作山巧の発言 (環太平洋パートナーシップ協定等に関する特別委員会)
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○参考人(作山巧君) 今御紹介をいただきました明治大学農学部の作山でございます。
本日は、意見陳述の機会をいただき、光栄に存じます。
私は、現在、大学で貿易交渉や貿易協定を中心とする研究と教育に従事をしておりますけれども、三年前までは農林水産省に在籍をしておりまして、行政官として二十五年間勤務をいたしました。農水省では通算で十年近く貿易交渉を担当いたしまして、例えば世界貿易機関、WTOのドーハ・ラウンド交渉、スイスなどとの経済連携交渉、これはEPAです、それからEUとのEPA交渉に向けた協議などにも従事をいたしました。特に、二〇〇八年から二〇一二年にかけては国際交渉官として、またその一時期は内閣官房に併任となり、日本のTPP参画協議などにも従事をいたしました。
本日は、こうした私の実務経験と研究成果を踏まえまして、TPP協定に関する意見を述べさせていただきます。
私のTPP協定に対する基本的な立場は、必ずしも反対というものではございません。
私もかつて従事をしましたWTOでの交渉が進展しない中で、次善の策はTPPのような有志国間での自由貿易協定、FTAしかないのが現状であります。また、TPPの持つ政治的、戦略的な意義も否定できません。例えば、私は二〇〇九年にチェコでEUとの協議に参加しましたけれども、EU側は日本とのEPA交渉には極めてその当時消極的でした。しかし、日本がTPP交渉に参加すると、一転して積極的な姿勢に転じたのも目の当たりにしております。このように、TPPがほかのメガFTAを推進するてこになるという意味で戦略的な効果を持っていることは事実と考えています。
こうした中で、TPPをめぐる論議で私が残念に感じておりますのは、いわゆる賛成派はTPPのメリットのみを喧伝し、いわゆる反対派はTPPの問題点のみをあげつらっている点であります。私は、TPP協定は日本にとってメリットもデメリットもあると思っておりますから、その両者を冷静に見極めるべきでありまして、研究者はその判断材料を提供をするのが使命だというふうに考えております。
その上で、私が問題視しておりますのは、TPP協定の内容そのものよりも、国民への説明に関する政府の姿勢であります。
私は、政府は実際には政治的、戦略的な理由でTPPを推進しているにもかかわらず、国民に対してはその経済的なメリットを過大に説明しているというふうに考えています。また、合意されたTPP協定に対しては生産者の皆さんを中心に多くの懸念が出されているにもかかわらず、政府の説明や情報公開は依然として不十分だというふうに考えております。
このため、本日は、時間も限られておりますので、この問題に絞って意見を述べさせていただきます。
問題点の第一ですが、政府によるTPPの農林水産業への影響試算が大きくぶれているという点であります。
配付資料を用意してございますので、配付資料の二ページを御覧ください。
農水省は二〇一〇年、全世界に対して関税を全廃すると生産額が四・五兆円減少し、供給熱量ベースの食料自給率が一四%に低下するという試算を発表しました。次に、安倍首相がTPP交渉参加を表明した二〇一三年には、TPP参加国に対して関税を全廃すれば生産額が三兆円減少し、食料自給率は二七%に低下するとの試算を出しました。これに対して、大筋合意後の二〇一五年には、TPP合意を反映した市場開放によって生産減少額は最大でも二千百億円にとどまり、三九%の食料自給率も維持されるという、それまでとは著しく異なる試算を示しております。
ここで試算の細かな想定に立ち入ることは差し控えたいと思います。しかし、生産者にとっては二〇一〇年や二〇一三年の影響試算の衝撃が非常に強く、TPPによって農林水産業に壊滅的な影響が出るという固定観念が形成されたと考えられます。また、二〇一三年と二〇一五年の試算を比較すると、例えば加工用トマトのように、関税撤廃という想定は同一にもかかわらず、生産量の減少率が一〇〇%からゼロ%に変更された品目も見られます。こうした一貫性を欠いた三つの異なる影響試算を公表した結果、合意を反映した二〇一五年の影響試算がほとんど信用されず、生産者のTPPに対する不安はいまだに解消されていないというふうに考えます。
