杉山武彦の発言 (国土交通委員会)
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○参考人(杉山武彦君) 杉山でございます。どうぞよろしくお願いを申し上げます。
こういう機会をいただきましたこと、大変光栄なことでありまして、感謝を申し上げます。着席のまま失礼させていただきます。
本日の審議対象になっております法案は、リニア中央新幹線の整備促進、より具体的には名古屋―大阪間についての前倒し整備、その目的のために、手法として鉄道・運輸機構を通じて財投の貸付けを行うための改正と、こういうふうに理解をいたしております。
鉄道・運輸機構を介在させることでありますとか、あるいは貸付けの内容につきましていろいろの議論があるのだと考えておりますけれども、少なくとも、整備促進あるいは前倒しということに関しての是非の判断というのは、結局のところ、リニア中央新幹線そのものの是非の判断というところに依存するように思いますので、そこで、まず私は、リニア中央新幹線の意義というものについて、自分なりに、常識的な内容ではありますけれども、確認をさせていただきたいと考えてまいりました。
メモの一番目を見ていただきますと、私はここで三つくらいの視点からリニア中央新幹線の意義を肯定的に考えているものであります。それを述べさせていただきますが、その前に、私自身の交通、あるいは交通と運輸、それと経済との関係についての基本的な認識を簡単に述べさせていただきます。
人や物は何で移動するのかということですけれども、いわゆる位置の効用という言葉で説明をされますけれども、動くことによって価値が上がると、こういうことが大前提にございます。人の場合であれば、何らかの意思あるいは意図、それを満たすために動くわけでありますし、物の場合も、動かすことによってそこに価値が生ずる、あるいは価値が増えると、こういうことで物が動きます。したがいまして、人と物が活発に動くときには、人々の満足もそこで高まっているはずでありますし、物の付加価値も高まっているはずであります。そういうことで、モビリティー、動き回る力、これが向上するということと、経済活動が発展する、あるいは価値が創出されるということとは、基本的には連動する関係にあるものだというふうに考えてまいりました。
交通あるいは輸送手段の進化というのは、その連動関係を実現させていくための可能性を提供するものであって、交通の施設が提供されたから直ちに全てそれに付随していろいろな経済活動の活発化が起きるということでは必ずしもない、そこにはそれなりの努力が必要だということを最初に確認をさせていただきたいと思います。
そこで、リニア中央新幹線の意義でありますけれども、私は三点掲げてございます。
第一番目は、このリニア中央新幹線というのは、我が日本の国土の動脈、その質的、量的なグレードアップというものにつながるものであると、こういうことであります。
リニア中央新幹線の整備というのは、言うまでもなくその高速性というのが一番中心になりますけれども、高速性の向上を通じて東京―名古屋―大阪という国土軸におけるモビリティーの質を飛躍的に高める、そういう潜在力を持っているというふうに考えております。また、それが、我々が持っております社会的な財産である在来の東海道新幹線、これに更に付加されることによりまして、人や物が移動をするパイプが二重あるいは多重という観点から、質的な強化、量的な強化、その両方をもたらすものと考えることであります。
ついでながら、東海道新幹線につきましては今後いろいろな観点からリハビリが必要になりますけれども、それをつつがなく実施していくためにもリニア中央新幹線の整備というのが大変、選択肢の拡大、施工手順等々のやり方への便宜という点で大きな意味を持つものと考えます。
第二番目は、知識財生産など高付加価値産業へのシフトの支援と、こういうふうに表現をさせていただきました。
科学技術立国を目指す今後の日本にとりまして国力の源泉というのは何かということを考えますと、一般的に言われておりますように、革新的な知識、技術を基礎とした高度の資本財あるいはソフトウエア等の知識財、これを生産する産業というものが挙げられることになろうかと思います。
物財は工場で原材料がまとめられて生産されますけれども、知識財、ソフトウエアでありますとかコンテンツとかそういうものの場合には、原材料に当たるものは人々の知識、情報、アイデア、こういったものであります。工場に相当するものは、会議でありますとかコンファレンスでありますとかイベントでありますとか、要は人が集うところでございます。それらが結合するためには、国内外あるいは地域の内外、その人々の頻繁で密接な反復的な接触というのが不可欠でありまして、そのためには高速移動を支えるインフラの整備というのが重要性を持ってまいります。
三番目ですけれども、日本の科学技術と技術力の向上への波及効果という点も考えておく必要があると思います。
