小林雅之の発言 (憲法審査会)

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○小林参考人 東京大学の大学総合教育研究センターの小林と申します。
 私は、学生への経済的支援、とりわけ奨学金について研究してきておりまして、今般、所得連動返還型奨学金制度あるいは給付型奨学金ということが創設されましたが、そのお手伝いをさせていただきました。そういう立場から、きょうは意見を述べさせていただくことを大変光栄に思っております。
 ここでは、教育権、特に憲法二十六条でありますけれども、それの基盤になっております教育費の公的負担のあり方、あわせて無償化の問題について、そもそもこれはどういうことを意味するのかということを少し考えてみたいと思っております。
 発表の順番といたしましては、まず教育費の負担論というのはどういうことを意味するのかということを簡単に意見を述べまして、その後に、そういった中で特に公的な負担の根拠、それについて幾つか根拠を挙げますが、私は、特に教育の社会経済的な効果を強調することが重要だというふうに考えておりまして、これが所得の増加でありますとか経済成長、あるいは格差の是正につながっているということをお話ししたいと思います。
 ただ、世論は、こういったことを示しましても、教育に対して税金を使うということ、公的負担に対して必ずしも肯定的ではないということがありまして、そのあたりのことも含めて、では今後どうしたらいいかということを考えていきたいと思っておりまして、そのような立場から、教育の無償化論、それについてさまざまなクリアすべき条件があると考えておりますけれども、その辺についてお話をしたいと思っております。
 初めに、誰が教育費を負担するのかという問題なんですけれども、これは大きく分けますと公的な負担と私的な負担に大別されるわけでありまして、私的な負担というのはまた民間の負担と家計負担というふうに二つに分けられます。ただ、どこの国でも民間の負担、これは企業やあるいは慈善団体の寄附などによるものですけれども、そういったものは大きくないので、それに対しまして家計の負担というものは、親負担、保護者負担、それから子負担、つまり学生本人の負担ということになります。したがいまして、負担は、公的な負担、親負担、子負担の三つに大きく分けることができるわけです。
 スライド四の図を参照していただきたいのですけれども、これも非常に大まかな図ですけれども、国によってこの考え方が非常に違います。
 公的な負担をとっているのはスウェーデンを初めとする北欧諸国、あるいはドイツ、フランスのような国でありまして、これは、教育は社会が支えるという、教育費負担の福祉国家主義的な考え方があるわけで、ほとんど無償原則がとられているというところであります。
 それに対しまして、日本とか韓国で非常に強いのはやはり家族主義でありまして、これはまた後でエビデンスを示しますが、親負担という考え方が非常に強く残っております。
 それに対しまして、アメリカとかオーストラリア、あるいは近年のイギリスがそうですけれども、こういった国では本人負担ということでありまして、もちろん学生本人が負担できるというのは限界がありますので、ローンで卒業後に返済するという考え方をとっております。そういう意味で個人主義的な考え方と言うことができると思います。
 さて、そうした中で、公的な負担の根拠なんですけれども、これはスライドの五ですが、やはり教育の機会均等という、それ自体、公正の理念でありまして、これは実現すべき理念であります。日本でも、憲法二十六条、教育基本法第四条に義務教育の無償規定がある。このあたりのことは、前回の速記録を拝見いたしましたけれども、この場でも議論されておりますので、細かいことは申し上げませんが、国際人権規約等で高等教育の漸進的な無償ということも言われているわけであります。
 これ自体がもちろん教育費の公的負担の根拠になっているわけですけれども、私はそれだけでは不十分ではないかというふうに考えております。それは後ほど示しますが、こういったことを示しましても世論は余り関心がありません。格差の是正だけでは公的な負担の説得力のある根拠にならないというふうに考えております。
 むしろ、教育の社会経済的な効果を示すこと、あるいは格差の是正にそういったことが非常に重要であるということ、あるいは人材の浪費を防ぐというような意味合いがあるということ、さらには、こういったいわゆる経済的な効果だけではなくて、外部効果と言われるような効果を持っているということ、さらに、最近言われておりますのは、少子化の是正でありますとか、準公共財としての教育とか、社会的共通資本というような言い方もされますが、これについては時間の関係で今回は省略いたします。
 初めに、世論が関心を持たないということ、あるいは公的な負担を支持しないということなんですけれども、スライドの六をごらんください。大学までの教育費を軽減するためなら税金を値上げしてもいいという意見は、支持が二割しかございません。それから、一番下ですけれども、大学までの学費、授業料は税金で無料とすべきだ、いわゆる無償化論ですが、これについても三分の一程度の賛成しかないわけです。これは一つの調査ですけれども、それ以外、新聞各紙の調査等でも、高等教育の無償化の賛成というのはたかだか半数程度の賛成しか得られておりません。