これら三つの影響試算は、いずれも政府の責任で出されたものです。したがって、二〇一五年の影響試算が正しいということであれば、二〇一〇年や二〇一三年の影響試算の誤りを率直に認め、どの品目でどのような過大評価がなされたのかを生産者に対して詳細に説明することによって政府に対する不信感を解消すべきだというふうに考えます。
問題点の第二は、国会決議との整合性です。
私は、今回のTPP合意は明らかに国会決議に反しており、政府はその事実を明確に認めるべきだというふうに考えています。衆参の農林水産委員会は、二〇一三年四月、米、麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物などの農林水産物の重要品目について、引き続き再生産可能となるよう除外又は再協議の対象とするということを求める決議を採択いたしました。
配付資料の三ページを御覧ください。
これは、TPP合意における農林水産品の全二千三百二十八タリフライン、これは関税の細目ですけれども、の内訳を整理したもので、重要五品目でも三〇%のタリフラインで関税が撤廃されました。また、関税が撤廃されなかったのは四百四十三ラインございます、この資料には書いてございませんが。そのうち百五十一ラインは税率を維持したものとされ、その割合は重要五品目の二六%にすぎません。
では、この税率を維持したもの、百五十六でも百五十一でもよろしいのですが、これは除外というふうに言えるのでしょうか。
配付資料の四ページを御覧ください。
これは精米の例ですが、関税割当て制度を取っている品目では、あらかじめ定められた輸入量に適用される枠内税率とそれを超えた輸入に適用される枠外税率があるため、タリフラインは二本あります。
私は、本年三月の学会発表で、税率を維持したとされるこの百五十一ラインは、実は全てが関税割当て品目の枠内又は枠外のいずれかである旨を指摘いたしました。つまり、TPP合意では、タリフライン単位で見れば税率を維持したものはありますが、枠内と枠外の二つのタリフラインを合わせた通常の品目単位で見れば税率を維持したものは一つもありません。私のこうした主張については、四月十九日の衆議院TPP特別委員会の質疑において森山農林水産大臣が、枠内税率も枠外税率も変更を加えていないものがあったかと問われれば、それはないと答弁し、結果的に正しかったことを認めています。
従来の日本のEPAでは、除外は、品目を単位として一切の約束から除外するという意味で用いられてきました。つまり、森山大臣の答弁は、国会決議が求めた除外がTPP合意にはないことを認めたものです。それでも政府は依然として、国会決議の趣旨に沿う合意を達成できたと答弁し続けています。これを詭弁と言わずして何なのでしょうか。
TPP合意に除外が皆無な以上、国会決議は一〇〇%守られていないことは明白です。この点は、日本とオーストラリアとの経済連携協定、日豪EPAですが、と比較すればより明確となります。日豪EPAでは、米、小麦、牛肉、乳製品、砂糖などの重要品目は除外又は再協議とする二〇〇六年の衆参の農林水産委員会の決議にもかかわらず、牛肉等で関税削減を約束いたしました。しかし、米のように明示的に除外とされた品目もありますから、決議が守られた面もあるわけです。つまり、今回のTPP合意のように国会決議が一〇〇%守られなかった事例を私は寡聞にして存じ上げません。
問題点の第三は、TPP交渉に関する政府の情報公開の在り方についてであり、私はいまだ不十分であるというふうに考えております。政府は、TPP交渉参加時に締結した秘密保持契約を理由に、交渉経過に関する情報公開を拒んでいます。
ここで、配付資料の五ページを御覧ください。
これは、ニュージーランド政府が公表した秘密保持契約の抜粋でありまして、交渉に関係する文書などをTPP協定発効後四年間は秘匿するという旨が明記されています。しかし、なぜ協定発効後四年間なのでしょうか。交渉官を務めた私の経験からしましても、交渉について秘匿する必要があるのは協定の署名までであり、条文が確定した後の国会審議で秘匿し続ける必要性は乏しいというふうに思います。
