永井幸寿の発言 (憲法審査会)

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○永井参考人 私は、阪神・淡路大震災で事務所が全壊して以来、二十二年間、被災者支援にかかわってきた者です。その立場でお話をいたします。
 第一に、災害を理由に緊急事態条項を憲法に設けるべきかということです。
 私は、災害を理由にした緊急事態条項を憲法に創設することには反対です。
 緊急事態条項とは、国家緊急権を憲法に創設する条項です。国家緊急権とは、戦争、内乱、大規模災害など、平時の統治機構では対処できない非常事態に、国家の存立を維持するために人権保障と権力分立を停止する制度です。
 日本国憲法は国家緊急権を置いていませんが、その趣旨は、昭和二十一年七月十五日、帝国憲法改正案委員会の議事録の中での政府の答弁で明らかにされております。国家緊急権の濫用の危険からあえて憲法には国家緊急権は設けないが、緊急事態には平常時から法律などで準備するというものです。
 では、災害関連の法規は整備されているのでしょうか。これは大変よく整備されております。
 例えば、内閣は、災害緊急事態には、国会のコントロールのもとで、四つの項目に限り罰則つきの政令制定権が認められております。また、内閣総理大臣は、関係指定行政機関の長、地方公共団体の長などに対する指示権が認められ、防衛大臣に対する自衛隊の部隊派遣要請ができ、警察庁長官を直接指揮監督して一時的に警察を統制するなど、権力が集中するシステムとなっております。
 また、人権の制限に関して見ると、都道府県知事に、医療関係者に対する従事命令、財産権の管理、使用、物資の保管命令、収用の権限、職員の立入検査などが認められ、これらを罰則つきで強制しています。さらに、市町村長に対しても、瓦れきの撤去などにつき強制権が十分認められております。
 では、被災者にとって一番重要な国のルールというのは何でしょう。これは、憲法ではなく、それよりも下位のルールである法律、通達、条例などです。
 例えば、仮設住宅に断熱材が入るのか、あるいは復興住宅に入居するには連帯保証人が必要か、これらは被災者にとって大変重要な問題ではありますが、法の運用や条例の問題であって、憲法の問題ではありません。
 災害対策の原則は何でしょう。これは、医療の専門家あるいは建築の専門家など、災害の専門家が口をそろえて言うのは、準備していないことはできないということです。
 国家緊急権は、災害が発生した後、泥縄式に権力を集中する制度です。しかし、災害後にどのような権力を強力に集中しても対処することはできません。東日本大震災で国や自治体の不手際というものが言われましたが、その多くが事前に準備していなかったことが原因です。例えば、原発事故で、原発から四・五キロの双葉病院などでは、寝たきりの高齢者が避難の前後の混乱で五十人亡くなりました。
 これは、なぜこういうことが起きたのでしょう。法律の制度では、国は防災基本計画、都道府県、市町村はこれに基づいて地域防災計画を策定する義務があり、そして、指定行政機関、自治体の長は防災教育の実施に努め、防災訓練の実施義務が認められています。
 しかし、国、自治体、事業者において、事実上、災害で原発事故は起こらないということになっていたんです。つまり、事前に、県境を越えた避難者の避難経路、あるいは渋滞のときのサブの経路、あるいは事前のドライバーや車両の確保、そして、避難した後の長期の生活の場の確保の計画、あるいはその訓練、これについての自治体の連携や住民参加がなかったことが原因です。
 法律の適正な運用による事前の準備がなかったことが原因であり、緊急事態条項を創設しても対処することはできません。
 では、国と市町村の役割分担について被災市町村はどう考えているのでしょうか。このグラフの資料をごらんいただきたいと思います。
 私は、平成二十七年七月から九月まで、被災三県、岩手、宮城、福島の市町村を訪問して首長にヒアリングを行い、また、日本弁護士連合会は九月に三十七市町村にアンケートを実施し、二十四市町村から回答を得ました。
 アンケートでは、国と市町村の役割分担について、市町村の権限は強化すべきか、現状維持にすべきか、軽減すべきかと聞きました。現状とは、災害対策基本法による第一次的な災害対策の権限は市町村にあり、国はその後方支援を行うということです。
 そのアンケートの結果は、権限強化というのが二九%、現状維持が六七%、権限軽減が四%でした。つまり、これらを総合すると、市町村は第一次的権限を持つ、または権限を強化するというのが九六%でした。
 なぜこのような結果になるんでしょう。関東大震災では死者の八〇%が焼死したということです。阪神・淡路大震災では死者の八〇%が圧死しました。自宅に押し潰されたんです。東日本大震災では死者の八〇%以上が溺死しました。津波に流されたんです。このように、同じ災害というものは二つとしてありません。
