桜井智恵子の発言 (文教科学委員会)
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○参考人(桜井智恵子君) 桜井智恵子でございます。意見を述べさせていただける機会、ありがとうございます。申し上げます。
学校における環境の整備のために課題は明確に認識されているのでしょうか。新しい取組をどんどん乗せていくという方向にはなっていないでしょうか。
本法案の問題の一つは、法案の作り方だと思われます。基本理念では、不登校児童生徒の状況に応じた必要な支援とされ、学校の機能不全を子供の支援ですり替えようとしています。フリースクールを多様な学習活動の場と認めるとしながら、子供を排除している環境の整備、学校それ自体を多種多様な子供が暮らす場として改善する視点がありません。
一方で、責任の主体として、自己を律し成果をという昨今の教育行政が持つ自己責任論は労働施策の不備と連なり、若い人たちを中心に大変生きづらくさせています。
二つ目は、フリースクールでも自宅でもどこを選んでも、子供が現状の厳しいハイパーな緊張した教育から撤退する道は制度上皆無になる点です。もう逃げ場所がなくなるということになります。
現在、教職員も子供も保護者も皆余裕がなく、学校はとても不幸にされています。戦後始まって以来ぐらいきつくされています。全国学力調査の点数アップ、ついこの間、PISAの報告も明らかになってきたわけですけれども、研修などで現場自体がどんどんと自主規制を強めています。文科省が直接指導するというよりも、現場が自分たちで非常に厳しくしていっているという状況、その多忙化が大きな要因です。
子供たちを受け止める時間や発想も、もうどんどんとなくなっています。不登校の子供は、学校で様々な困難で傷つき、しばらく休むことを余儀なくされます。戻ろうという気持ちがたとえあったとしても、学力向上で全力疾走している学校や教室は、受け入れる雰囲気はありません。先生方がそう思っていたとしても、奪われています。不登校の子供だけでなく、学校に来ている子供や教職員や、親も追い詰められて、関わる者皆が不幸になって学校生活を送っているのです。世界の中では大変評判の悪い日本の学校となっています。
余裕のない学校で、いじめ対応でも、教職員は質の良い働きかけを行うことはできません。二〇一一年十月十一日の大津の自死の事件の後、公的第三者機関として大津でも現場に関わり、奈良の橿原市でも現場に関わってまいりましたが、いじめ防止対策推進法によって多くの自治体では業務が増えた分、子供の気持ちを聞く時間が奪われています。
学校における環境の整備とは、これ以上取組を上乗せすることではありません。むしろ減らすことです。余裕なしに安心な人間関係は生まれません。
以上です。