駒村康平の発言 (国民生活・経済に関する調査会)

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○参考人(駒村康平君) 今日はこういう機会をいただきまして大変ありがとうございます。慶應義塾大の駒村でございます。
 冒頭二十分ほどお時間をいただいて、私のお話をさせていただきたいと思います。(資料映写)
 幾つかのキーワードがございますので、御存じのデータもあるかと思いますけれども、最初に、長寿社会、高齢化社会というよりは長寿社会ですね、寿命の伸長に伴う様々な社会問題、課題についてお話ししたいと。後半は、格差の問題中心にお話をしていきたいと思っております。
 長寿社会、これは今新しい人口推計が発表されるということになってきているようですけど、まだ発表前だと思います。新しい人口推計でどのくらい寿命が延びるかということになるわけですけれども、これは過去の人口推計で、一九八一年の推計から最新の推計まで、寿命の延びですね、縦軸は寿命、横軸が各時点での予測ということになっていますけれども、二〇二五年までデータが入っていますけれども、寿命の延びがどう予測が変化したのかというのを見ていただいているということになります。
 端的に言うと、一九八一年の予測では女性の寿命も八十歳ぐらいで頭打ちすると、ここですね、八十歳ぐらいで頭打ちをするという前提で作られていたわけですけれども、これも御案内のとおり、予想外に寿命が延びているということで、推計を繰り返すたびに寿命の上昇変更が行われていくということが見て取れるということです。
 だから、少子高齢化と一概に言われますけれども、子供の数が減っているだけではなくて、予想以上に寿命も延びているということを理解しておかなければいけないということです。
 そういった動きはまたいろいろなデータを見て分かります。
 一般的には平均寿命と言われている概念を使うケースが多くて、男性も八十代に入り、女性も八十代後半に入ったというふうに言われていますけど、こちらで出ているのはいわゆる中位寿命、その人口の半分が生存する年齢ということで、これはかなり高い数字が来ていると。中位寿命、平均寿命じゃなくて中位寿命ですね、ちょうど半分の、真ん中の人が何歳まで生きるのかという予測になります。
 あるいは、次が、これが例えば六十五歳まで何%の方が生きるのか、七十五歳までに何%の方が生きるのかという数字でありますけれども、緑の六十五歳のFは女性を意味していますけれども、現時点で女性の九〇%の方が六十五歳まで生きると、男性も八〇%の方が六十五歳まで生きるという生存率になっているということになります。
 寿命の延びがどうなるのかというのは非常に難しいわけでありまして、過去においては、人類、寿命をいかに延ばすかという、人類の夢ですから、昔はもう子供の半分ぐらいが最初の五年間で亡くなっちゃうと。これ、ローマ時代とか奈良時代とか平安時代とかはそういう時代だったわけで、そういう時代の残されているデータを見れば、初めの生まれて五年間で子供の半分が亡くなっちゃうということによって寿命が短い時代があったわけですけれども、福祉国家や産業革命以降は、子供が早く死ぬということによって寿命が抑えられるという時代は終わってきて、子供は生存率が上がってくると。
 そして、その福祉国家後は、六十五歳到達以降の生存率がどんどん上がってくるということになってきているということで、寿命がどこまで延びるかというのは、いろいろなデータがあるんですけれども、この赤い点線で示されているように、時々、もう幾ら何でも頭打ちだろうと。先進国のトップの国の寿命の一番長い国の数字をプロットしているものなんですけれども、しかし、日本の女性が今トップですけれども、止まるだろう、止まるだろう、止まるだろうという予測は出るんですけれども、うれしいことにというか、その止まるだろうという予測を裏切って寿命は延び続けてきている歴史であるということです。
 今後も、医療技術の発展や食事や環境の改善の影響を積極的に取り入れれば、最近もそういう本が出ていますけれども、今世紀生まれた子供たちの半分近くが百歳まで到達するのではないかと。これは、今の寿命予測みたいに過去のトレンドから将来を予測するんじゃなくて、今後起きる未来の様々な技術も考慮すればそういう時代も来るのではないかというデータも出てきているということです。
