木下智彦の発言 (東日本大震災復興特別委員会)

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○木下委員 日本維新の会、木下智彦でございます。
 本日は、お時間をいただきまして、本当にありがとうございます。
 私は、大阪の豊中市というところを選挙区にしております。なぜ復興委員会なのかということなんですけれども、今から二十数年前、阪神大震災を私は経験いたしまして、私の家もちょっと被災しました。大阪の中でも、私どもの地域は一番被害の大きかったところでございます。
 皆さん御存じかと思いますけれども、先ごろ話題になりました森友学園の土地のすぐ近所に今は住んでいるんですけれども、実はあの森友学園の土地の周辺は、大阪の中でも、しかも豊中市の中でも、一番その被害の大きかったところでございまして、あの周辺の小学校地域があるんですけれども、そこの三割は全壊もしくは半壊指定がされたというところでございます。
 たまたま、その当時、私の親戚、いとこが阪神大震災の一番被害の大きかった兵庫県の長田という地域に住んでおりまして、震災が起こってすぐに、朝から歩いて、三十キロから四十キロぐらいのところなんですけれども、日中全部を使って歩いて、水を届けに行ったんですね。
 そのときに、もう本当に大混乱をしていて、道すがら歩いていくと、歩道に、助け出されたといいながらもお亡くなりになられた方が毛布にくるまれて何体も並んでいて、そして、建物に、崩れた中で、まだ助け出されない人たちが、表札のところに名前が書いてあるんです、ここにおじいちゃん、おばあちゃんがまだいます、手のあいた人が助けてほしいんです、どうか楽にしてあげてくださいとたくさん書いてありました。
 それをずっと心の中に思って、今回、国会議員としてこの復興委員会に入れたということ、非常によかったと思っており、その経験を生かして何か貢献ができないかなということで、この委員会に所属をさせていただいております。
 きょうお話をさせていただきたいことなんですけれども、そういった私の経験も踏まえてなんですけれども、我々日本維新の会、国会議員の給与を一部、一月に各議員が十八万円ずつ出し合いまして、これを、東北の被災された方々、熊本も含めてなんですけれども、毎月届けに行っております。ちょっとでも何かお役に立てればと、これは本当に手前みそで、自分の宣伝になってしまうので、はばからなければいけないのかもしれませんけれども、そういう活動をしております。
 これも、思い起こせば、震災が起こった後、国会議員は歳費の二割をカットして、この震災復興に使っていくという形でやっていました。しかし、これは発災してから一年後、それから二年たったところでやめてしまったんですね。
 一方、日本の全国民、復興の特別税という形で、いまだに住民税それから所得税という形で、皆さんのところに使ってもらうような形で負担をしております。所得税なんかは二十五年間、それから住民税も十年間という形で、今のところでいうと、年間で大体三千億円ぐらいになって、それを復興に使っていただきたいということをやっている。
 私は考えていて思うんですけれども、国会議員はこれでいいのかどうか。いいながら、ここにいらっしゃる方々、個人でもやられている方はいらっしゃいます。ただ、ここにいらっしゃる方々、実際に、先ほども橋本委員なんかも御地元だと。地元から地元に寄附するのは、これは政治家が制限されているということでなかなかできないので、やりたいと思ってもやれない方々もいる。
 ただ、これは、制度として続けていくというのは、やり方だと思うんですね。ましてや、これも言うのも本当に恥ずかしい話ですが、前大臣のああいう発言があったり。
 こういう中で、きょう、お二人、一般の方々に一番近い思いを持っていらっしゃると思います松本参考人それから早川参考人にちょっと御意見を聞きたいんですけれども、こんな状態で国会議員を信用できるかどうか、これから先、何をこの国会議員に一番に期待しているか、何をやってもらいたいと思っていらっしゃるか、これをあえて私は聞きたい、私も含めて聞かせていただきたいと思うんです。お二人に、国会議員に対する期待それから御意見をお伺いしたいと思います。

発言情報

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発言者: 木下智彦

speaker_id: 6007

日付: 2017-05-25

院: 衆議院

会議名: 東日本大震災復興特別委員会