早川篤雄の発言 (東日本大震災復興特別委員会)

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○早川参考人 私は、御紹介いただきました早川篤雄と申します。楢葉町で住職をしています。また、楢葉町で立ち上げた精神障害者、知的障害者支援施設の理事もいたしております。そして、原発問題福島県民連絡会の代表、原発問題住民運動全国連絡センターの幹事も務めております。
 私は、三・一一の地震のとき、これほどの地震で原発が大丈夫なはずは絶対にない、これで全てが終わったと思いました。しかし、町の防災無線は、繰り返し繰り返し津波警報を伝えましたが、原発については一度も伝えませんでした。停電でテレビが入らず、携帯電話もパンクです。
 十二日朝、九時ちょっと過ぎごろ、防災無線が突然、全町民の避難を伝えました。普通なら四、五十分のところを三時間も四時間もかかって、ほとんどの町民がいわき市へ避難しました。この避難が避難民にとって結局、全ての終わりの始まりになりました。
 私たちは、チェルノブイリ原発事故以後、特に過酷事故対策の確立、緊急時対策の確立を、一九八七年から三・一一の前の年まで、その後もですが、訴え続けております。その一例として、お配り申し上げております署名用紙がございます。そのようなことを毎年毎年繰り返してまいりました。
 しかし、原子力安全委員会は九二年、白書で、我が国の原発では過酷事故は起こらないと文書決定をいたしました。住民、国民の訴えを無視してしまいました。
 そこで、私どもは、これは大変なことになるということで、「原発大事故 つぎは日本!?」というパンフレットをつくって、政府にも電事連にも国民にも訴えました。悲しいかな、このとおりになってしまいました。
 また、原子力長計の最後、原子力政策大綱の後、原子力立国計画というのを資源エネルギー庁がつくりました。この資源エネルギー庁の立国計画の中には、何と、国がお墨つきを与えたのに自治体が再稼働を容認しなければ交付金を打ち切るとまでちゃんと書いてあるんです。
 過酷事故は起こらないという前提ですから、緊急時対策、避難対策も確立されるはずがありません。この文書を、三・一一以後、あっさりと撤回しました。撤回して終わりです。これだけのことをやっておきながら、撤回して終わりなんです。納得できるでしょうか。我々だったら、こういうことは許されないと思います。緊急時対策は、三・一一以後、今もできておりません。
 ことしの三月三十一日現在、資料を差し上げておりますが、楢葉町の帰還者は七百六十世帯、千五百八人で、帰還率は二〇・九%、ゼロ歳から中学生までの帰還人数は百四十三人で、全体の六百九十人の二〇%です。
 町は、四月から帰還者の集計をやめました。そして、居住者の人数を集計するように変更しました。これは何を意味するか。帰還者をカウントしないんです。国はこの結果をどう理解されておるでしょうか、この差し上げております結果を。
 避難指示は、一律かつ強制的な避難を強いる措置ですと言い、避難の解除は、戻りたいと考えている住民の方々の帰還を可能にするものですと言っています。しかし、一律かつ強制的な避難を強いるまではあった安心して暮らせる暮らし、子供を生み育てることができる環境になった、住民一人一人が被害を乗り越えて豊かな人生を送ることができるようになったから解除すると言っているのではありません。
 これまで原子力政策を推進してきたことに伴う国の社会的責任を踏まえる、文字どおり踏まえるというのであれば、まずは、これまで進めてきた原子力政策そのものを根本から見直す、少なくともその歴史を振り返ってみる、これが大前提ではないでしょうか。避難者が少しでも希望の持てる施策をぜひ実現していただきたいとお願いいたします。
 これは、先ほども訴えがありましたが、いわゆる自主避難者と言われる人にとっても全く同じであります。避難命令された避難者と自主避難者、何の根拠があって区別されるのでしょうか。おかしいと思いませんか。避難者は、避難中、浦島太郎のような暮らしをしていたのではありません。何の罪とがもないのに、地獄に突き落とされて、責め苦を受け続けて、戻ってはみてもまるで別世界。高齢者にとっては、さながらうば捨て山です。
 政権のトップは、たまに被災地を訪れて、絵になる光景が放映されますが、裏通りも見るべきです。