 いずれにしても、従来の人口推計、これは人口推計の手法としては仕方がない部分があります。過去のデータを使って未来を予測するという方法を使うわけでありますので、世の中の技術変化が予想以上に速ければ寿命の延びを抑えて予測しちゃうわけですけれども、実際にはそれを上回って寿命は延びているという状況でありまして、これが、結果、人口推計が例えば六十五歳以上の人口が将来何万人になるんだと。例えば、一九七〇年代、八〇年代の予測は二千五百万人ぐらいにとどまるだろうと予測されていたわけですけれども、最新の予測だと四千万人に到達するのではないかという予測が出てきている。だから、二千五百万人と四千万人というのは全然違うわけでありまして、こういうふうに人口推計も五年置きに実際の動きをフォローしてそれを吸収して将来予測をするわけですけれども、技術の変化や社会構造の変化が、それを上回るスピードで寿命が延びているということになっているようです。
 したがって、年金制度、社会保障制度に影響を与えるのは六十五歳以上人口ということになるわけですけれども、六十五歳以降何年生きるのかと。平均寿命よりは六十五歳時点での余命があと何年あるのかというのを例えば年金で議論する場合は見なきゃいけないんですけれども、例えばこの二〇一五年。この点線入っているのは、五十五歳、六十歳、六十五歳というのはその時代その時代の厚生年金の支給開始年齢を意味しています。だから、戦時中つくられた厚生年金は当初は五十五歳、戦後、六十歳に支給開始年齢上げられて、六十五歳に切り上げられたという形で、寿命の延びに合わせて年金の支給開始年齢は先送りされているわけですけれども、そのピッチを上回るスピードでどうも、特に女性の六十五歳時点の余命は延びていくのではないかということになるわけです。
 二〇六〇年になると、六十五歳以降で女性が二十七年とか二十八年とかそのくらい生きるという形になってくると、四十年間保険料払って三十年間年金をもらうという姿は自分四人で自分三人を支えるということを意味するわけですから、これは大変厳しいことになるということになります。
 その辺をどう乗り越えるかという話を次にしたいと思います。ちょっとこの辺の話はスキップしたいと思います。
 ちょっと今の話の続きでいくと、ダイレクトに影響を与えるのは年金制度であろうと思います。この生活の、老後生活の保障の基礎になる年金制度でありますけれども、重大なジレンマというかトリレンマというかに直面していると。一つは、財政の持続可能性を維持しなければいけない。二つ目は、しかしながら最低保障の維持はしなければいけない、生活保護とのバランスも考えなければいけない。三つ目は、世代間の公平性を維持しなければいけないと。
 一番目を重視すれば、保険料を上げるか給付を下げるかしなければいけない。二番目を維持するためには、今度は保険料を上げなければいけない、しかし保険料を上げ続ければ若い世代から不満が出ると。こう非常に難しい問題に今関わっている。これは、世界中の年金がこういう課題に直面していると。
 今日は寿命の延び、少子化も年金財政にはマイナスの影響を与えるわけですけれども、今日は寿命の延びに着目すると、現時点では、寿命の延びがこれ以上、今の予想の範囲で進んだとしても年金財政は持続可能であるという形にはなっています。これは、二〇一四年の財政検証で、八ケースの財政検証のうち、労働力率が伸び、生産性が上昇して、そして投資の収益率が一定の数字が確保できるという五ケースにおいては維持できるということにはなってはいます。
 ただ、よく考えてみると、寿命が延びているにもかかわらず年金の支給開始年齢も六十五歳に固定して年金の持続可能性が維持できるというのは、どうもそんなうまい話があるわけじゃなくて、正確に言うと、これは巷間言われているマクロ経済スライドによって毎年一%ずつ年金の実質給付水準を下げるということを行うと。それで、厚生年金の場合は、マクロ経済スライドは報酬比例部分について五年程度適用すれば安定するとされていますけれども、より問題なのが国民年金、基礎年金の方と。こちらは、マクロ経済スライドを三十年ぐらい適用しないと財政的には維持できないということになるわけです。
 この意味することはどういうことなのかというと、この次の話になるわけですけれども、この二番目のキーワードになるわけですけれども、寿命が延びた分だけもらう期間が長くなるよ、したがって一年当たりもらう金額は減らすよと。だから、もらう金額はどの世代でもバランスは取れるけれども、あなたたちの世代は前の世代よりも寿命が延びているんだから、もらう時間長いよねというロジックになるわけですけれども、一年当たりの年金はその分だけ、対賃金の価値を見てみると、厚生年金だと二〇%、基礎年金だと三〇%ほど実質価値が下がると。これは対賃金です。賃金を分母にして分子を年金額にしたときのこの比率が下がるという意味です。年金額が下がるという意味じゃなくて、年金の価値が二割から三割程度下がるというのが正確な意味でありますので、そういうことが二〇一四年の財政検証では確認されているということになるわけです。この実質価値の低下をどう考えていくのかというのは大きなテーマになるかと思います。
