島田佳和の発言 (東日本大震災復興特別委員会)
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○島田委員 ありがとうございます。
新地駅といいますと、ちょうど震災直後、二両編成の常磐線が津波で打ち上げられてくの字に曲がっていた、幸い人的被害はありませんでしたけれども、非常に象徴的な写真が新聞、テレビの報道でも多く流れましたし、震災を記録する写真集なんかでも本当に象徴的に取り上げられておりました。
新地駅を中心にずっと海までぽつぽつ集落はあったんですけれども、全部津波で流されまして、今、夜は、駅が開業するまでは真っ暗な状態になっておりました。そういう意味でも、今回駅が開業して、昔は、小さい町ながらも、朝夕、通勤通学のときは駅前に送迎の車が並ぶほどにぎわいを見せていたところはありましたけれども、震災以降、昼間は工事の車両等が行き交うんですが、夜は本当に電気一つつかない、しんとした、全くそれまでと違う風景が広がっておりました。
今、十二月に再開業して以来、かつての、朝夕の通勤通学の送迎の車も行き交うようになりましたし、駅の方も非常にきれいになりまして、田舎の方というと皆さん名字が多いですので、名字を呼び合うというよりは、地名で判別するんですけれども、うちの本家は駅の横にありましたので、停車場というふうに言われていたんですね。ですので、私のおやじは克雄という名前なんですけれども、島田克雄じゃなくて停車場の克雄というふうに言われていました。今、まさにその停車場という雰囲気は残念ながらなくなってしまいましたけれども、非常にきれいな駅をつくっていただきまして、仙台までも直通になりましたし、六年前に比べると、震災直後に比べると、本当に震災復興が進んでいるなと実感するところでございます。
今回、浜吉田—相馬間、各駅が開業しましたけれども、駅が地域に戻ってくる、そういった意味合いも含めて、何かトピック等があれば御紹介いただければというふうに思っております。