次に、配付資料の六ページを御覧ください。
これは日本とASEANとのEPAに関する説明資料で、外務省のウエブサイトに掲載されているものです。資料右下の各国の物品貿易自由化の方式において、日本側は、即時関税撤廃と段階的関税撤廃とを合わせて、貿易額を基準に九三%で関税撤廃することが明記されています。
なぜASEANとのEPAではこうした自由化基準に関する情報が公開でき、TPPではできないのでしょうか。もう一度問いたいと思います。なぜTPP協定にのみ秘密保持契約があり、そして、なぜ秘密保持期間は署名後ではなく協定発効後四年間なのでしょうか。それは、TPPでは日本にとって著しく不利な参加条件が存在し、それを署名直後に公開すると何かと都合が悪いことがあるということだからというふうに考えています。
配付資料の七ページを御覧ください。
これは、各種の報道や私の調査結果を踏まえて要約した日本のTPP交渉への参加条件です。具体的には、日本は、二〇一三年の交渉参加時に先行九か国が合意した事項を原則として受け入れ、再協議は認められない。二番目として、交渉を打ち切る権利は先行九か国にあり、遅れて交渉入りした国には認められないという条件を受諾したと見ています。また、前者の合意済みの事項の中には、一つ目は、品目数ベースで関税撤廃率は九五%以上とする、二つ目は、一切の自由化をしない除外は認められないの二点が含まれていたと考えられます。
まず、九五%の関税撤廃率について検証したいと思います。配付資料の八ページを御覧ください。
この資料は、TPP合意における日本の総タリフラインの内訳に関し、九五%の関税撤廃率の基準を前提とした場合と、これが左側ですが、実際の合意内容とを対比したものです。左側の基準の列を見ると、日本の関税撤廃率を九五%とするためには、工業品の全てで関税を撤廃しても農林水産品で千八百七十八ラインの関税撤廃が不可欠です。これは、三ページにお示しをした関税撤廃の前例がある農林水産品、千四百九十四ラインございますが、これよりも多いので、九五%の関税撤廃率の基準を満たすためには、重要五品目の一部でも関税撤廃が避けられないことを意味します。
再び配付資料の八ページ左、右側の列の下段を御覧いただきますと、九五%の関税撤廃率を前提としますと、関税撤廃を回避できる農林水産品は四百五十ラインとなります。他方で、右側の実際の列の下のところを御覧いただきますと、日本が実際に関税撤廃を回避したのは四百四十三ラインでした。基準と実際との差は僅か七ライン、全品目の関税撤廃率で見ると九五・一%、上の方でございますが、九五%の基準と〇・一ポイントしか差がありません。日本の参加条件としての九五%の関税撤廃率の存在は明らかではないでしょうか。
最後に、日本の参加条件として除外が禁止されていたことに関する証拠も挙げたいと思います。
第一に、TPP参加国からの輸入実績がないコンニャクイモのような品目を含めて、TPP合意の中で関税割当て品目の枠内か枠外のいずれかで市場開放しているということがあります。これはTPP参加国の実利ではなく、交渉ルールとして除外禁止が設定されていたという証拠だというふうに考えます。また、さきに述べた税率を維持したもの百五十一ラインを日本政府が除外というふうに呼ばないのも、TPPで除外が禁止されているからにほかなりません。つまり、TPP参加と除外を求める国会決議とは最初から相入れなかったということです。
要約いたしますと、私はTPP協定に対する国民の理解はいまだ十分に深まったとは言えず、特に生産者の間ではそれが顕著だというふうに考えております。最近の世論調査でも、今回TPPを批准すべきとの意見は少数派となっています。その理由は、私がこれまで述べたように、TPP協定に関する十分な説明や情報公開をせずに批准を拙速に進めようという政府の態度に対する不信感が高まっているからではないかというふうに考えています。国民が政府に求めているのは、国会決議違反に頬かむりをして拙速に批准をすることではなくて、TPP協定の必要性とその内容について愚直に理解を求め続ける姿勢ではないでしょうか。
最後に、配付資料の九ページ以降にはTPP協定に関する私の研究成果をまとめましたので、適宜御参照ください。
私の意見陳述は以上です。御清聴ありがとうございました。