酒井啓子の発言 (外交防衛委員会)

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○参考人(酒井啓子君) ありがとうございます。
 諸先生方が全体的な外交政策についてのお話をされた中で、私は、専門分野でございます中東、特にトランプ政権のアメリカの対中東政策、今後どうなるかということを中心にお話をさせていただきたいと思います。
 皆様もよく御存じのように、トランプ政権が最初に打ち出した政策が中東・北アフリカ七か国の国籍を持つ者に対する入国禁止の大統領令ということで、これはアメリカ国内のみならず中東諸国、さらには全世界的に今大きな批判が巻き起こっているということは皆さんよく御存じのことかと思います。
 ここで、木村先生に倣いまして過去三代におけるアメリカ政府の対中東政策をどのように考えればよいかということで、要約すればこのようになるかと考えます。ブッシュ政権、これは三代前ですけれども、九・一一以降、アフガニスタン戦争、イラク戦争などに見られるように、中東に対する過干渉、過剰な干渉がブッシュ政権の対中東政策の根幹でありました。続きましてオバマ政権は、これに全く逆行いたしまして、あつものに懲りてなますを吹く状態の消極的あるいは不介入が基本の外交政策を取っておりました。
 お配りした私が書きました外交の記事において、私はこのトランプ政権の中東政策は基本的にはオバマ政権の消極的な中東外交の連続であるのでさほど大きな変化はないのではないかというふうに申し上げましたけれども、改めてこの入国禁止令などを見て考えると、トランプ政権の対中東政策の特徴はこのように言えると思います。積極的な国内政策の見識なき海外流出。つまり、国内の安全保障対策、雇用対策を積極的に進めていくが、そのことによって対外関係にどのような悪影響を与えるか、十分な検証がなされていない状態で外交政策が展開されているということだと思います。
 つまり、ブッシュ政権のように覚悟を持って対外強硬姿勢を取ったり、オバマ政権のように外交政策自体が煮え切らないものになったりするのではなく、トランプ大統領にとっての対外関係はあくまでも国内政策の結果であり、その対外的な影響に対して全く無頓着であるということが最大の問題だと言えましょう。オバマ政権が外交の劣化だとすれば、トランプ政権は外交の不在ということになろうかと思います。
 このそういった定見のなさ、外交政策に関する定見のなさは、今回の入国禁止令からも見て取れると思います。
 今回選択された中東・北アフリカの七か国、これはアメリカにとっては九〇年代の敵国概念に非常に近いものというふうに見られます。イラン、シリア、イラク、リビア、スーダンなど、過去にアメリカがテロ支援国とみなしてきた国がカウントされているわけです。
 しかし、ここで重要なことは、こうした国々の幾つかは既に政権が交代し、むしろ現在、欧米諸国の手を借りて国家再建に臨んでいるというそういう国だということです。とりわけ、周知のとおり、イラクは、イラク戦争後二〇一一年まで米軍が駐留し、その後も密接な関係を維持して、現在、イスラム国掃討作戦に携わってきております。リビアもまた、二〇一一年のアラブの春の際にNATOが反乱部隊を支援するという形でカダフィ政権が打倒されたという経緯があります。少なくともこの二か国については、アメリカが、あるいは欧米諸国がある種特別に支援してきたわけでして、そうした国に対して入国禁止令を出すということは極めて矛盾した政策になっているわけです。
 でも、実際問題、この七か国の国民が対米脅威をもたらすものなのかどうなのかということで見ますと、過去の経緯を見ますと、確かに最近のアメリカ国内のテロ事件においては、テロ犯、特に二〇一五年から二〇一六年にかけましてアメリカ国内で起きたテロ事件の犯人にイスラム教徒が多いということは確かです。その中でも、昨年オハイオで起きた事件二件に関しては、ソマリア系のアメリカ国籍あるいは永住権を持つ者が犯人だったということで、それだけ捉えるとソマリアが今回入国禁止の対象になっているのは理があるというふうに考える方もいらっしゃるかもしれません。しかし、それ以外の六か国の出身者でアメリカ国内のテロ事件に関与した者は今世紀に入って一人もおりません。