しばしば高速性の追求ということが批判をされますけれども、単に技術的に完成した高速交通手段でも、それが社会の装置として定着をしてくるには裾野の非常に広い関連技術あるいはシステム構築が通常は必要とされまして、その達成への広範な努力が日本のこれまでの産業の発展につながってきたという点を考えるべきであろうかと思います。リニア中央新幹線の場合にも、超電導の技術だけではなくて、磁気シールド、高速鉄道車両、運転制御、電力変換、あるいは高精度の土木技術等々を含んで、この実用化への努力、量産化への努力、そしてそれがもたらす低廉化というようなことが、直接リニア中央新幹線とは関係のない私たちの生活一般で使われるいろいろな製品への普及、活用ということも出てくると、こういうふうに考えております。
以上が私がリニア中央新幹線の整備の意義ということについて考えるときに思い浮かべる事柄であります。
そこで、以下、財投措置に関して、あるいは前倒しということについて若干のコメントを加えさせていただきます。
公的な支援をここで展開するということの論拠についてであります。
一般的に、交通運輸サービスの提供に伴いましては、付随的又は波及的な恩恵が広く社会に及びます。それは、直接の輸送サービスの利用者以外にも広く及ぶ、いわゆる外部経済ということが大変大きい。そういう認識が、古今東西を通じて、交通運輸のサービスが民間の活動として提供される場合にも公的な支援あるいは反対に規制ということが発動される背景を成してきたと考えます。
今申し上げたばかりのリニア中央新幹線の意義、これは広く社会に及ぶ、波及的な外部経済的な、そういう効果でありますから、したがって、そのリニアの意義を認める立場に立つ立場からは、外部経済というものを広く社会の中に行き渡らせるための視点から一定の支援が行われることはごく妥当であると、こういうふうに私は考えております。
続きまして、使途の適切性ということについても考えておく必要があろうかと存じます。
財投の資源というのは、これは一般の予算と違って機動性を持つ面もございますけれども、それにしても限度がございますから、それがリニア中央新幹線にも向けられるに際しては、本来であれば、他の使途に用いられた場合との比較を経たものであるということが望ましいと考えております。例えば、医療であるとか住宅であるとか福祉の分野、そういうような異分野にそのお金を使った場合とどちらがよいのかというような議論も本来はなければなりません。しかし、そういうことを真に厳密に進めることは一般的には困難でありまして、実際的な手続としては、このリニア中央新幹線の事業が費用便益分析と呼ばれているものをパスするということで一応理論上はその使途の適切性が保証されているというふうに認識をいたしております。
さらに、今回、財投措置が鉄道・運輸機構を通じて行われるものと考えられておりますけれども、そもそも鉄道・運輸機構は鉄道整備促進の支援を総合的かつ効率的に行うことを目的とする機関でございますので、この鉄道・運輸機構とそれから事業主体であるJR東海との間で適切な緊張関係、それぞれのコンプライアンス、ガバナンスということが十分に発揮をされてこの両者の間で緊張関係が構築をされる、こういうことを期待いたしたいと思います。それが公的支援の意義を確保することにもつながるというふうに考えております。
三番目の早期整備の促進についてでありますけれども、整備効果というものを早期に実現させるためには、なるべく工期が短いことは、これはもう当然に必要なことでありまして、前倒しの整備がその効果の早期実現の観点から望ましいということにつきましては、私はほぼ自明のことであるというふうに考えております。
それに加えまして、現在あるいは近年の社会状況を見ますと、自然災害が多発をしている状況の中で、リスク対応のサプライチェーン管理ということが多くの製造企業の間で喫緊の課題になっております。集中と分散というものについてどういう意思決定をするか、そのバランスに関しては、インフラ整備の進展というものが非常に重要な鍵になってまいります。意思決定主体に選択肢の多様化と安心感を与える、ひいては投資の促進に貢献をするという観点から、財投による早期整備の促進、これは望ましいことであると私は考えます。
最後に、東京一極集中ということがこのような場合によく議論の対象になりますので、その点について一言触れさせていただきたいと思います。
冒頭に述べましたように、モビリティーの向上というのはあくまでも可能性の提供でありまして、それぞれの地域においてその可能性の到来を現実の地方創生にどう結び付けるか、それをそれぞれに考えるということが非常に重要な側面であります。
国土の均衡ある発展ということが言われますけれども、その均衡ある発展というのは、どこもここも均等に整備をしていくということには現実にはならない。発展のための手法というのは常に選択的な投資として進められる。まずは、最も効率の高い、最も力のあるところ、それをトップランナーの育成という形で進めて、そしてそのトップランナーが周辺を牽引をしていく、そういう時間的経過の中で全体の発展を目指していくということが現実に取られてきた考え方であります。したがって、それは首都圏であれ中部圏であれ近畿圏であれ、今度はそのそれぞれの中での整備、発展のための投資についても同じことがそれぞれに言えることになろうかと思います。
いずれにいたしましても、ある投資が一時的に一極集中の方向に作用する懸念があるからといってモビリティーの向上そのものを疑問視するということは、言わば角を矯めて牛を殺すに等しいと、こういう考え方をいたしております。
以上が私の意見陳述の骨子でございます。ありがとうございました。