井田良の発言 (法務委員会)

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○井田参考人 中央大学教授の井田でございます。
 このたびは意見表明の機会を与えていただき、まことにありがとうございます。法案に賛成する立場から、刑法学研究者としての意見を述べさせていただきます。
 今ここで問われておりますのは、日本政府が既に署名し、平成十五年には締結につき国会も承認を与えているTOC条約を批准、締結するための国内法整備のあり方であり、とりわけテロ等準備罪と呼ばれる、犯罪の計画、実行準備段階の行為の処罰が必須であるかどうかということであります。
 この問題を考えるときに重要なことは、なぜ国連においてこの条約が提案、決議され、加盟国に締結、実施すべきことを要請するという事態に至ったのかを理解することであろうかと思います。そして、その理由は、組織犯罪という犯罪現象が国際社会にとり極めて危険なものとなり、国際的な協力による対応を必要とするに至ったからにほかなりません。
 組織犯罪が危険なものになったことの背景には、人類の歴史上、この数十年における時代環境の変化があります。すなわち、まず、高速で容易な場所的移動が可能となりました。そして、相互的な連絡の手段、通信の手段が飛躍的に発達しました。さらに決定的なことは、人は簡単な操作で次の瞬間に壊滅的な被害を与えることのできる攻撃手段を比較的容易に手にすることができるようになりました。
 我々の社会は、国家的な監視の目を至るところで光らせるというのではなく、個人個人の自由を基本的には保障する社会でありますから、状況の変化を最大限に利用する組織犯罪集団からの攻撃に対し極めて脆弱な面を持っています。
 社会現象と犯罪現象の変化に対応して、刑法という法律も変わらざるを得ません。典型的なのは、全世界で共通に起こっている処罰の早期化、前倒しという現象であります。
 確かに、刑法は、伝統的には、行われたことに対する事後的な反動として刑罰を科す法律です。以前から、予備罪とか陰謀罪とかの、処罰を前倒しした、そういう規定はありましたけれども、それは例外的な存在でした。しかし、組織犯罪との関係では、処罰の早期化の方に重点が移ることを避けられません。刑法は、何かが起こってからの処罰、応報的な処罰から、早期における介入による被害の未然防止、すなわち警察等による予防的介入のための根拠を与えるものとしての刑法へという機能転換を伴わざるを得ないのです。
 さすがにヨーロッパなどにおいても、テロリスト等の組織的犯罪集団については基本的人権の享有主体であること自体を否定するというような一部の議論に対しては反対が一般的ですが、処罰の早期化なくしては、現代社会において、強く組織化され、高度な技術的手段を用いて大規模な被害を与えようとする組織的犯罪集団に対抗することは不可能だという問題意識は完全に共有されています。そうでなければ、TOC条約が提案され、その締結と実施を各国に要請するという事態にはなっていなかったと思われます。
 現在の組織犯罪集団は、国境を越えた活動を行うところに一つの特色があります。国際的に共同した取り組みが必要となります。もし日本が共同の取り組みに参加していないということになりますと、外国における薬物犯罪やテロ犯罪の計画、準備が日本では規制を受けずに行われるということになります。まさに国際的な規制の穴、ループホールにほかなりません。それは国際社会にとって甚だ困りものということになります。国際社会にとっての共通の敵と共同に戦おうとする取り組みになぜ日本だけ参加しないのかと問われているとも言えましょう。
 以上のことを前提として、条約批准のための法整備の基本的方向性について論じたいと思います。
 最初に注目すべき重要なポイントは、犯罪の主体の限定です。もともと条約が狙いとしている組織的な犯罪集団をピンポイントに捕まえて、間違ってもそれ以外の一般市民の団体行動にまで適用されてしまうような曖昧な規定にしないようにしなければなりません。言いかえれば、組織犯罪対策のための例外的な扱いをきちんと囲い込んで、一般市民に適用される刑法の領域への侵食を食いとめなければなりません。
 法案がとった方法は、現行法である組織的犯罪処罰法がその適用のために要件としている「団体」を前提として、さらにこれを絞るというものであります。すなわち、現行法が今規制の対象としている団体のうちで、団体の結合関係の基礎としての共同の目的が重大な犯罪を実行するところにある、そういう組織的犯罪集団のみを捕捉しようというのです。