 七に行きますけれども、もう一つの調査の結果といたしまして、増税によってどのような施策を強化したらいいかということについても、年金の安定化については非常に支持が高いわけですが、公立中学、高校の整備でありますとか、借金なしの大学進学機会の確保というのではやはり三割程度の支持しか得られていないということで、こういった各種の調査を見る限り、やはり公的負担に関しては日本では三割程度の支持しか得られていないというのが現状だというふうに考えております。
 さらに、八のところですが、左の図をごらんください。これは進学率に非常に格差があるということで、緑のラインですが、大体二倍の格差が所得によって生じています。こうした格差の実態を示して、それに対して、税金を使っても返済義務のない奨学金や授業料減免を積極的に取り入れていくかどうかということを問うても、こういった左のグラフを示さない場合とほとんど変わらない。これは一種の社会実験ですけれども、ほとんど変わらないわけですね。ですから、格差がある、だから奨学金が必要だというふうに言われても、なかなかそれだけでは世論は動かないということであります。
 それでは、どのようにしたらいいかということなんですけれども、一つは、やはり経済的な考え方で、社会経済的な効果を示すことが重要であるというふうに考えております。
 スライドの九ですが、これは下の十を見ながらお聞きいただければ幸いですが、まず、教育によるスキルとか技術が向上することを人的資本の蓄積と申します。これによって生産性が向上し、これは個人には所得の増加、あるいは社会全体では経済成長がもたらされるということになるわけでありますが、さらに、教育による所得再分配によって経済的な格差が縮小し、これがさらに、次世代の教育の格差が縮小するという循環が起きるわけでありまして、こうして、世代を超えた格差の是正効果があるというのが一般的に言われているわけであります。
 ただ、ここで重要なことは、こういった教育の経済効果が認められるとしても、教育を受けられない者が存在するという教育の格差がありますと、結果として、教育の効果の所得分配に、受けた者と受けられない者という差が生じる。端的に言えば、非進学者の方にはそういった効果がないわけです。
 そのためには教育の格差を是正しなければいけない。これが教育を受ける機会均等が重要な理由だろうというふうに考えられるわけです。その教育の機会均等を実現するためには教育費の公的負担が必要になるというふうに考えることが必要だろうというふうに考えています。
 それ以外にも、スライドの十一になりますが、こういった経済効果以外にも、市場を経由しない、価格にあらわされない効果というものも存在します。こういった効果が存在する場合には、その費用を誰も負担しないので、公的な負担が必要になる。これも大きな公的負担の根拠なんですが、高等教育の場合にはこの効果は非常に小さいということが言われておりまして、逆に、義務教育になりますとこの効果が非常に大きいために、ほとんどの国では義務教育というのは無償であるというふうになっているわけであります。
 では、実際に教育の効果がどの程度あるかということを示した一つの試算がスライドの十二になります。これを見ますと、費用が大体二百五十万程度かかって、その便益として六百万程度で、差額として、一人当たり三百五十万程度の便益があるということが言われているわけです。
 これについてはいろいろな試算があるんですけれども、次にスライドの十三をごらんください。先ほどの調査の例ですけれども、ここでは、大卒になると将来払う税金が大体千五百万円くらい増加するということを示して、示さない人との差を見ると、大体七%程度ですけれども、大学教育にかかる費用は社会が負担すべきであるというような支持がふえるわけであります。こういったエビデンスを示すことで、世論も少し動かすことができるのではないかというふうに考えます。
 大体これが私の報告の前提なんですけれども、それでは、具体的に授業料無償について考えていきたいと思います。ここにはクリアすべき問題が非常に多くあるというふうに考えております。
 第一に、今言った、教育によって所得がふえたり、経済成長が促進されたり、格差が是正されるというのは本当なのかという問題です。
 それから、授業料の無償ということは、その分、家計の消費が拡大することで、経済にも好影響を与えるということが言われておりますが、これも十分実証されていることではありません。
 それから、もう一つ大きな問題としてよく言われるのは、現在の授業料無償とか公的補助というのは、先ほどお示ししましたように、大学生は高所得層出身者が多いために、非大学生、非進学者、これは低所得層が多いわけです、そういったところから、大学生、高所得層への所得の逆進的な分配になるということがしばしば主張されております。この点についても考慮する必要があります。
 それから、無償になりますと、もともと進学を希望している者についても補助することになりますので、格差の是正の効果ということは限定的になるということもしばしば問題にされております。
 それから、逆に、今度は低所得層の方ですけれども、低所得層が進学するためには授業料無償だけでは不十分で、生活費あるいは放棄所得といったようなものも補助する必要があるというふうに言われております。
 巻末の方に、スライドの三十四に示しておきましたが、放棄所得というのは大学の場合には大体一千万円近くになりますので、非常にコストがかかるわけでありまして、この分まで含めますと非常に大きな補助が必要だということになります。
 それからもう一つ、これは私自身答えを持っているわけではありませんけれども、無償になった場合に、税金で教育を受けるという意識、あるいは補助があるというような意識が持てるのかということについて疑問があります。
