森口千晶の発言 (国民生活・経済に関する調査会)
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○参考人(森口千晶君) 二つ質問をいただきました。
まず初めに、日本とアメリカの感覚的にどちらが格差がですか。やっぱり、はるかにアメリカの方が、アメリカは真の意味で格差社会だと思います。アメリカが本当に格差社会で、アメリカから日本にやっぱり戻ったときに日本は何て住みやすい、安全でと、こう思ってほっとするところがありました。
ですから、スライドの三十九で相対的貧困率を見たんですけど、三十九は可処分所得で見た相対的貧困率が日本がアメリカに次いで高いという衝撃的な数字なんですけど、やっぱりこれ、感覚に合わないです。合わないです。
一つ思うんですけど、日本はやはり国民生活基礎調査が非常に丁寧に低所得者を拾えるんですね、福祉事務所が回収に行ったりして。だから物すごく拾えていて、アメリカは、例えばですけど、一番貧困な場合はやっぱりホームレスで、住所がなくて調査票を送れないですね。そういう意味で、その調査の方法とかによって違いがあったりしてこういう数値になるかもしれないけれども、やっぱり感覚としては日本とアメリカが近いというのは違うんじゃないかというところはあります。
あと、アメリカは今度は富裕層の方がもう超富裕層ですから、そこですね、両極の差は日本よりもはるかに大きくて、その痛みも感じて今回トランプが大統領になったりとか、やっぱりそういういろいろ両極化のコストですね、社会が不安定化するコストというのをやっぱりそこで払っているんだと思います。
二つ目ですね、絶対的貧困率と相対的貧困率のどちらが重要か。私、歴史をしているので、やっぱり過去五百年とかを見ると、もう人類はいかに飢餓から逃れるかの歴史で、つい最近までやっぱり非常に絶対的貧困、乳児死亡率がすごく高いとかそういうのは、やっぱり絶対的貧困で非常にたくさんの人が死んでいた時代からやっとそれがほぼなくなる時代になってきたので、もちろん絶対的貧困をなくすことが一番最初で、日本はもうそれが済んでほぼ相対的貧困だけを考えればいいようになってきたのかなと思うんですけど、でも、先ほどのスライドの四十を見ていただくと、ここに貧困線と相対的貧困を並べていて、貧困線というのは年収百三十万円以下を貧困と決めますというその中央値の五〇%の所得なんですけど、これが実質で下がっているんです。貧困線が百三十万円をピークに百二十、百十七、今百十一万円まで下がっているというのは、これは貧困だと認められるための最低限所得が下がっているから、本当はそれで貧困率下がらなきゃいけないのに、それなのに相対的貧困率が上がっているということは、恐らくこれ、絶対的貧困率、日本は上がっていますよね。
だから、絶対的貧困率というのは、食べられない人が増えるというんじゃないんですけど、でも、絶対的水準で見ても貧困層が増えているので絶対的貧困率も気にしなければいけない方に、おいておけばなってしまう。
そんな中で、生活保護とかは非常に厳しく自助努力を、やっぱり日本ほど国際的に見てもここまで言う、アメリカもそうですけど、自助努力を物すごく強調する、働きなさいと言うと。それで、またそれでもワーキングプアになったりすると。だから、そういうところで根本的に公的扶助がやっぱり余りにも水準が低いというのは問題だと思います。
だから、短い答えは、やっぱり絶対的貧困をまずもちろん考えるべきなんですけど、その次の相対的貧困も考えなきゃいけない。でも、日本の場合は実質所得が全体に下がっているために、実は絶対的貧困と相対的貧困がほとんど同じような概念になってきている。そこが大問題だと考えています。