山下一仁の発言 (農林水産委員会)
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○山下参考人 おはようございます。
きょうもまた呼んでいただきまして、ありがとうございました。
前の二人の御参考人の方とは全く逆の立場から、政府案に対して意見を申し上げたいと思います。
左からの反論と右からの反論、これを合わせて、道は中庸にありということは昔から言われますが、右からの反論、左からの反論、両方あるときは、足して二で割ると、やはり政府案がよかったんじゃないかなというふうなことになりかねないんですけれども、私は私の考え方を述べさせていただきたいと思います。
前からお聞きすると、やはり、農業は弱いものだ、保護しないとだめなんだという考え方が農業村と言われる人たちの間にはあるのではないかなというふうに思います。
そういう観点から、私のスライドなんですが、最初に、石橋湛山という有名な政治家の方が戦前に書かれた文章を引用させていただきました。
日本の農業はとても産業として自立できない、ゆえに保護関税を要する。低利金利の供給を要する。今回であれば、収入保険を要するということだろうと思います。政府も、議会も、学者も、口を開けば皆農業の悲観すべきを説き、事を行えば皆農業が産業としてそろばんに合わざるものなるを出発点とする。かくして我が農業者は、世界のあらゆる識者と機関から、おまえらはひとり歩きはできぬぞと奮発心を打ち砕かれ、農業はばかばかしい仕事ぞと、希望の光を消し去られた。今日の我が農業の沈滞し切った根本の原因はここにある。
これは、石橋湛山が八十年前に書いた文章でございます。残念ながら、八十年たっても、今の農業はそれほど変わっていないのかなというのが私の印象でございます。
次のスライドを見ていただきたいと思います。
これは前もお示ししたところでございますが、農家は貧しい、だから保護しなければならない、ところが、そういう農家の貧しさというのは、一九六五年以降、もう消滅したということでございます。
この折れ線グラフが、農家所得を勤労者世帯の収入で割ったものでございます。この右目盛りなんですけれども、一〇〇%を超えるということは、農家所得が勤労者世帯を上回って推移しているということでございます。
ただし、その内訳が問題でございます。農家所得のうち、ほとんどが農外収入、農業所得はわずかにしかならないということなんですね。したがって、農業所得を幾ら保険とかそういったもので安定したとしても、農家の所得は安定しないということでございます。
よく、中国の国務院の人なんかが私のところに来ます。日本ではどうして中国のような三農問題がないんだ、中国では都市部の一人当たり所得と農村部の一人当たり所得が三倍以上に拡大してしまった、ところが、何で日本はそんなことがないんだと言うわけです。
それは、日本の一九六〇年代の政策が極めてうまく機能したことだというふうに思います。
新産業都市というのをつくって、農村に工業を導入したわけですね。したがって、歩いてというか、農村から工場に勤務することができるようになった。
さらに、米価を上げたので、米の経営が赤字でも、コストを償わなくても、町で買うよりも自分でつくった方がまだ安上がりだということになれば、農家は米づくりを継続するわけです。したがって、本来退出すべき農家の人たちが大量に米農業に滞留してしまったということでございます。
五ページ目なんですけれども、一九六一年に農業基本法をつくった小倉武一という我が農林水産省では有名な元事務次官がいます。彼は、実は第二次農地改革の担当課長だったわけです。
その目からすると、戦前の日本の農業とか農政というのは、農村の困窮とか、さもなければ食糧不足に苦悩してきたんだ。だけれども、今はもう農村も豊かになった。だけれども、日本の農村は豊かさの代償として農業の強さを失ったんだ。輸入反対を唱えるだけじゃなくて、自由化に耐え得る強い農業を目指すべきだ。これが小倉武一の、ガット・ウルグアイ・ラウンド交渉終了時の言葉でございます。
さらに、所得の話を申し上げますと、六ページにありますように、養豚農家の所得は一千五百万円です。一千五百万円の人の所得を補償するということが、これが我が農政の目的なんだろうかということでございます。
