川端清隆の発言 (国際経済・外交に関する調査会)

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○参考人(川端清隆君) ありがとうございます。
 皆さん、こんにちは。福岡からやってまいりました川端と申します。
 福岡には、三年前に教職を得たので福岡にやってきたんですけれども、その前の二十五年間はニューヨークの国連本部政治局で政務官という仕事をやってまいりました。
 簡単に、短い間ですけれども、何をやってきたかという話なんですけれども、二十五年の間の大体六割ぐらい、国連の本部の中の、最初のこの写真ですね、安全保障理事会、ここの安全保障理事会の世話をする部局におりました。あとの四割、大体九年ぐらい、九年から十年になるんですけれども、そのうち七年間、アフガニスタンの和平、アフガン和平ですね、残りをイラク戦争とその後始末ということで、国連特使と一緒に中東を飛び回っておりました。その経験を基に、今日いろんなことをお話ししようと思います。
 次のページにありますこの写真、二人で写っております写真ですけれども、これはルワンダPKO、一九九四年、八十万人大虐殺があったときの、この虐殺の後にPKOの応援に行ったとき、PKO本部で国連代表と撮ったときの写真です。
 その下の飛行機と一緒に写っているところの写真ですけれども、これはアフガニスタンの中央部、中央の高原、バーミヤンというところに和平交渉に行って、真ん中に立っているドイツ人なんですけれども、彼が当時の国連代表ですね、それの補佐官として、後ろにあります国連のチャーター機で回っておりました。
 次のページ、仏像の前で撮っております。これは同じバーミヤンで、皆さん御存じの方もおられるかと思いますけれども、二〇〇一年の春にタリバンがこの仏像を、石仏を破壊します。その前にバーミヤンに行ったとき、当時の国連代表、ブラヒミといいますけれども、彼と撮った写真であります。
 その年の終わりにアフガン戦争が起こりまして、結果としてタリバンが放逐されて和平の扉が開いたと。そのために、ドイツのボンというところで和平会議、十二月に行いまして、十日間ホテルで缶詰の後、ようやく今日の新アフガン政府につながる平和の土台を築くことができたということであります。
 今日のお話ですけれども、なるべくざっくばらんにお話しできればと思います。公式会議ということだそうですけれども、もし私、足を踏み外して言わぬでいいことを言ってしまったら、是非後で記録から削除していただければと思います。
 日本と国連の関係なんですけど、今日私がお話しするのは、日本のそもそも国連外交、国連政策というのは弱かったんではないか、ひょっとしたらなかったんではないかと、あえてちょっと極論の前提に立ってお話をいたします。アグリー・ツー・ディスアグリー、論点をはっきりするためにこういう切り口でお話しできればと思っているんですが、そのためにいきなり、日本が失ったものの次、日本人の国連観というところをちょっと見ていただければと思うんですが。
 私がニューヨークに行きまして二十五年間ずっと日本を見てきたんですけれども、一言で日本と国連の関係を言いますと、日本人ほど国連が大好きで、日本人ほど国連を知らない国民はいないんではなかろうかと。大体、小学校、中学校の社会科から、国連、平和の殿堂、そんな感じで教えられます。国連を知らない日本人というのはまずいないでしょう。在職中もあちこちの日本の大学で話しましたけれども、国連を題材に話すと必ず学生が集まります。特に女性が多いですね。自分たちもうまくいけば国際的な場で働きたいと。だから決して、日本人、国連を嫌いなわけではない。ただ、この国連、実際にニューヨークで何をやっているのと、国連和平活動って何ですかと、今、南スーダンで国連PKOが苦しんでいることって一体何でしょうかという話になると、各論になると急に分からない。
 今日のこの調査会の冒頭、藤崎参考人のところからお話があって、国際機関というのは指示を与えるところではないと思えと。まさにそのとおりなんですね。じゃ、どういうところかといったら、枠組みであろうかと思います。政府間機関という言い方を専門用語でしていますけれども、決して普通の日本人が思うような世界政府ではない。国家の上に立って日本を含めた各国政府に命令を下すと、そういうところではありません。
 しかし、その一方で、一旦この国連の場で国際社会、つまり加盟国の意思が集結されますと大変な力を発揮することができます。究極的には武力の行使も可能になる、そういうところなんですけれども、そういう国際機関である国連との間合いを我々はよく分からない、そんな気がしてしようがありません。
 答えは、もうそう難しい話ではないですよね。日本の外交の三本柱、いわゆる国連中心主義、アジア各国との協調、対米外交ということで戦後外交をずっと日本はやってきたわけですけれども、真剣にやったのは多分一つだけでありましょうと、あとの二つはひょっとしたらお飾り、付け足し、そんなところもあったのかもしれません。
