麻生太郎の発言 (決算行政監視委員会)
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○麻生国務大臣 八木先生から御指摘のありました話ですけれども、やはり日本の場合は、さきの戦争で負けた最大の原因というのは、これはどう考えても物量、製造業の格差によって負けたという確信はかなり強く当時からあったんだと理解をしております。
したがいまして、戦後、少なくとも、日本の経済復興に当たりましたときは、まず繊維、次に鉄鋼、次に家電、次に自動車、次にコンピューターと、いろいろな意味でいわゆる製造業というものの発展に全力を挙げてきた。これはもう日本じゅうほぼ同じ意見だったと思っておりますので、そういった意味で製造業が中心になって牽引してきた、これははっきりしておると思っております。
後に大企業になっていったものが幾つもありますけれども、こういったものは、製造業に限らず、例えば映画で「海賊とよばれた男」というのは、あれは出光佐三さんの話だったというように理解しております。先ほど出た話も、あれは豊田佐吉さんの前の、豊田喜一郎さんの話だというふうに理解をしております。
いずれにしても、こういった話というのは、今の協力工場でいえば豊田織機にしてもアイシンにしても、いろいろな協力会社というのが今アメリカにほとんど出ていっておられますので、それらの工場がつくり出す部品の影響力によってアメリカの部品の品質もよくなったことは間違いありませんので、そういった意味で、幾多の試練というものを乗り越えてこられたのは間違いありません。
日本がかつて、三百万台、自動車をアメリカが輸入して、アメリカの自動車貿易赤字の五八%が日本だったんですが、今、アメリカにおきます日本の貿易赤字は九%、かわりに中国が四八%ぐらいいっていると思いますので、そういった意味では彼我の差は非常に明確に違ってきた。
それは、ひとえに、日本の企業はその時代に合わせて、今度は向こうで日本のものをつくって、アメリカ発のトヨタ自動車というのをつくり上げて、今、アメリカ発トヨタ自動車の、トヨタに限りませんけれども、アメリカ発日本製自動車の輸出は四十万台を超えたところまで来ていると思いますので、そういった意味では、非常に、時代時代に合わせてやってこられた経験に基づくいわゆる識見とか見識とかというのは、まことに敬意を払ってしかるべきものだと思っております。
私どもとしては、今、日本でもデフレ不況というものは、昭和二十年この方、数々の不況をやっても、インフレ不況ではあってもデフレ不況をやった経験は世界じゅうにありませんので、そういった意味では、課題を解決する先進国という立場が与えられているような感じがする昨今の日本ですけれども、そういった中では、今間違いなく、いろいろ形を変えてきてやっていると思いますので、安倍総理のもと、いろいろあっちこっちが各部門において、戦後の我々が抱えてきたような問題を一つ一つ解決しつつあるように思えております。
いずれにしても、今我々に与えられております条件は、そういった企業のあれを応援できる最低というのは、政権が安定しているというのが非常に大きな理由の一つだと思っております。
各国を見ましても、この三月、けさのデータを見ても、フィヨンとルペンとの間の差が僅差になって、その二人になってきつつあるような気がしますけれども、そういったような状況になりますと、先進七カ国でこの一年半でリーダーは五人かわることになろうと思いますので、そういった意味では、安定した政権のもとできちんとした経済政策をやっていくというのは、日本の国益にとっても非常に大きな要素になろうと思いますので、持続的に日本という国が発展していくためにも、経済界、内閣が一体となってやっていくという姿勢は極めて重要であろうと私どもは考えております。