 最高裁判所の判例の中には、当該団体がリゾート会員権の販売等を目的とする会社であるということから、直ちに本法に言う「団体」であるとして本法を適用したものがありますけれども、このような形でテロ等準備罪を適用するための目的要件をクリアすることはできません。なぜなら、団体の結合関係の基礎としての共同の目的が重大な犯罪の実行に向けられていなければならないからです。現実問題として、テロ組織、暴力団、薬物の密売組織、あるいは振り込め詐欺集団といったもの以外をこれにより捕捉するということはおよそ困難であるように思われます。
 繰り返しますけれども、法案は、犯罪主体を、現行法を前提に、さらにそれを限定しようとするものです。仮にそれが限定として不十分だというのなら、現行の組織的犯罪処罰法の主体要件はさらにそれ以上に限定として不十分であり、濫用の可能性を持つことになりそうですが、実務上、そのような問題があることは聞いたことがありません。
 現行法の団体要件は、テロ等準備罪が予定する主体要件よりさらに一段緩やかになっているわけですけれども、裁判所による解釈とその運用は安定していて、無限定に用いられているとか濫用のおそれをはらんでいるという批判はおよそ当たらないように思われます。
 以上のように、主体の限定については法案に合格点を上げることができると考えています。そうであるとしても、条約が要求しているのは、現行法は単に刑を重くしているだけでありますけれども、法案は、現行法にない計画、準備段階での処罰をかなり幅広く認めるわけですので、新しい犯罪をたくさんつくることにもなりますから、慎重な検討を必要とすることは間違いありません。
 テロ等準備罪として提案されている犯罪について、法案は、今申し上げた主体の限定を前提として、そして計画行為がなされることが必要で、さらに実行準備が行われることを要求するという形での二重の限定を加えました。このような、主体の限定を前提としたさらなる二重の縛りというのは、法が適用される実際の場面を考えますと、実に高いハードルを設定したものであることがわかります。このことを御理解いただくために、既に現行法にあります予備罪について、それを例にとって説明したいと思います。
 予備罪というのは、それぞれの犯罪を実行しようという目的があり、その準備のための外形的な行為があることにより成立します。外形的行為はそれ自体として異常性を示す必要はなく、日常的な行為でも足りますから、例えば、ある人を殺す目的で、またはある人に強盗を働く目的を持ってホームセンター等で包丁を購入すれば、それだけで殺人予備または強盗予備が成立することになりそうです。
 しかし、この規定が現実に実務において適用される場面について見ると、事情は全く異なることがわかります。現実の法適用の場面では、刑法の規定が予定する目的要件、つまり、殺人予備の場合であれば殺人を実行する目的があったことを、合理的な疑いを入れない程度の確実性を持って証拠により証明しなければなりません。殺人予備罪の規定の適用を認めるためには、いかに本人がそのことを否認したとしても、それでも殺人目的を持って行動したことに疑う余地がないような、そういう客観的行為がなければなりません。例えば、包丁を買ったというだけでなく、その包丁を持って、深夜、被害者の住居に忍び込んだというような客観的な行為が行われなければ、殺人予備罪の規定の適用は認めることができないわけです。
 かくして、裁判の場における目的要件の立証の可能性という見地からは、予備行為というのは、実行行為に直接つながるような相当に危険性を持った、そういう行為に限定されるということになります。
 そのことは犯罪統計を見ても明らかです。殺人予備であっても、年間に認知されている件数はたかだか二十件程度にすぎません。しかも、そのうちのほとんどは、別の殺人等の重大犯罪が本人または共犯者により現実に実行されたときに、たまたまそれに付随して明らかになったケースであります。このようにして、殺人予備罪のような処罰の早期化を図る伝統的な規定も、目的要件による縛りが強く影響して、実務においては相当の限定がかかっています。
 それでは、テロ等準備罪として検討されている犯罪についてはどうでしょうか。
 たった一人で頭の中で実行目的を抱いているという予備罪の場合には、外から内心のあり方を知ることはできませんが、しかし、計画行為であれば、組織的犯罪集団の構成員らが一定の重大な犯罪実行について具体的かつ現実的に相談して決意を固めるというのが内容ですので、犯罪的な意思が表にあらわれることになり、より早い段階で捜査機関がそれと認知することは可能になると言えましょう。