 アメリカ国内のテロ事件の犯人の出身国として多いのは、九・一一事件を見ても分かるように、サウジアラビア、エジプトでしたし、それ以降、近年多い犯人の傾向は、パキスタン系のアメリカ国籍のホームグローン・テロが非常に多いということになっております。近年の事件の中にはアフガニスタン出身の二世も含まれているわけです。しかし、これら述べましたようなサウジ、エジプト、パキスタン、アフガニスタンというような国々は、全く入国禁止の対象になっておりません。これだけを見ても、必ずしもアメリカ国内のテロ対策のためにこの七か国が選ばれたということではない、恣意的な判断が見て取れます。
 問題になるのは、このように、イラクやリビアなどのように、既に反米の国ではなくなっているにもかかわらず、四半世紀前の知識で敵対国扱いをするということが今後どのような影響をもたらすかということになります。
 まず最大の問題は、イラクにしてもリビアにしても、一旦親米政策にかじを切った国がアメリカに対する信頼を徹底的に失うということが最大の問題かと思います。特にイラクでは、イスラム国が侵攻して以来、国内の親米路線とあるいはナショナリスト路線、あるいはイラン寄りの路線といったような様々な路線を調整する形で非常に難しいバランス取りを強いられてきております。これに対してアメリカは、IS、イスラム国が侵攻した当時、当時のマーリキー政権を退陣させアバーディー政権を成立させた。これはアメリカの判断なしには成立しなかったことかと思います。このように、米軍を撤退させたとはいえ、イラク国内の治安情勢に関しては最低限の関与を持ってアメリカはアバーディー政権を支えてきたという経緯があります。
 しかし、入国禁止令のような今回のアメリカの政策が出されますと、イラク国内にくすぶっている反米勢力の声が高まりかねません。更に言えば、アメリカが頼りにならないのであれば隣国イランに頼るしかないというますますイラン寄りの路線が強められるということが懸念されます。実際問題、イラク戦争後、国内の治安悪化要因の一つだったサドル派は、今回の政策を受けて、イラクに渡航するアメリカ人に対して同様の対抗措置をとるべきであるといった主張を行っております。
 次に懸念される材料としては、今申し上げましたとおり、イランの地域的影響力の高まりと、それに対するアメリカの対抗政策ということになります。
 イラクでアメリカに対する信頼が損なわれることは、自動的にイラクにおけるイスラム国に対する掃討作戦の停滞を意味いたします。現在、モスルを占拠するイスラム国に対する掃討作戦が昨年十一月から開始されておりますけれども、数週間で終わると喧伝されていたにもかかわらず、いまだに町の一部しか到達できない、年単位の戦いになるというふうに観測されております。オバマ政権は、イスラム国に対して徹底的に抵抗する勢力としてシリアやイラクのクルド少数民族に依存するしかありませんでしたけれども、同様にイスラム国に最も有効な戦いを展開しているのは、イランの革命防衛隊とレバノンのヒズボッラーです。
 こうしたイスラム国をせん滅するという政策をもしトランプ政権が実現しようと思ったらば、イランとの協力、調整が不可欠となります。しかし、現在トランプ政権はイランに対してもこのように入国禁止令を出すという態度を強化させておりますので、イランを、イラクを敵視してイスラム国掃討作戦を遂行しようと思えば自ら行うしかないという、非常に矛盾した政策になっております。
 さらに、こうした中東諸国の国民感情を逆なでする事件としては、トランプ政権が駐イスラエル・アメリカ大使館をエルサレムに首都移転するという計画を明記していることです。一九六七年にイスラエルが占領し、その後併合した東エルサレムを含めエルサレムを首都とみなすことは明白な国際法違反であり、パレスチナ諸勢力のみならず国際世論の激しい反発を招くということは自明のことかと思います。
