角田正紀の発言 (法務委員会)
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○角田参考人 おはようございます。日本大学法科大学院で教員をしております角田と申します。
私がきょう、こういう意見を申し述べる機会を与えていただいたのは、ふだんから関心のある事項だということもあって、まずは感謝申し上げます。
きょうの意見の前提ですけれども、私は、かつて司法研修所で教官職を四年務めたことがありまして、司法修習あるいは修習生の実情について接していたということが一つございますし、現在は法科大学院で若い人たちの教育に携わっておりますので、学生たちあるいは司法試験、こういったものの実情について、日々その中に身を置いて仕事をしている、こういうことで、それを踏まえて意見を述べさせていただきたい、こういうふうに思います。
早速ですけれども、今回の改正案、これは裁判所法の一部を改正する法律案の方ですけれども、こちらの内容を見ますと、要するに肝は、司法修習生に対して月額で十三万五千円の給付金を支給する、こういう制度を新設する、そして、一定の要件のもとだと思いますが、住居費用あるいは引っ越し、移転の費用、これについても手当てをします、そして、現行の貸与制も貸与額を見直した上で存続させます、二本立てでいきます、こういう内容になっております。
これに対する私の意見は、これはもう強く賛成ということであります。
その理由等について、少し背景も含めて広げてお話し申し上げたいと思いますけれども、出発点は、法曹養成制度がかなり危機的な状況にあるのではないか、こういう認識を持っておりまして、これについて認識を深めていただければありがたいな、こういうふうに思います。
客観的な数字ですので、あらかじめお配りしてあります資料に数字をピックアップしてありますけれども、本年の、これは五月に実施されますけれども、司法試験の出願者数、これは法務省発表の、もちろん本年の分は速報値ですけれども、六千七百十六人ということであります。六千七百十六人という数字は、これはかなり衝撃的な数字であります。
経年的にちょっとこれを見ていきますと、平成十八年度、約十年前ですね、法科大学院の修了生が、第一期ですが、初めて新司法試験を受験した年であります。この年が、二千百三十七人が新司法試験、しばらく旧試験を併存しましたので、これが三万五千七百八十二人の受験者で、合わせますと約三万八千人の出願者がおりました。ここからちょっと三年ほどさかのぼって平成十五年を見てみますと、出願者は五万人を超えているという数字であります。
私は、昭和五十一年の司法試験に運よく合格した三十一期ということなんですけれども、当時、大体四万人から五万人の受験者で、前後、みんなそうだったと思います。つまり、四万人から五万人の若い人を中心として、法律家を目指して勉強して、試験を突破して法律家に育っていく、こういう循環があったと思います。
これが、新司法試験になってからの数字、ちょっと簡単に紹介しますけれども、平成二十二年から二十四年、これは一万一千人台で推移していました。受験資格をロースクールの修了ということにかけたために、受験者がある程度減るのは、これはもう当然のことで、一万一千人台で推移していればそんなに問題がないと個人的には思いますけれども、これが平成二十五年には一万人ぎりぎりになり、平成二十六年には一万人を切って九千人台になり、二十七年、おととしですが、九千人も割り込む寸前の九千七十二人という数字になり、二十八年、これは去年ですけれども、七千六百四十四人と激減して、そしてことしの六千人台。ですから、本年の数字、これは下げどまったということであればまだしも、この推移を見ると、決して下げどまったのじゃないんじゃないかという懸念を一線の法科大学院の教員は持っております。
法曹離れの原因については、いろいろ理由はあると思いますけれども、主たる原因は明らかに、一つは学生の経済的負担が重過ぎること、それから、当初、制度設計で言われていた法科大学院の合格率とちょっと違う、合格率が非常に低迷しているということ、この二点が非常に大きな理由であることはもう間違いないというふうに思われます。
合格率の低迷の問題も非常に大きい問題なんですけれども、ただ、そこまで踏み込む時間はありませんので、きょうの法案との関連で、一の問題に関して絞って申し上げます。
第一線で法科大学院の学生と接していて、やはり意欲もあるし、ある程度勉強すれば法律家になっていくだけの能力があるのではないかと思われる学生が経済的な理由で途中で退学をしていくという例が、これは毎年あります。恐らく日大だけではなくて、どの法科大学院でもあるはずだろうと思います。
これは、授業料だけでどうしても百万という数字ですので、御承知のとおり、既修であれば二年、未修であれば三年、未修生であれば授業料だけで三百万の出費で、生活費だとか教科書の費用だとかそういったものを考えていくと、数百万の借金をとにかく法科大学院の修了の時点でみんな負う。貸与制というのは、ひとつ国家財政のことを考えたら合理性が全くないわけではないと私も思いますけれども、しかし、仮に現行のように二十万を毎月借りて返していくということだと、単純計算で二百五十万の借金が司法修習生の時代にふえる、こういうことです。恐らく私よりは郷原参考人の方が詳しいのでそういう話に触れられると思いますけれども、ですから、みんな、弁護士さんの多くが、まあ例外はあっても、数百万の借金を負ってスタートする。