 ただ、ここでも、今予備罪について申し上げたことと基本的には同じことが当てはまります。組織としての犯罪的決意が固まったことが疑いを入れない程度の確実性を持って証拠により証明されなければなりませんから、仮に関係者が口をそろえて否認しても、それが説得力を持たないような、そういう外形的な状況がぜひとも必要となります。実際問題としては、何らかの実行準備行為が既に行われていることとあわせて、計画そのものが逆に立証されるというのがほとんどの場合であると言えましょう。
 このように、実は、計画行為だけであっても相当に高いハードルではあるのですが、法案はさらに、第二の限定として実行準備行為の要件を明文化しました。これは、規定が誤った方向で運用されないようにする、そういう趣旨を明確化するものであって、妥当なものであったと思われます。
 ちなみに、アメリカ合衆国のコンスピラシー罪で要求されることがあるオーバートアクトよりも、今回提案されている「計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為」という例示を含む規定の仕方は、より明確であり、立法論としてよりベターなものだというふうに考えられます。
 いずれにしましても、このように、犯罪の訴追立証のハードルはかなり高いわけです。単なる思想ないし悪い意思を処罰するという批判は、法案には当たりません。
 以上のように、主体の限定に加えて、計画行為プラス実行準備行為という犯罪要件の二重の限定、あわせますと三重の限定がかかっているわけで、我が国の法体系において見たときには、相当に輪郭の絞られた犯罪になると思われます。法案の規定をごらんになるときに、そこには三重の限定が施されていること、その結果として、我が国の実務における法適用の場面においては立証のハードルは相当に高いものとなるであろうことを御理解いただきたいと思います。
 そうであるからこそ、テロ等準備罪の規定は頻繁に適用される規定にはならないであろうことも事実です。今の予備罪や陰謀罪と同様に、まれにしか適用されないであろうと想像されます。しかし、それは、捜査機関による濫用が危惧されるようなハードルの低いものではなく、その正反対のものであるからです。
 そうはいっても、オウム事件のような事件の可能性は常に存在しますし、外国の諸機関からの情報提供を受けて、日本国内でテロ行為の準備がされているということが日本の捜査機関に知られることになるといった可能性もないとは言えません。テロの問題を離れても、振り込め詐欺等の特殊詐欺の対策というものもこれにより可能になる場面が想定できると思われます。
 条約との関係についても述べたいと思います。
 TOC条約は、かなり大幅な処罰の早期化を各国に要請しています。そこで、どこまで条約に沿った形での法整備を行うかが問題となります。
 私の考え方を端的に申し上げれば、条約は、これを批准することによって現行法体系の一部になるのですから、これを通常の法解釈の方法に従って解釈して、それで説明がつく限りの法整備を行うべきだと思います。
 条約は、長期四年以上の自由刑を科し得る犯罪を重大犯罪とし、二人以上の者がそれを行うことを合意することを処罰の対象とすべきことを求めています。しかし、長期四年以上の自由刑を科し得る犯罪の中にも、およそ組織的犯罪集団が実行を計画することが現実的には想定されないものもありますので、対象犯罪を限定するということは条約の解釈として許されるところであろうと思います。法案は、このような見地から、対象犯罪の数をかなり限定したものと理解しています。結論として、私は、それが特に広過ぎるという感じを持っておりません。
 最後に、法案のその他の内容についても簡単に触れたいと思います。
 テロ等準備罪を新設したことのほか、マネーロンダリング罪の前提犯罪を拡大して犯罪収益規制を強化したこと、贈賄罪について国民の国外犯の処罰を可能としたこと、証人等買収罪の規定を新設したことなども、組織犯罪に対する有効な対応を可能にするものでしょう。
 特に私が注目するのは、提案されている証人等買収罪です。幾ら刑罰法規を整備しても、裁判を含めた司法活動を妨害する行為が行われて犯罪の立件、処罰が不可能になれば、刑罰法規はまさに絵に描いた餅になります。現行刑法の規定はこの点において相当に不備でありますけれども、法案に見られる対応により、そうした司法妨害行為に対処することが可能となります。
 今回の法案は、確かに、条約批准のための国内法整備のためのものであると言われていますけれども、このように、法案が組織犯罪に対する総合的な対策を用意するものであることも高く評価に値すると考えます。
 以上です。御清聴ありがとうございました。(拍手)

発言情報

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発言者: 井田良

speaker_id: 17612

日付: 2017-04-25

院: 衆議院

会議名: 法務委員会