阿部秀保の発言 (東日本大震災復興特別委員会)
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○阿部参考人 東日本大震災直後、私は職員にこういうお話をしました、まず被災者の立場になって対応しようと。簡単ですよね、自分が何をしていただきたいかということで対応するということなんですけれども。
そういった中では、東松島市は、先ほど言いましたように、二〇〇三年、平成十五年に熊本地震と同じように直下型の北部連続地震に対応しておりますので、モデルになれるのはうちしかないと。法律的には、災害救助法、激甚災害法、そして被災者生活再建支援法、この法律三つを運用したことがあるのは多分被災地で私たちが不幸にして二度目だということだとしますと、当然モデル的になるわけです。先ほど御紹介しました応急仮設の建設にしても、それから瓦れきにしても当然のことだというふうに思っています。そういった意味では、マスコミを含めて、よくやっているというような評価もいただきました。それは、職員が頑張って、私としてはうれしいことだというふうに思っています。
そういった中で、影の部分なんですけれども、私がここで申し上げたいのは、六年経過して、先ほど慰霊祭の話をさせていただきました、慰霊祭のお一人お一人を、ずっと私は申しわけないなと思いながら、後ろ姿だったり、すれ違っておじぎしたりする際に見ると、やはりどうしてもお子さんを亡くされた御家族、御遺族はまだまだ時間が必要なんだと。
よく言葉で、時間が解決するという言葉もあります、事案によっては。ただ、御遺族あるいは被災に遭われた皆さんにおかれましては、それぞれの災害時の自分の心の傷と申しますか、そういった中では時間が必要だ。ですから、復興期間もありますけれども、それで解決するものではないというふうに思っています。
ですから、私は、最初に申し上げました鎮魂、東松島市は千百三十四人亡くなった。ここがまず最初だと、鎮魂が。ここを、電車でいえば、置いていって発車することはない。そして、感謝で。国内外からたくさんいただきましたので、感謝を力に復興する、そういったところでございます。
以上でございます。