 このように、トランプ政権の最大の問題は、中東諸国の中でも対米不信、フラストレーションが高まるということが懸念でありますけれども、こうしたことを一言で言ってしまえば、トランプ政権がつくり上げたテロを育む土壌というものが拡大生産されている、しかしながらアメリカ国内は自国のみを守るという、まさにテロ輸出国にならんとしているという懸念がございます。そうした風潮は、アメリカ国内でもイスラム教徒に対する排外的な行動やヘイトスピーチの蔓延といったようなものが見られることからも分かるわけでありまして、ホームグローン・テロを出現させる傾向が強く出ております。
 こうしたことは、不満分子のリクルートに力を入れているイスラム国にとってはまさに格好の勢力拡大の機会であります。ですので、昨年十一月にトランプ氏が大統領選に勝利したときにイスラム国は真っ先に歓迎の意を表しております。まさにその意にまんまとはまった形でトランプ政権が政策を展開しているというふうに言えると思います。
 さて、最後に、日本が、じゃ、こうした事態に対してどのように対応すべきかということを申し上げたいと思います。
 アメリカに行きたくても行けない、入国禁止令などでアメリカに行きたくても行けない、欧米で学びたくても学べない学生や若者に対して活躍の場を提供する国がどこかで必要になります。アメリカに行けないとなればどこか別の国がそれを引き取る必要がある。新聞、メディアなどでは難民を引き取る引き取らないということばかりが注視されますけれども、入国禁止の対象になった者には学生やビジネスマン、そうした一般の普通の商活動、教育活動の一環でアメリカに行かざるを得ない人たちがたくさんいたわけです。既に、カナダが拒絶された難民への門戸を開いております。日本に期待される役割というのはそういったところにあるのではないかと私は考えております。
 具体的な例を申し上げます。九・一一事件以降の事例が参考になるかと思います。九・一一のときにも、やはりアメリカには行きたくても行けないという中東イスラム圏出身の人々があふれました。その際に、アメリカに留学できなかった学生がアジアに向かいました。日本でも例外ではございません。私が当時教鞭を執っておりました東京外国語大学には多くの中東出身の学生が日本に留学を希望いたしました。こうした日本で勉強した学生の中には、凝り固まった出身地での教育から抜け出して、世界に目が開かれて、驚くほどリベラルに大変身した学生が実に多くおります。そうした学生の中には、現在紛争解決の最前線に立っている者がおります。
 私事になりますけれども、先月末、国際機関に勤務している二人のシリア人を日本に招聘し、講演会を開催いたしました。そのうちの一人は、シリア国内の国連開発機構に勤める医師ですけれども、彼は二〇〇九年まで千葉大学の医学部に在籍し、整形外科医として博士号を取得した人物です。彼の上司は日本人の国連職員です。もう一人は、アンマンのユニセフ事務所の緊急事態専門家としてシリア国内避難民への支援など、中東全体の紛争、難民問題に取り組んでいます。彼女は、私が在籍した頃の東京外国語大学に研修生で来日し、二〇一〇年に早稲田大学で修士号を取っております。このように、紛争や難民問題の解決に取り組む紛争地の国民を日本で教育し、育成するということは、国際協力のためには大きな資源となっております。
 ですので、こうしたこと、つまり、難民を受け入れる云々ということも十分重要ですけれども、同様に、教育、ビジネスの関係で紛争地出身の者を日本が受け入れて育成していくということは非常に重要な問題だと思います。
 さらに、もう一つ申し上げれば、アメリカと話をしたくてもできない、そういうアメリカに嫌われた国とアメリカの仲裁や橋渡しをする外交というのは、かつての日本外交の重要な要素でありました。パレスチナのPLOをテロ組織として接触を禁じるアメリカに対して、当時のアラファトPLO議長を日本に招いた経験もあります。あるいは、イランのハータミー大統領を呼んで、日本の国会で演説したということもございます。そうした柔軟な日本独自の外交を展開する余地が、特にトランプ政権の下のアメリカに対してはあるのではないかと私は思料いたします。
 どうもありがとうございました。

発言情報

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発言者: 酒井啓子

speaker_id: 34479

日付: 2017-02-09

院: 参議院

会議名: 外交防衛委員会