 というのは、国立大学については約一兆一千億円、私立大学でも三千億円以上の補助が入っているわけですけれども、現在、学生はそういうことはほとんど意識しておりません。私たちのところで卒業時に東大の学生に調査をしておるんですけれども、国立大学で税金で教育を受けたという意識がある学生というのは、これまで八回やっているんですけれども、全て半分です。しかも、理系とか文系とかは関係ありません。
 そうしますと、税金で教育を受けたという意識があるために社会貢献をしようということも、そういう意識も芽生えると考えられるんですけれども、いわゆるノーブレスオブリージュということが達成できないのではないかということが心配されるわけです。
 それ以外に、次の十五のスライドに行きますけれども、無償化の大きな問題点として、これは余り議論されていない点だと思いますけれども、教育の質の維持と向上という点についてかなり疑問があります。
 授業料の無償化ということは、当然ながら公的な補助に代替するわけでありますが、これは、現在の公的補助がふえない限り質は同じということになります。特に、高等教育の場合でいいますと、現在でも投資の額が低いために日本の高等教育の質は高くないということが問題にされているわけでありますので、現状を固定化するおそれがあります。もう授業料を取ることはできないということになりますので、そういった問題点が生じると思います。逆に申しますと、質を維持向上させるためには、無償化した以上に公的な補助を今後必要とするということであります。
 それから、これは私も委員として参加したんですけれども、教育再生実行会議の第八次提言が二〇一五年に出ているんですけれども、ここで約五兆円の教育投資ということが提言されております。これは、当時わかった金額だけでこの程度のことが要るということなんですけれども、全く実現しておりません。
 それから、文部科学省では教育振興計画を立てておりますけれども、これは全く数値の裏づけがない、いわば予算の裏づけがないわけであります。
 先ほど、冒頭申しましたけれども、給付型奨学金の創設にかかわってまいりましたが、結果としては、次年度ですけれども、総額二百十億円程度になります。所得連動型についてもこれから数百億円の規模の公的負担が予想されているわけでありますけれども、これに比べまして、高等教育の無償化というのは数兆円規模ですから、桁が一桁違うわけでありまして、そのあたりをどういうふうに考えていくのか。財源の問題、これはやはり、ここでも議論されておられますように、非常に大きな問題だというふうに考えております。
 それから、次の、無償化の範囲につきましては、これも議論されておりますので、ここでは省略いたします。
 それから、次の、憲法と教育基本法との関係ですが、これも省略いたしますが、一つ、十七の下から二つ目の行ですけれども、補助によって政府のコントロールが強化されるのではないかということが懸念されるということが意見として出されております。これは、現在、国立大学、私立大学ともに、類型化によって補助金を出すというやり方が非常に行われるようになってきましたので、こういったことがコントロールの強化につながるのではないかということが懸念されるわけであります。
 以上、私の方で申し上げてきたことをまとめますと、十八のところになりますが、ここで最後に、下から二つ目の丸ですけれども、きょう申し上げたかったのは、教育費については親負担主義というものが日本では非常に強く支持されておりますので、なかなか公的な負担というのは難しいということであります。
 最後のところですけれども、もし憲法改正で高等教育が無償化されても、現状では世論の支持が得られないおそれというのが非常に強いわけです。国民投票を行った場合に否決されるおそれもあります。そうしますと、実質的な無償化というのはむしろさらに遠のくという危険性さえあるというふうに考えられます。ですから、このあたりのことを十分考えていく、これから検討していく必要があると思います。
 これについては、私は憲法学者ではありませんので法律的なことはわかりませんけれども、プログラム規定だったらいいのではないかという説もあるというふうに聞いていますけれども、この辺を含めて議論する必要があるのではないかというふうに考えております。
 十九のスライドに行きますけれども、世論の支持を高めるために、先ほど申しましたように、教育の社会経済的な効果あるいは外部効果というもののエビデンスをこれから示していく、そういうことで少しずつ世論を変えることができるのではないかというふうに思っております。
 先ほどのスウェーデンは教育費は無償でありまして、これは私立大学も含めて無償なんですけれども、こういったことは実は一九六〇年ぐらいから起こってきたことであって、決して古いことではありません。もともとは教育の家族責任主義だったものを社会責任へと制度的に転換していったということがスウェーデンでは言われているわけでありまして、こういったことを考えていく必要があると思います。
 非常に大きな問題が山積しているということを申し上げて、こういった問題をクリアすることが教育の無償化を実現するためには必要だということを申し述べて、私の意見陳述とさせていただきます。
 どうもありがとうございました。(拍手)

発言情報

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発言者: 小林雅之

speaker_id: 26927

日付: 2017-06-01

院: 衆議院

会議名: 憲法審査会