七ページを開いていただくと、各農家の所得の内訳です。主業農家というのは、販売農家のうちにわずか二二%しかございません。この主業農家の、確かに農業所得は五百五十八万円あります。ところが、それ以外の農家、准主業農家、それから副業農家の農業所得は五十万円程度しかないわけですね。その五十万円の所得を安定する、これが農家所得の安定につながるんだろうかということでございます。
次はちょっとスキップさせていただいて、十ページに移らせていただきたいと思います。
別に私は安藤さんと打ち合わせをしてここに臨んでいるわけじゃないんですけれども、たまたま意見が一致したというか、多分、今回の収入保険導入の背景というのはこういうことだったんじゃないかなというふうに私は推理させていただいております。
二〇一八年に米の生産調整についての見直しを行う、生産目標数量を廃止するということが決められています。安倍総理は、四十年間誰もやらなかったことを自分はやったんだというふうに大見えを切られたんですけれども、実は全く同じことを二〇〇七年に彼はやったんです。ところが、米価が、全農が仮渡金を一俵当たり七千円にどかんと下げたということで、大変な混乱が起こったわけですね。したがって、直ちに、安倍政権は、第一次安倍内閣はこの生産調整の見直しを撤回したわけですね。
多分、この対策として、今回の収入保険制度の導入があるんじゃないかなというふうに私は思います。まず、価格が下がらなければいい、したがって、餌米への減反補助金を大幅に増額したわけです。つまり、米価が低落しないようにというセーフティーネットをまず打つわけです。それでもまだ米価が下がるかもしれない。そうすると、そうなっても農家所得が維持できるようなセーフティーネットを収入保険で導入するわけです。
つまり、減反政策は、減反の補助金、餌米の補助金の大幅増額と収入保険制度によって、二重のセーフティーネットを持つことになります。したがって、これは農家所得のセーフティーネットというよりは、むしろ減反政策のセーフティーネットじゃないかなというふうな考えを私は持っております。
それから、アメリカの話があります。しかし、アメリカの農政というのは、いろいろな、その時々の価格の状況で物すごく振幅が激しいんです。
日本の農政は、昔、我々が若いころ、猫の目行政というふうに言われました。日本の猫の目行政は、大まかなところは余り変えずに、小さなことをちょこちょこちょこちょこ変えるんです。これが日本の猫の目行政です。アメリカの農政は、大きなところをどかんどかんと変えます。だから、日本の農政が猫の目行政なら、アメリカの農政は虎の目行政みたいなものでございます。そういうふうに大きく変動したわけですね。
したがって、アメリカをまねても、アメリカが収入保険制度を未来永劫続けるかどうかというのはわからないわけですね。アメリカは減反を廃止しています。関税もほとんど撤廃しています。もしまねをするなら、そういういいところをまねしてもらいたいなというのが私の意見でございます。
それから、WTO整合性でございます。
この法案を見せていただきましたけれども、WTO農業協定の附属書二の第七項、これは緑の政策の要件を定めているところなんですけれども、明らかに第七項に不整合だということでございます。
ここに挙げてあるところだけじゃなくて、もう一つ、先ほども言われましたように、ナラシを除外するとか畜産は除外するとか、そういうことがありますので、生産のタイプ、形態に関連してはならないというところにも違反しております。
先ほど安藤さんの方からお褒めをいただいたんですけれども、中山間地の直接支払いを課長として制度設計して導入したのは私だったわけなんですけれども、実はあのときに私は何を考慮して制度設計をしたかというと、農業協定の附属書二の第十三項だったわけでございます。つまり、新しい、新基本法に沿った政策を導入する、そのためには、WTOに整合する政策じゃないと国民の理解は得られないだろうというふうに思って、あの政策を導入したわけでございます。ところが、今回は、そういう配慮が恐らくなかったんだろうというふうに思います。
今、WTOの農業協定の状況なんですけれども、いわゆる平和条項というのが失効しておりまして、AMSの範囲内だったら黄色の政策でも幾ら打ってもいいんですけれども、実は平和条項というのが失効しておりますから、AMSの範囲内であっても黄色の政策はどこかの国に提訴される可能性があるということでございます。
