山下一仁の発言 (農林水産委員会)

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○山下参考人 石黒忠篤という人は、実は、柳田国男という人が一九〇〇年に農商務省に入りました。農商務省に二年ぐらいして法制局に行ったんですけれども、その後、柳田国男と一緒に、新渡戸稲造とかそういう人たちと郷土会というサロンをつくって一緒に活動していた人です。柳田国男、石黒忠篤、それから戦後農地改革をやった和田博雄、それから小倉武一、東畑精一、その間に河上肇という人も実は農政学というのを書いています。そのみんなに共通して言ったことは、農産物の価格を上げて農業を保護するというのは、これは絶対やってはいけない政策だと。
 つまり、貧しい消費者がいたわけです。農家も貧しかったわけです。今の四百五十万、それが低いなんという水準じゃなかったわけです、当時の農村は。その物すごく貧しい農村、農家がいるのに対して、貧しい都会の工場労働者もいたわけです。そうした人に、いかに農産物を供給していくか。やはり安く安定的に供給するしかないわけですね。
 だから、河上さんが言っているのは、要するに、価格を上げて農家の所得を保障するというのは、最もやってはいけない政策だと言ったわけですね。ただ、残念ながら、その後、一九六〇年代以降は価格を上げて農家の所得を保障しようとしたわけですね。
 ただし、酪農政策については、ある程度よかったのは、不足払いというのをやったわけです。不足払いをやることによって、消費者には、乳製品についてはそれほど高くない価格で供給した。これによって牛乳・乳製品の市場が拡大したわけですね。
 実は、私のうろ覚えですけれども、不足払い法をつくったときぐらいは、酪農家戸数は四十万戸以上あったと思います。今は二万戸です。二十分の一に下がったんです。ところが、その当時は、酪農の生乳生産量はたしか二百万トンしかなかったわけです。今は八百五十万トンから下がって七百五十万になっていますけれども、ふえたわけですね。
 だから、そういう意味で、この不足払い制度というのはそれなりに、日本の酪農、乳業の発展に大きく貢献した。それはなぜかというと、米政策のように消費者に負担を負わせるような政策を極力排除しようとしたわけですね。
 それで、では将来どうなるかというと、酪農人口が減少しますから、どうしても縮小せざるを得ない。国内の需要は縮小せざるを得ないわけですね。そうすると、やはり輸出をせざるを得ない。その輸出をするためには、価格競争力を上げていかないとだめだということになります。
 それから、先ほど需給調整とかいうこともありましたけれども、確かに都府県の余乳処理は重要なんです。重要なんですけれども、昔は、私が子供のころは、私のうちの周りに余乳処理工場がいっぱいあったわけです。今はほとんど余乳処理工場なんかはないわけです。そういう意味で、余乳処理というその需給調整の機能が、重要性は低下したんですけれども、実は余乳処理なんかをやるよりは、無駄な、年間数日しか稼働しないような乳製品工場を持つよりは、実は、生乳生産の、例えば、一千万トン生乳生産します、八百万トンは国内ではけます、二百万トンは輸出しようと。そうすると、需給の調整がその輸出の増減で調整できちゃうわけですね。余乳処理工場なんか持つ必要はないという理屈になります。将来的にはそういうあり方を酪農・乳業界としては検討していく必要があるんだと思います。
 そうじゃなくて、何か困ったら、所得の向上のためには国から幾らでも金を出させる、それは、酪農団体の人の仕事はそうかもしれませんけれども、本来の、将来の酪農、乳業を見据えた政策ではないというふうに私は思います。

発言情報

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発言者: 山下一仁

speaker_id: 31525

日付: 2017-05-23

院: 衆議院

会議名: 農林水産委員会