小林雅之の発言 (国民生活・経済に関する調査会)
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○参考人(小林雅之君) 本日は、このような機会を与えていただきまして、誠にありがとうございます。
私、衆議院の予算委員会並びに文部科学委員会でも、給付型奨学金の創設に関連いたしまして意見を述べさせていただく機会がありました。給付型奨学金については、長らく創設が日本ではできなかったんですけど、この度初めてできることになりまして、非常にこの問題に関わっていた者といたしましては感無量であります。
今日は、その関連で、給付型奨学金をつくる必要性であった格差の現状についてまずお話ししたいと思います。その後に、その格差の要因として幾つか申し述べさせていただきまして、その上で、学生への経済的支援、特に給付型奨学金の必要性について意見を述べたいというふうに思っております。どうぞよろしくお願いいたします。(資料映写)
初めに、これは議員の皆様方には申し上げるまでもないことですが、一応確認しておきたいことは、教育の格差がなぜ問題かということになりますと、やはり教育の機会均等が脅かされるという問題であるからです。これは、日本の場合でいいますと憲法二十六条及び教育基本法の第四条に規定されているとおりであります。
これは、ただ、教育法学の方ではいろんな議論があるわけで、教育の機会均等ということについては必ずしも一義的な理解ができているわけではありません。これは公正に関する価値の概念でありますので、様々な考え方があるということです。
世界的に見ても、国際人権規約というものでこのことが、高等教育の場合、漸進的な無償制ということが言われているわけでありまして、日本はこの規約を二〇一二年にようやく批准したというようなことがございます。
ここでは、結果として進学の機会が平等になっていることをもって教育の機会均等というふうに考えます。逆に言いますと、格差があることが機会の均等が実現されていないという状況であるというふうに捉えたいというふうに思っております。
高等教育の場合に関して申しますと、なぜこれが重要かということは、もう一つの問題として、教育の格差の解消というのが社会経済的な格差の解消の前提条件として非常に重要になっているからであります。教育の機会が平等になっていなければ、社会経済的な格差の解消も難しいということがあります。ただ、逆に、社会経済的な格差があるために教育の格差が平等にならないという、こういう循環的な構造になっているということがあるわけです。
その中でも、特に重要な要因として四つ考えられると思います。まず、何といっても第一に学力の問題、これが一番大きな要因であります。それから経済力、これは家計の経済力ですね。それから学習環境、それから教育に対する意欲、アスピレーションというこの四つが非常に重要なものと考えられます。
私がなぜその奨学金の問題に関心を持っているかと申しますと、学力が最大の要因であることは間違いないんですが、学力の格差というのはなかなか解消するのが短期間では難しい、それに対して、経済的な問題というのは奨学金などによって政策的に非常に効果的に短期間で解消できるという性格を持っているからであります。
高等教育の場合で申しますと、もう一つ重要なことは、この教育の機会均等は人材の有効な活用の条件になっているということです。意欲も能力もある者が機会を奪われるということは、その個人にとっても損失でありますけれど、社会全体としてもやはり大きな損失になっているという、そういうことがあると思います。ですから、高等教育政策でも最も重要な理念であるはずです。しかし、現実には具体的な政策は遺憾ながら乏しいと言わざるを得ません。
日本の場合、特に問題になるのは地域間の格差でありまして、これは次にお示ししますが、非常に大きな地域間格差がございます。ただ、このために文部科学省は戦後一貫して非常に努力を重ねてきたということも事実でありまして、にもかかわらずなかなか地域間の格差が解消していない。今度の中央教育審議会でもこのことは大きなテーマになっております。それから、もう一つは育英奨学政策であります。こうした努力にもかかわらず、現実には様々な格差があるわけであります。
初めに、その地域間の格差という点を取り上げたいと思いますが、これは都道府県別の進学率の格差です。御覧になっていただければお分かりのように、最も高い東京と低い鹿児島県では四〇%近い差があるわけですね。非常に大きな格差がございます。先ほど申しましたけど、一九七五年から十五年間は高等教育計画というもので大都市圏における大学の新増設を抑制したために、格差は一旦は縮小しました。しかし、その後こういった政策が取られておりませんので、格差が拡大しているというのが現状です。