 理由はこれも言わずもがななんですけれども、日本は戦後七十年の間、日米同盟、アメリカに安全保障を頼ってきた。そんな中で、例えば安全保障の対象としての国連というのを捉え切れていなかった。そんなことがあるかもしれないですね。だから、世界政府のような漠然とした抽象的な対象として思っていれば心地はよかった。急に真剣な討論を国連の場でし始める、あるいはひょっとしたら日本人の血が流れるかもしれないPKOというと、えっということになってしまいます。
 それで、話を分かりやすくするために、今まで我々、国連外交がない、あるいは弱い結果何を失ってきたのかと、自分の頭に浮かぶ範囲で書いてみました。
 領土問題とありますけれども、別に国連外交をやったから北方領土が、あるいは尖閣問題が解決するというわけではないのですが、二国間外交の補完的なものとしてもうちょっと国連を使うことができなかったんだろうか、そんな気がニューヨークから見ていたしておりました。
 安保理改組、これは言うまでもないですね。この二十五年間、延々と日本では安保理改組、機が熟していると、ニューヨークでは機が熟していると、いつ日本は新常任理事国になってもおかしくないと、そういう報道が新聞各社なされてきました。それをニューヨークで見るたびに、えっ、その言うところの機運ってどこにあるのと、そういう違和感を抱いてきましたが、これも、この安保理改組の要件とは何かと、どういう条件がそろえば日本は常任理事国になれるのか、その部分の議論が国会も含めてほとんどない。ただ単に第二位の拠出金を出す国であればいいんだと、その程度の話なんですよね。そういう懸念を持っております。もうちょっと国を挙げて取り組んでいれば違ったシナリオもあったかもしれない。
 人権問題、慰安婦というのを書きましたけれども、これも二十年前、国連人権報告者のクマラスワミですけれども、彼女の報告書が出たときに、なぜもうちょっと正面から対応できなかったのか。あのとき対応ができていれば、これほどこじれることもなかったかもしれませんね。
 そのほか、国連職員、一般的な意味での発信力、発言力なんですけれども、国連職員が少ないというのはもう既に出ました。PKO、今、この南スーダン、三百数十人ですか、行っております。でも、このPKO全体の総兵員数、御存じでしょうか。今現在、十六のPKOを世界各国に展開しておりますけれども、十万を超えているんですね。その中の三百五十人です。
 アジアの中でも、例えば日本と同じ時期にPKO参加に目覚めた中国、八〇年代の後半まで、中国という国はPKOに出した兵員はゼロでした。日本も九一年、二年になってカンボジアPKOでようやく出せるようになったわけですけれども、日本と中国、同じようなスタートラインに立っていたわけですけれども、中国は二〇〇〇年を超えてから急激にPKOに派遣する兵員を増やします。今現在二千人に近い、あるいは超えておるかもしれませんね。韓国は数百人。この違いは何なのか、あるいは何が目的で、どういうメリットが例えば中国政府はあると思ってわざわざ国連PKOに兵員を出しているのか。御存じのように、去年の夏、南スーダンで中国兵二人殺されました。それでも頑張っているわけです。この意味は一体どういうことなのか。
 最後に、平和観の話になります。
 これも、この後の方をちょっと見ていただければいいんですけれども、ローマンニュメラルでⅢと書いて、日本の平和観というところをちょっと出していただくと有り難いのですが、日本では平和主義という言葉が確立された言葉としてメディアも含めて出回っているわけですけれども、この平和主義を英語に訳したら一体どうなるんだろうかということですけれども、いまだに、私、実は見付けられないんですよね。
 日本人が言うところの平和主義というのは、一体何なんだろうか。あるいは、この国連、当然平和のための組織であります。二度と世界大戦を起こさない、そういう決意の下で七十年前にサンフランシスコでできた組織であるわけですけれども、国連の言う平和主義と日本の平和主義と、同一のものなのであろうかと。ここら辺も、国連との距離感、間合いを取れない日本の象徴的な意味の取り違えですよね。あるいは同床異夢といいますか、似て非なるものといいますか、そういうものがあるのかもしれないと思います。
 日本で言う平和主義というのは、恐らく非戦主義のことであろうと。憲法九条をそのまま考えますと、どうしても非戦主義、つまり平和を達成するためには平和的な手段しか許されないと。その一方で、国連の平和主義というのは、場合によっては武力を使っても平和を達成する。この一線上に今日のPKOがあるわけですね。そこら辺、やっぱり日本と国連との間のボタンの掛け違いなんかもあるのかなという気がいたします。
 なぜ国連を利用するのかですよね。二国間外交、今、日本の得意な分野です。対中、対ロ、対米、ずっと日本の外交というのはこれでもってきたと私は思うのですけれども、じゃ、なぜわざわざ国連に真剣な目を向けないといけないのかということですけれども、多国間外交のいいところというのは、二国間関係に縛られず、国際社会の面前で正論や原則論を堂々と主張できるということであろうかと思います。
