藤田幸久の発言 (外交防衛委員会)

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○藤田幸久君 民進党の藤田幸久でございます。
 今日は、資料をお配りしていると思いますけれども、実は小坂憲次先生御逝去されまして、大変残念に思っております。いろんな意味で私はお世話になっておりまして、御存命であられれば恐らく関心を持っておられるだろうと思う今日はパリ協定とカンボジアについて質問させていただきたいと思っております。
 この一枚目の写真、これはオタワ条約、対人地雷禁止条約に向けて、議連の会長でありました小坂先生と会長代行の中谷先生と事務局長でありました私が小渕外務大臣に要請に行ったときの写真でございます。
 三枚目の資料を御覧をいただきたいと思います。ある意味じゃパリ協定との比較においてこの三枚目の資料を作成をいたしました。ポイントは、パリ協定と、今回の、それからオタワ・プロセス、比較をしてみますと、やっぱり政府の意思決定でございます。当時、橋本総理、小渕外務大臣、自民党の加藤紘一幹事長が途中から非常に支援をしていただきました。それで、資料、これ関係国、議員連盟、日本政府と書いておりますけれども、日本の議員連盟ができましたのが一九九七年の六月でございます。その前後に、超党派で三百八十五名の皆さんが賛成をしていただいてこの議員連盟が発足をいたしました。自民党は最初反対をしておりましたが、最初に賛成を示してくださったのが、当時、自民党の国防部会長でありました陸上自衛隊出身の中谷元さんでありました。ここから実は制服がかなり積極的に動いてくださるようになりました。
 今回との比較のポイントは、一九九七年の八月にアメリカがオタワ・プロセスへの参加を表明いたしました。それまで反対の意見が、防衛省が百万個地雷を持っておりましたので、ございましたけれども、その段階から日本もオタワ・プロセスへの参加の流れができたわけでございます。十二月に小渕外務大臣がオタワに、本当に直前に政府の決定ができまして、間一髪間に合ってオタワに駆け付けたという劇的な四か月でございました。
 それとの比較におきまして、この二ページ目の今回のパリ協定のプロセスについて質問をしてまいりたいと思います。
 まず、日本の動きの右側、御覧いただきたいと思いますが、四月にパリ協定署名された後、実は地球温暖化対策推進本部という安倍総理が本部長であります一番政府の中心の組織でございますけれども、開かれておりません、四月二十二日以降。一回開かれたのが持ち回り開催で、それ以降も開かれていない。
 今回、この国会提出も行われたわけですが、その間にこの対策本部は何をしていたのか、環境副大臣からお答えをいただきたいと思います。

発言情報

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発言者: 藤田幸久

speaker_id: 774

日付: 2016-10-25

院: 参議院

会議名: 外交防衛委員会