 生活保護の方は、国民の標準的な家計支出の動向に合わせてその金額を調整しますので、マクロ経済スライドみたいに、寿命が延びたから、子供が減ったからという理由で継続的に給付水準を決めて下げていくということではないと。経済成長と家計の実質支出に連動して生活保護の方は決まるわけですから、当然、年金、特に基礎年金が実質価値が下がってくる一方で生活保護の実質価値が維持されていけば、当然、逆転現象が出てきて、逆転現象が広がる危険性もあるということについてどう考えていくのかというのは大事なテーマかなとは思います。
 基礎年金の給付、現行基礎年金の実質水準を一〇〇にしたといったときに、対賃金上昇率との比較で見ると、二〇四二年で大体三〇%の水準低下、もしHケースと言われている労働力率がほとんど伸びない、成長もほとんどないという一番厳しいケースで想定すると、基礎年金の実質価値は四三%下げないと年金財政は維持できないという難しい問題に差しかかっているということになります。
 ただ、一方では、今から十年後、二十年後、三十年後の六十五歳は今の六十五歳と同じ人たちなのかということも考えなければいけないと、三十年前の六十五歳と今の六十五歳が同じような能力を持った人なのかと。最近も老年学会の方から発表されたように、かなり健康状態も改善していると、そして高齢者の就労能力も知的能力も維持できているということになれば、現時点でも六十歳代後半ぐらいまでは働く能力や、その能力はあるんだろうと思います。
 仮に、そういうことを考慮して、今後、例えば四十年加入にして六十五歳から支給というルールを変えて、四十五年加入にしてみましょう、あるいは四十七年加入にしてみましょう、六十七歳からの支給にしてみましょうとなると、この落ちていく年金を、こういう加入期間の延長や就労期間の延長によって、その引き下がる分を取り戻すことはできるということになると思います。そういう意味では、今日あした年金の支給開始年齢を上げるとか上げないとかいう問題ではなくて、こういうふうな超高齢化社会の中で、その六十歳後半の方をどのように能力を、活躍してもらうのか、特に今の既に六十五歳になった方をターゲットにするよりは、今の五十代、四十代にそういう意識を持たせるということは非常に重要ではないかなと思います。
 ただ、一言申し上げておくべきなのは、六十代に入ると当然個人差が、健康においての個人差が出てくると思います。日本でも、所得と健康の相関性、所得が低い人ほど健康が悪いというような研究も千葉大の近藤先生なんかも発表していると。ただ、ほかの国で見られるように、非常に膨大な国民レベルの、所得においてどのくらい健康状態と寿命が違うのかということに関する研究は余りない、ほかの国ははっきりこの関係は確認されています。
 だから、平均所得が、平均寿命が上がったから平均的に働ける人も上がっただろうという平均の議論をすると、当然、低所得の人は付いてこれなくなるということも考えなければいけないので、そういうところも視野に入れながら、高齢期の所得保障と労働政策は考えなければいけないだろうと思います。
 これが高齢化に伴う話でありまして、次に、少し話を飛ばして格差の話に進めていきたいと思います。不足した部分は後ほど議論の中でまた資料を使って補いたいと思いますけれども、これが最近よく注目されている象の姿と言われている、世界各国で、世界全体を見たときに、どの層の賃金が、所得が上がって、どの層の所得が下がっているのかというのを見たものです。いわゆる新興国の国民の所得は上がり、先進国の中間所得層の所得は下がり、そして先進国のトップのみがリターンが出ているということで、グローバル経済はその格差を拡大したのではないかという意見が最近よく指摘されるようになっています。
 日本においても、やっぱり非正規労働者の増加などがあって、これは消費態度指数と言われているもので、所得階層別に、あなた、今後半年間お金をよく使えるようになりますか、消費が意欲高まりますかというアンケートに対して、所得の低い人は、ここをレンジ的に見てもらえばいいんですけれども、余り高まっていないと。高所得者グループは、一時期低所得者とほぼ同じ動きをしていたんですけれども、大体安倍政権辺りぐらいから急激に高所得は将来の見込みは改善しているということになっています。