 楢葉町の直接死は十五人、ところが、関連死は百三十二人です。自死者もおり、私の檀家にも自死者がいます。何より私が残念で悔しいのは、私どもの施設を利用していた九十四人の障害者のうち、これまで十人が亡くなりました。一人を除いて、九人は関連死です。そのうち二人が自殺しています。一人は、履物をきちんと海岸にそろえて海に飛び込んでおります。一人は、玄関に首をつって死んでおります。
 今は、楢葉町等は田植えの季節ですが、四百十ヘクタールのうち、三十二ヘクタールしか植えられておりません。七百三十人の農家のうち、二十一人しか耕作しておりません。なぜでしょうか。避難生活で体力も気力も失ってしまったのです。
 こうした被災者に対して、さらに打ちのめす言葉が時々かけられます。最近では、東北の方でよかった。これは本音ですね、本音です。心にもない言葉だったら出ません、人間は。心にあるから出るのですね。原発事故で死んだ人は一人もいないという発言がありましたね。それが初めでした。また、金目でしょうという言葉もありました。これほど被災者、被災地の心を傷つける言葉は、ほかにあるでしょうか。
 福島県は、全原発の廃炉を復興の大前提として、これまで県は正式に国に対し五回も廃炉を求めていますが、国は何とそれは企業の判断だということを繰り返し、東電にそれを言うと、国のエネルギー政策次第だと言っています。
 東電福島本社の石崎代表は、我々の仲間に問い詰められて本音を吐きました。新聞報道にもなりました。原発は必要悪だと言い放ちました。必要悪なんだそうです。
 福島特措法は、まず全基廃炉が前提でなければ、特措法そのものが私は絵に描いた餅であるというふうに思っております。
 広瀬直己社長は、一五年八月の県の全員協議会質問の席で、一体全体、人災だという認識はあるかと問われましたのに対して、私はこれまでこれが人災なのか天災なのかということを正直言って真剣に考えたことはないですと。議事録にちゃんと残っておるんです。天災か人災か考えたことはないというんです。
 お配りしております資料、三・一一の津波で原発がやられましたけれども、私どもは、二〇〇五年に、東電との何回かの交渉の末に、チリ級津波で原発は第一原発も第二原発もアウトであるということを東電が認めました。よって、差し上げてありますような申し入れ書を、二〇〇五年、中越沖地震の以後でも、この場合は東電本社にわざわざ出向いて申し入れをいたしました。チリ級津波に対してアウトだということを認識しておられるのですから、もしそれなりの対策をとっていたならば、今回の事故はあり得ませんでした。
 私は住職ですが、魂の入っていない仏像は単なるおもちゃです。福島復興再生特別措置法はどうでしょうか。私ども被災地、被災者が自然に手を合わせて拝むような、魂の入った特措法としていただきたいと思います。
 政府が原発を推進してくるのに、とんでもないことを言っておったことが、実は、三・一一後の赤旗の報道ではっきりいたしました。
 九一年の三月に科学技術庁の委託を受けて日本原子力文化振興財団がまとめた「原子力PA方策の考え方」という冊子がございます。時間がありませんので二、三しか紹介できませんが、原子力をPRする方法として、あっちこっちだけ紹介します。
 繰り返し繰り返し広報が必要である。新聞記事も読者は三日もすれば忘れる。繰り返し書くことによって刷り込み効果が出る。広報効果の期待できるタイミングを逃さず、時期に応じたタイムリーな広報をやろう。事故が発生したときこそ広報のチャンスである。事故の発生こそ原発PRに利用すべきだ。国民の大部分が原子力を危険だと思っているのが現状であるから、広報は、危険だを前提に置いて、徐々に安全性を説いていく方がよい。原子力に興味のない人を振り向かせるには、事故などのインパクトの大きい時期でなければ無理だ。こういうときには関心が高まっている。事故後、時間がたつにつれて、実はここが悪かった式の記事が出るなどは広報上最悪だ。
 事故原因を究明する報道は最悪だというんです。これを科学技術庁がつくらせているんです。罪悪じゃないでしょうか。この結果が福島なんです。
 まだまだいっぱいあります、原子力政策の初めからして。良心的に物を言う科学者を排除するリストをアメリカに送ることから始めます。
 時間であります。以上であります。(拍手)

発言情報

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発言者: 早川篤雄

speaker_id: 19440

日付: 2017-05-25

院: 衆議院

会議名: 東日本大震災復興特別委員会