 この典型的な例が、次の下のパワーポイントのところですね、野田さん、民主党時代の野田総理の国連総会での演説ですけれども、この中で、恐らく日本の総理として初めて、法の支配をあちこちに入れられたわけです。明らかに中国の海洋進出に絡めた言い方なんですね。ただ、中国は名指しはしていない。言わんとしたことは、国際的な国境線、領土を勝手に変えちゃいかぬのだよと、法にのっとって行動してもらいたい。この部分に関して、まさに正論でありますね、誰も反対できない。
 こういうことを、対中国関係を台なしにせずに、あるいは対ロシア関係を台なしにせずに堂々と言えるというのは国連の場しかないわけです。それをやりながら、二国関係がそれで駄目になるということ、二国間外交が駄目になるということではなくて、むしろ、したたかにこれで二国間関係を補完すると、そういう発想があってもいいのかなと思います。
 時間が来ておりますので、最後の課題、具体的に何をやってもらいたいのかということなんですけれども。
 安保理改組、特に日本の常任理事国入りですね、簡単な話ではないです。なぜ簡単でないかというと、そもそも常任理事国の制度というのは大変な抵抗があります。一、二の三で総会で三分の二の賛成票を取れば成功する、そういう話ではないです。では、どういう条件がそろえば日本はなれるのか、そこら辺からもう一回考え直す必要があるんではないでしょうか。
 その結果、日本というのは大変な外交的な利益を得ることができます、情報を。安保理は、御存じのように、国連の中では真剣勝負の場です、安全保障、戦争と平和の問題を話す。例えば、今まさに今週、北朝鮮のミサイル発射問題、安保理の中でやっています。こういう場に今はたまたま日本も非常任理事国でおりますけれども、年末には出ていかないといけない。恐らく四年か五年浪人生活を経験して、また再度なりましょうねと。そのときに北朝鮮、半島はどうなっているんでしょうか。
 あるいは、対中外交、対ロ外交にしても、日本が常任理事国であるというのは、ロシアにとって、中国にとってどういう意味があるのか。今両国とも必死に抵抗していますけれども、場合によっては、中国のやりたいこと、常任理事国、拒否権がありますから全部拒絶できるんですよね。あるいは、日本のやりたいことを前に出せる。その上で中国と話し合ったら、例えば人権問題、例えば法の支配、そういうことを安保理の中でがちがちやりながら、ところで尖閣はどうなりましたでしょうかと言ったら、迫力が違うんではないでしょうか。
 PKO、これはまた御質問があったらお答えします。国連安全保障に関して、国連がこの七十年の間発展させた唯一の安全保障のための手段です。これに日本がどう関わるのか関わらないのか、大変重要な問題になってくるかと思います。
 国連和平会議を東京でやっていただければどうかと。これもほとんど議題に上がらないんですけれども、カンボジア和平のとき、アフガン和平のとき、何を日本はやられたかといいますと、カンボジア和平のときはパリで和平会談があったんですね。そこでこの三当事者プラスワンがようやく二十年来の念願の平和条約に調印したと。その結果、このカンボジア復興のための復興会議というのを日本でやっています。アフガニスタンもそうですね。ドイツのボンでアフガン和平の調印式をやって、その一か月半後に東京で復興支援会議をやっています。
 ここで問題なのは、カンボジア和平の話をしたときに、恐らくこれから外交史、近現代史を学ぶ学生たちは、パリ和平会議、ボン和平会議のことを必ず学ぶでしょうけれども、東京で行われたこの復興支援会議、何人勉強することになるのか、ちょっと懸念が絶えません。やろうと思ったらできるんです。実際にやりかけた、私がこの担当官であったときそんな事例もありましたけれども、最後に消えたんですね。
 最後に、国会議員の方もニューヨークに来てもらいたいんですけれども、それはそれとして、最後に、日本人の国連職員、少ないということです。これは、この三十年ぐらいずっと言われ続けてきたことかと思います。私も個人的に、国会議員の方々、何でこうなっているの、どうすればいいのと度々聞かれることがありますが、これ、今のこの場では、今ここではあれですけれども、考えていただきたいのは、そもそも何で日本人の国連職員、邦人の国連職員、国際機関の職員が増えたらいいのか、それは日本の国益にとってどういう意味があるのか、それが大事なことではなかろうかと思います。
 どうもありがとうございました。

発言情報

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発言者: 川端清隆

speaker_id: 11534

日付: 2017-02-15

院: 参議院

会議名: 国際経済・外交に関する調査会