 同じように、所得階層別に、将来あなたの賃金がどうなりますかという質問に対して何%の方が期待があるよと答えているのかというと、高所得層は上がっていくと、期待と答える人が増えていくけれども、低所得層は依然として下の方でとどまっているという傾向があるというわけです。
 この高所得層と低所得層の将来期待へのギャップですね、将来の見込みのギャップの動きが、見たのがこの二つの線でありまして、特にこの時期は高所得層と低所得層で将来に対する見込みが大きな差ができた時期であるというふうに見て取れます。
 こういうふうに、景気、経済が多少上向きになったとしても、低所得層はなかなか将来にいい未来が持てないと。これは恐らく非正規の増加と、こういったものが背景にあるのではないかと思います。
 残された時間も短いので、この非正規層の課題や貧困の課題を着目してみますと、これはいわゆる世代間の貧困連鎖を示した線だと言われています。横の数字がいわゆるジニ係数で、その国の格差の大きさ。縦軸は、父親が貧しければ子供も貧しい、父親が豊かであれば子供も豊かであるという、その世代間の格差の連鎖の強さを示していると。既にアメリカは格差の連鎖は極めて強い国になっている、北欧は世代間の格差の連鎖が弱い国になっているということが見て取れると。日本はどうでしょうかというと、まあまあ、今の時点では中間的なところに位置するとされています。
 子供の貧困率、試しに全国消費実態調査の個票を使って子供の貧困率の都道府県別格差を推計をしてみました。八・五%というのは国民生活基礎調査を使った子供の貧困率一六%に比べると半分近い数字になっていますけれども、これは、全国消費実態調査というのは比較的高所得層をカバーしていると言われていますので、この八・五%と一六%の違いというのはデータに基づく部分であると。したがって、着目すべきは、やはりかなり都道府県間で大きな差があると。
 もちろん、これ後で議論する機会があれば補足説明をしますけれども、信頼区間、九五%信頼区間というのを別途計算していますので、ある一定の幅で議論しなければいけないというわけでありますので、この県とこの県が逆転しているのはどういうことなのかというのは、推計誤差が当然ありますので、たかだか数%の差であれば、それは推計誤差の範囲になります。ただ、見てみると、やはり常にパフォーマンスのいい県がある一方で、常に悪い方の上位に来る県も存在しているということは留意しなければいけないだろうと思います。
 さらには、恵まれない子供たちに対して最後フォーカスを当てたいと思います。
 これは横浜市が行った子供の貧困に関する調査ですけれども、虐待を受けている子供がかなり多いと言われている養護施設の子供たち、子供たちの六割から七割が虐待経験者であるとも言われていますけれども、そういう子供たちは社会や未来に対して、人に対してどういう見方をしているのかというのをこれ見たものであります。これが、施設出身の子供ではない、施設出身の子供たち。まとめて言うと、施設出身の子供たちは非常に人に対して、社会に対して信頼性を持っていないということになると。
 虐待が子供たちの脳の構造にどういう影響を与えてくるのかと。これは性的虐待が、受けた子供たちの脳の容積に関する研究でありますけれども、要するに、場合によっては長い期間において子供たちの、子供時代のそういう劣悪な環境や虐待、そういったものは子供の将来を大きく左右する危険性もあるんだと。これは一つの研究でありますので、そういう研究もあるということです。
 子供の貧困については、特に恵まれない子供たちの貧困は一時点の貧困では済まないと。生活環境の改善は長い良い影響を与えて、それは長い間続くんだと。逆に、放置することによって、一時点の子供時代の貧困が人生の選択や考え方に大きなマイナスの影響をもたらして、それが貧困の連鎖につながっていく可能性がありますということでまとめたいと思います。
 最初の私のプレゼンは以上にさせていただきたいと思います。どうもありがとうございます。

発言情報

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発言者: 駒村康平

speaker_id: 9252

日付: 2017-02-15

院: 参議院

会議名: 国民生活・経済に関する調査会