 そして、一つの災害でも、時間の経過によって、命を救う七十二時間以内、避難所、仮設住宅の設置、あるいは復興住宅の設置などの過程でニーズは刻々と変わっていきます。このニーズに関する情報が直ちに入り、これに対して最も効果的な対処ができるのは国ではありません。被災者に一番近い市町村です。逆に、国がこれに対処すると、情報が入らず、また公平性、画一性が求められてしまい、妥当性を欠く対応をしてしまうことになります。
 では、国の役割は何か。これは後方支援です。人、物、金を出すことです。
 人について言えば、マンパワーや専門性の補完のための職員の派遣です。物は、被災地の求めに応じて物資を送ることです。そして、金、これが一番重要です。市町村を信用して予算の裁量を認めるということです。
 問題なのは、市町村に予算や災害対応の裁量を認めないことです。国の許認可権など法制度、運用が平常時対応であり、縦割り行政であることです。そこで首長は国との折衝に膨大な時間と労力を費やしてしまい、この時間は被災者のために費やしたいというのが首長の願いです。
 福島県の浪江町長は、被災者のために一時的な医療施設をつくろうとしました。しかし、これは医療法、建築基準法、消防法、景観法に違反するということで反対されました。
 災害対策は、このような災害時に包括的な適用除外法令をつくることによって対処すべきものです。
 また、東日本大震災では、多くの官庁が法律の弾力的運用について通知を送りました。しかし、その数は、一自治体に千通送られたんです。被災自治体はこれに対応することは到底できませんでした。
 これらは、平常時から過去の災害を調査検討して、災害時の適用除外の法律や法律の特例について恒久的な法律を制定すべきことです。そして、これは皆さんがいらっしゃる国会が行うべきことです。
 また、自治体は、いつ起こるかわからない災害のために費用や時間をかけて準備するというのは現実には困難な面があります。そこで、災害時には自治体は何をどうしていいかわからないということがあります。
 このノウハウを持っているのは過去の被災経験のある自治体であり、国ではありません。東日本大震災でも、神戸市や新潟県など被災経験のある自治体の職員が派遣され、適切な対応を初動期から実施することができました。これをシステム化したのが関西広域連合であり、また災害対策基本法三十条二項の職員派遣の調整の制度であります。国が行うべきことは、これらの職員派遣について予算面で後方支援することであります。
 東日本大震災では、災害対策について憲法が障害になることが明らかになったという意見が繰り返し述べられたことがありました。そこで、先ほどのアンケートでは、災害対策について憲法は障害になりましたか、なったとすれば、具体的にどんな事例ですか、憲法の何条が障害になりましたかということを質問しました。すると、障害にならなかったという回答が九六%、なったという回答が四%でした。
 障害になったという一自治体は、瓦れきに含まれる車両は所有者の同意が得られないので処理できなかった、憲法の財産権の改正が必要だと回答しました。しかし、憲法はもともと財産権に一定の法律の制限を認めております。そして、災害対策基本法六十四条二項は、市町村長は災害を受けた工作物または物件などに必要な措置をとれるとしています。この必要な措置には最小限の破壊も含まれます。瓦れきの車両は所有者の同意を受けずに瓦れき置き場に搬送することができ、市場価値がなければ廃棄することができます。失礼ながら、この一自治体は法律のことを御存じなかったということです。
 国会の東京電力福島原子力発電所事故調査委員会の国会事故調査報告書でも、憲法が災害対策の障害になったという記載はありません。あるいは、災害対策に政府の権力を集中すべきだ、あるいは人権の大幅制約が必要だという記載もありません。憲法改正ではなく、原子力規制法規という法律の制度の改正を提言しているのです。また、新しい規制組織の設置を提案していますが、政府からの強い独立性を求めており、権力の集中とは真逆のことを述べているのです。この報告からも、憲法改正の立法事実、改正の正当性を支える社会的事実は認められません。
 災害対策で最も重要なのは現場です。目の前にいる個々の被災者を救済するためにはどうすればいいのか、それが全ての出発点です。国家にどのような権力を持たせるかが出発点ではありません。災害対策は、被災者から話を聞き、被災の現場を見て、そして課題を抽出して、将来の災害を予想して策定するものです。そして、災害が発生したときは、被災者に最も近い自治体がこの準備に基づいて行動すべきものです。
 災害をだしにして憲法を変えてはいけない、これは東日本大震災での被災者の言葉です。立法府の皆様には、ぜひこの言葉を理解していただきたいと思います。
 以上から、災害を理由にした緊急事態条項を憲法に創設することに私は反対します。
 第二に、緊急事態における国会議員の任期について申し上げます。
