当時の文部省の設置法では、文部省というのが最低基準を設定する、そして教育委員会が学習指導要領を作成して、学校が教育課程、いわゆるカリキュラムを作成する、そういうふうに定められていたわけなんですけれども、ここに注釈がありまして、当分の間は文部省が学習指導要領を作成するというふうに定められていたというのが実情でございまして、この文部省設置法が一九五二年に改定された際に、この当分の間という注釈の部分が削除されまして、実質的に学習指導要領というのは当時の文部省がつくるというふうになったというわけでございます。
これを批判的に言う人は、国が実質に権限を強化したのではないかというふうに捉える人もいるんですけれども、そもそも、学習指導要領というのは、なぜ、教育委員会がつくるというところから文部科学省がつくるというふうに変わってきたかというその辺の経緯について、当時の話がもしわかるようであれば、教えていただきたいと思います。