極端な事例になると、若い法律家同士の、判事補さんと弁護士さんの御夫婦で、二人分合わせると一千万近い借金を抱えてスタートする。やはりこれはちょっと変だと思います。我々の世代が若い世代に責任を余り果たしていないんじゃないかという感想をどうしても持たざるを得ないというふうに思います。
これについて、法科大学院の方もいろいろ努力はしているわけですけれども、しかし、今回の改正が、この過重な経済的な負担の問題について解決策として大きな有効性を持っていくのは、これはもう間違いないと思います。客観的なことだけでなくて、多分、これから法曹を目指そうという若い人に、意欲というか気持ちの面でも非常に応援になるというような効果も恐らくあるのだろうというふうに思います。
ただ、ここまで問題状況が、さっき申し上げたぐらい深刻なものになっているとすると、この手当てだけで十分かというと、それは、なかなかそういう言い方は難しいのではないかという気もしておりますので、後でちょっと触れますけれども、やはり何が必要かということをさらに検討して、必要な手当てがあれば、それを手を打っていくということが求められているのではないかということを申し添えたいというふうに思います。
そして、これに関連して、ちょっと違う切り口の話ですけれども、ただ、一方で、国民の税金で法律家を育てる、こういうことになりますので、国民の方の納得を得る努力がやはり必要なのではないかという感じもいたします。要するに、長い目で見ると、税金を投入することに合理性を国民の多くが感じてもらえるということで循環していく、そういう話だろうということですけれども。
抽象的な話だけしていてもあれですので、具体的な話をちょっと、一つだけエピソードを申し上げます。
裁判官時代の終盤、順番というようなこともあるのかもしれませんけれども、新潟地方裁判所の所長職を、平成二十三年、要するに東日本大震災のあった年ですけれども、務めておりました。そのときに経験したことは、東日本大震災あるいは原発事故があって、新潟の地理的なものから、福島県等からの避難者が物すごく多くて、新潟は、中越地震ですとか新潟地震ですとか、非常に大きい地震に見舞われることの多い地域で、受け入れに積極的で、迅速にやられていました。
しかし、短期間に一万人単位の避難者を受け入れたのはいいんだけれども、みんないろいろな問題を抱えていて、それぞれの分野で努力をしてもらうわけですけれども、法律的な問題についての需要もかなり高かったんですね。例えば、避難してきた土地だとか家の権利関係をめぐる問題ですとか、あるいは補償だとか賠償の問題がどうなるかとか、当面の法的な問題。感銘を受けたのが、新潟県弁護士会が本当に迅速に、全弁護士会を挙げて対応していただいたのを見て、やはり敬意を感じたところであります。
ただ、それが、ほとんど反射的に弁護士会、弁護士さんたちがそういう動き、活動できる背景というか基礎には、やはり税金で自分たちが育ててもらっている、そういうことがやはり基礎にあって、特に余り難しいことを考えなくてもそういう動きに出るということがやはりあるんじゃないかと私なんかは思うんですね。これを、自己責任で、自分の費用で全部勉強して、自分の力で法律家になりなさいということだけを徹底していくシステムで、そういう敬意を感じるような公的な活動、それがどこまで維持できるのか、やはりそれは疑問があると思います。
別にその例だけでなくて、一般的な、かつての国選弁護なんか、私は刑事裁判官の出身ですけれども、ほとんどもう手弁当で国選弁護の難件を引き受けてくれる弁護士さんが全然途切れないわけですね。それもやはり税金で育てられたということの基礎があればこそというふうに思って、要するに、循環じゃないか。だから、長い目で見ていく必要があるだろうということを申し上げたいと思います。
それともう一つ。課題等の関係で、さっきもちょっと触れましたけれども、単発の制度、手当てだけでなくて、法律家を目指す若い人たちの立場で、長いスパンで、法学部時代から含めて、奨学金なんかの問題も含めて、どういう支援が求められているのかという需要を正確に把握して、それに対応していく手当てが必要であろうというふうに思います。
なお、誤解がないようにということで付言しますけれども、国民の納得を得る努力というのは、何か特に立法府にこういうことをお願いしたいということじゃなくて、制度とか法律でもってこうしてくれという話ではなくて、恐らく司法研修所での教育とか、あるいは、多くの人は弁護士になっていく割合が非常に高いわけなので、弁護士会での若手の弁護士さんに対する研修を含めた働きかけだとか、そういったところに大きな役割があるのではないか、そういうことであります。
時間の制約がありますので、この程度にいたします。
ただ、最後に一点だけ、裁判所の定員法の関係について一言だけ触れますと、これは、恐らく予算措置をとられて、その連動している予算関連の法案だと思いますけれども、この中身を見ますと、民事訴訟事件の充実強化とか、あるいは家庭裁判所の事件数がまた右肩上がりでふえていますので、これに対する対応などを考えると、判事、書記官の定員をふやして、しかし一方、合理化の努力で全体の定員は減らされ、余りふやさない。合理性があるものだという感想を持っております。
以上であります。(拍手)