 衆議院議員の任期は四年、または衆議院解散のときは期間満了前、これは憲法四十五条に書かれております。参議院議員の任期は六年、これは憲法四十六条に書かれています。そこで、大規模災害が選挙のときに発生した場合のために、憲法を改正して議員の任期を延長すべきかが議論されています。特に、衆議院の解散や任期満了が問題となります。
 結論から申し上げますと、私は、憲法を改正して議員の任期を延長することに反対です。
 まず、憲法は大規模災害時の制度を二つ設けています。一つは、憲法五十四条二項の参議院の緊急集会です。衆議院が解散されたときで、国に緊急の必要があるとき、内閣は参議院の緊急集会を求めることができます。緊急集会でとられた措置は、次の国会開会の後十日以内に衆議院の同意がない場合は効力を失います。
 二つ目は、憲法七十三条六号の法律による政令への罰則委任です。永田町での直下型地震が発生した場合のように、参議院の緊急集会も請求できない場合は、内閣は法律に基づいて政令で対処することになり、政令に実効性を持たせるためには罰則が必要となります。他方で、内閣の権力の濫用の危険があるので、特に法律の委任がないと政令に罰則が設けられないとする制度です。
 これを受けて、災害対策基本法の厳格な要件のもとで、緊急時に内閣は罰則つきの政令、緊急政令が制定できます。
 では、衆議院解散中に大規模災害が発生したときはどう考えるべきでしょう。
 先ほどのように、内閣は参議院の緊急集会を求めて対処できます。また、災害緊急事態においては、国会閉会中や衆議院解散中で臨時国会や緊急集会の措置を待ついとまがない場合でも、災害対策基本法による緊急政令で対処できます。
 では、衆議院の任期満了時に大規模災害が発生したときはどうすべきでしょう。
 参議院の緊急集会の規定は、文言上は、衆議院解散のときと定めています。何らかのニーズがあった場合、憲法は最高法規でありますので、まず法律で対処することを考え、それができない場合は憲法の解釈で対処することを考え、それができないときに初めて憲法改正を検討すべきです。
 まず、この場合、公職選挙法三十一条で、議員の任期満了の三十日前までに選挙を実施すると定めています。そこで、任期満了時に災害があったとしても、次の議員が選出されているので、この場合は問題がありません。
 では、この三十一条の選挙の公示直前に災害があって選挙ができないとき、そのときは次の議員が選出されないことになりますが、その場合はどうすべきでしょうか。この場合は憲法の解釈となります。
 参議院の緊急集会は、衆議院が解散され、議員がいなくなった場合に、参議院に国会を代替させる制度です。そして、任期満了の場合も衆議院議員がいなくなるという事態は解散の場合と同じです。したがって、同一事項については同じ扱いをすべきですので、この場合も緊急集会の規定を適用すべきものと考えます。
 これに対しては、少数の参議院議員、例えば、ダブル選挙のときは全議員の一八%の議員になってしまう、これで議決をすることになる、あるいは被災地の民意を反映する議員がいないのではないかという意見があります。
 しかし、緊急集会による措置というのは、これは暫定的なものでありまして、事態が回復後に速やかに衆議院の総選挙を行って、国会開会後十日以内に衆議院の同意を得るということで対処できます。被災地の民意の反映はそこで行うことができるわけです。
 また、被災地域については、公職選挙法五十七条は、天災その他避けることのできない事故により投票所において投票を行うことができないとき、被災地域の都道府県選挙管理委員会が投票期日を延期するという繰り延べ投票を規定しています。これによって対処することが可能です。
 これに対しては、繰り延べ投票では、一部選挙区では開票できず、比例代表区の議員が確定しないということが考えられますが、比例代表区の議員は衆議院議員の三分の二を超えることはないので、定足数である三分の一を満たし、衆議院は活動することができます。
 ここで私が一番申し上げたいことは、被災地域の住民の意思を国会に反映することは大切でありますけれども、災害対策の法律は平常時から国会において整備しておくべきものであるということであります。先ほど申し上げたとおり、災害対策の原則は、準備していないことはできないということです。災害対策の法律の制度は、平常時から過去の災害を検討して、そして、十分時間をかけて準備しておくべきものであり、災害が発生してから準備すべきではないというふうに考えます。
 以上から、緊急事態における国会議員の任期の問題は、参議院の緊急集会、公職選挙法の繰り延べ投票で対処でき、また、平常時から災害対策は行っておくべきであるという点からも、憲法改正による議員の任期延長には反対いたします。
 以上です。(拍手)

発言情報

speech_id: 119304183X00220170323_004

発言者: 永井幸寿

speaker_id: 3187

日付: 2017-03-23

院: 衆議院

会議名: 憲法審査会