十三ページに参ります。
これまた前回申し上げましたように、石黒忠篤という方がいらっしゃいまして、日本の農家の問題として、自主的な精神に欠けているということを彼は指摘するわけでございます。そういう観点からしますと、果たして今回セーフティーネットが農業に必要なんだろうかという思いがするわけでございます。准主業とか副業農家の五十万円程度の農業所得に果たしてセーフティーネットが必要なんだろうか。
私は余りこのセーフティーネットというのを必要性を感じませんけれども、もしセーフティーネットが必要だというのであれば、主業農家に限るとか一定規模以上の農家に限るとか、対象者の限定を、本当に農家らしい、農家を保護するなら保護すべき農家の姿を明らかにして、そういう対象者に農政を集中すべきだというふうに私は思います。
それから、十五、十六ページなんですけれども、柳田国男の議論はちょっと省かせていただきますが、いわゆる兼業農家がふえるというのは、まさしく彼は国の病だというふうに批判しております。
そういう観点からしますと、この制度が第二の食管みたいになって、零細な農家の農業所得を補償してしまう、第二の高米価政策になってしまう。そうすると、主業農家への農地の集中が妨害されてしまう、そういう構造改革を阻害することになりはしないかというのが私の懸念でございます。
次に、先ほどセーフティーネット、セーフティーネットと言いますけれども、収入保険というのは、ある一定の所得、収入を補償するわけですから、市場に介入するわけですね。価格という市場の需給調整機能をある意味排除する役割を果たすわけでございます。そういう意味で、収入保険には強い市場歪曲性があるわけですね。したがって、農業協定は、先ほど九〇%に足りないという話がありましたけれども、七〇%ぐらいにとどめるとか、そういうふうな工夫をしているわけです。
そういう観点からすると、このセーフティーネットがあるために、リスクの高い行為を、ハイリスク・ハイリターン的な経営を農家が選択することになりはしないかなというふうになります。そうすると、需給が変動して、さらなる政府介入が必要になる。そうすると、財政負担もふえるし、消費者負担もふえるということになりはしないかなというふうに思います。
最後に、ちょっとスキップして、まず十九ページに移らせていただきたいと思いますけれども、私は、農政の目的というのは、農家の所得の向上じゃないんだと思います。それは、戦前の柳田国男とか石黒忠篤とかそういう時代なら、農家の所得、貧農救済というのは農政の目的に掲げてもよかったというふうに思います。ところが、今の状況になると、やはり農政の目的というのは、多面的機能とか食料安全保障とか、そういうふうなところに農政の目的を掲げるべきだというふうに思います。
そうすると、では、先ほど鈴木参考人の方からありましたように、畜産の保険制度的なものの方が明らかにこの収入保険よりも有利なわけですね。だから畜産を除いたわけですね。マルキンとかを除いたわけですね。
したがって、食料安全保障にも貢献しない、多面的機能にも貢献しない、むしろ外部不経済を増加させている、そうした畜産に対して、ほかの農業を上回るような補償をすることが本当に意味があるのかなということは、いま一度、我々は考える必要があるんじゃないかなと思います。
そうじゃなくて、本当にあるべき施策というのは、EUがやっているように、農地資源を維持しようとすれば、対象者を絞って、EU型の単一直接支払いを実施すべきじゃないかなというふうに思います。
ちょっと省略させていただきまして、最後に一つだけ、柳田国男の言葉を引用させていただきたいと思います。「世に小慈善家なる者ありて、しばしば叫びて曰く、小民救済せざるべからずと。予を以て見れば是れ甚だしく彼等を侮蔑するの語なり。予は乃ち答えて曰わんとす。何ぞ彼等をして自ら済わしめざると。自力、進歩協同相助是、実に産業組合の大主眼なり」ということでございます。
自力、進歩、協同、相助、これが本来、今の農協のもとになった産業組合がやろうとしたことだったわけです。このために、柳田国男は産業組合の普及に大変力を注いだわけです。残念ながら、当時から、産業組合というのが柳田国男の考えたものではなかったということでございます。
どうも御清聴ありがとうございました。(拍手)