太田昭宏の発言 (憲法審査会)
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○太田(昭)委員 中山太郎先生と、新しい人権ということで、私たちは、環境権を中心にして話をしたり、あるいはIT時代の中でのプライバシー権というものについて話をしましたが、中山先生と私、もう一つ、生命倫理ということについて、将来の日本を考えると、どういうふうに憲法で書き込んでいくということ、あるいは論議をするということが大事だということを随分話し合いました。
それからかなり時代が進展して、この生命倫理問題とそして科学技術と人間の尊厳という問題が、IT、BTというのが急激に変化をして、その中で、十年後、二十年後の日本ということからいくと、今、ボタンで言えば、一番最初の第一ボタンをしっかりはめるということを危機感を持って論議していかなくてはいけないと強く思っています。
先ほど斉藤さんから、科学技術の進歩と生命倫理、学問の自由の問題ということで、再生医療、生殖医療において、人として成長する可能性のある受精卵が研究に使われてきた、この受精卵がいわゆるクローン禁止法で「生命の萌芽」と表現され、iPS細胞の登場によってその数は少なくなっているとはいいながら、将来にどのような研究が登場するかという中で、研究の世界の自主的ガイドラインに任せておくだけでいいのかという生命倫理の問題が提起をされました。
また、遺伝子操作技術、AI技術の発展と結合を考えれば、学問の自由という基本的人権について、生命倫理的な観点からの制約も議論すべきではないかという問題提起が斉藤さんの方からありましたが、全く私は同感であります。
生殖医療並びに遺伝子操作及び臓器移植に関する技術は乱用というものをしないように、そしてこれを国民の新しい権利として構成できるかという問題もあわせて考えて、そして、そうした国民の新しい権利としてではなくて、国として生殖医療並びに遺伝子操作及び臓器移植に関する技術の利用において、常に生命及び身体の安全が確保され、個人の尊厳が保持され、並びに社会秩序が維持されるように努めるというようなその規定というものを、しっかり将来も見据えて論議をして憲法論争というものをしなくてはいけない、このように私は考えます。
昨年末、「第四次産業革命 ダボス会議が予測する未来」ということをクラウス・シュワブさんが執筆をしておりまして、IoT、AI、ロボット、シェアリングエコノミー、インダストリー四・〇、第四次産業革命、こういうことで世界が激変しているということを指摘しておりまして、具体的事象として、ウエアラブルインターネット、ユビキタスコンピューター、IoT、住宅、都市のあり方、そして自動運転、ビットコインとブロックチェーン、3Dプリンターと製造業、健康、消費財の問題、デザイナーベビーなどについてのティッピングポイントとしまして、二〇二五年までの予測、劇的に変わるということを予測しております。
結論的に申し上げますと、このシュワブさんは、人間を中心に据えた、人間が優先される未来をつくる意思、そして、イノベーションと技術の中心に人間性と公益追求を据えて持続可能な発展を実現させることが大事であるという指摘をされています。
また、哲学の世界でも、大きな時代、社会の変革期という認識があって、ポストモダン以降、哲学はどこに向かうのかということが論じられて、そして、IT革命は人類に何をもたらすか、バイオテクノロジーは人間をどこに導くのか、クローン人間、再生医療、資本主義と格差、自由、グローバル化、こうしたこと。
あるいは、宗教の世界においても、近代は脱宗教化の過程であったが、宗教というものは存続していけるのかどうかという、そうした捨て去ることを人間は、果たしてあり得るのかというような論議や、あるいは人類と地球環境や、あるいは環境保護論の歴史的な問題としてのそうした論議がされて、私は、かなり哲学の抱える問題の所在は深いという認識をしております。
早いか遅いかはわかりませんが、カーツワイルが言うように、シンギュラリティーという、人工頭脳、AIが人類の総和を超えるという時代が二〇四五年だ、こう言っていますが、その前に、特化型AIの時代が二〇三〇年まで、そして、このシンギュラリティーとなるようなところまでにどういうふうな進展ぐあいでいくかということが、深刻な問題として、また重要な問題として論じられているんだと私は思います。
特化型AIの時代は、どちらかというと、秘書を横に置いて、囲碁なんかをやるについても、これからはダブルスの時代と言われて、ペア碁とかペアチェスというように、横に置いて一つ一つ相談しながら碁を打ったりチェスをやるということが既に始まっているわけでありますが、それが、自分で考えるAIというものが二〇三〇年ぐらいから生まれ始めたときに、果たして、人間とそうしたAIという、人間とはそもそも何であるかというような論議と、そして科学技術の振興をというものとの兼ね合いの中で、どういう社会を想定し、そして何を原則として確保しておかなくてはいけないのかという問題が指摘されると思います。
なかなか、どういう時代になるかを十分予測するだけの知識は今ありませんけれども、問題意識を共有して、これから日本の十年後、二十年後、そしてせいぜい三十年後というか、そのあたりのことを考えて、憲法審査会で重厚な論議をしていただきたいということを私は強く望んで、発言とさせていただきます。