次に、男女別の格差ですけれど、これは御存じのとおり、紫のラインですが、女子の四年制大学への進学率が著しく向上しておりまして、その分、短期大学への進学率が減少しております。水色のラインです。これを合わせますと実は女子の方が現在進学率は高いんですけれど、二年と四年という差がありますので、これをどう評価するということは難しいところであります。
今日最も申し上げたいのは所得階層別の格差でありまして、左側は私たちが二〇〇六年に行った調査でありまして、私立大学の進学率について非常に大きな所得階層別の格差があるということが取り上げられて、しばしばこれはいろいろな機会に話題にされておりますが、私が強調したいのはこの赤いラインです。赤いラインは国公立大学でありまして、国公立大学に関しては比較的どの階層にも平等に開かれている、つまり国立大学あるいは公立大学のミッションは全ての国民に教育の機会を提供することでありますから、その役割を果たしていたと二〇〇六年の段階では言えたわけです。
ところが、格差が拡大する中で、私たちが二〇一二年から調査を続けているんですが、これ最新の結果をお持ちしましたが、この赤いラインが高所得層の方に多くなっている、つまり低所得層の方の進学がそれだけ難しくなってきたという状況があるわけです。つまり、格差が生じているということであります。
もう一つ問題だと思っておりますのは、二〇〇六年の段階では、一番上の赤いラインですけれど、中学の成績がいい場合には大学の進学率は所得の低い層でもかなり高かったわけであります。余り差が見られません。これは、子供が成績が良ければ当然進学したいと思うでしょうし、家庭の方でも進学を支えたいということで進学できていたわけです。私はこれを無理する家計と名付けたんですけれど、そういう形で何とか日本は進学の格差というものがそれほど生じていなかった。
ところが、二〇一六年の調査になりますと、やはりその所得の低い層の進学というものが、たとえ成績が良くても難しくなってきている、こういう問題があるわけです。こういったことが格差の非常に大きな問題だろうというふうに思っております。
それから次に、この調査から潜在的な進学者数、つまり進学したいと思っているのですけれど進学できなかった者の数というものを推計しますと、大体五、六万人、年間いるということが分かってまいりました。四回調査やっていますが、余り大きな差は見られませんので、毎年これだけの人が進学を望みながら進学できていない。給付型奨学金がもらえたら進学したいという方もかなりの数が、同じくらいの数がいらっしゃるということであります。
経済的に困難でかつ給付型奨学金があれば進学したいという人が大体年間二万人程度いるというふうに考えられます。この最新の調査、まだこの調査については精査ができておりませんが、最新のデータということでお持ちいたしましたが、この数字が三万人程度と増えております。これは給付型奨学金がちょうどできるという議論がされていたときでありますので、そのことも影響があったのではないかというふうに考えております。いずれにいたしましても、これだけの数の人が進学できていないということが日本の現状です。
次に、その大きな進学格差の原因といたしまして教育費の負担問題を取り上げたいと思います。
誰が負担するかということは、結局は公的な負担でありますか、それとも私的な負担。私的な負担の場合には家計負担と民間の負担。民間の負担というのはどこの国もそれほど大きくありませんので、家計負担ということになります。家計負担の場合にも、厳密に言えば、親、保護者が負担する場合と学生本人が負担する場合というふうに分けることができます。したがって、主に負担はこの三つに分けることができます。
なぜ公的負担しなければいけないのかということなんですけれど、これは先ほど申しました教育の機会の均等の実現ということがありますし、もう一つ大きな問題としては、先ほども申しましたが、社会、経済全体的な効果ということでありまして、これは特に外部効果という言い方をされます。これは、なかなか数量的に把握することが難しい面もありまして余り十分な研究が進められていないんですけれど、教育を受けることによって社会全体が非常に効果があるということを、そこにありますように、健康の増進、犯罪の減少、労働移動、ミスマッチの緩和、あるいは少子化の緩和というようなことで言われているわけであります。
先ほど三つ負担感があると申しましたが、これは国によってかなり考え方が違います。
公的負担という考え方でやっている国は、スウェーデンとか北欧諸国、あるいはフランス、ドイツというような国でありまして、大学の授業料はほとんど無償あるいは非常に少額の登録料を取るというような形式です。教育は社会が支えるという理念の下でやっているということであります。二月にフランスの国民教育省に調査に行ってきましたけれど、教育は社会正義の実現のためだということをはっきり申されておりました。そういった考え方で公的負担をしているということであります。スウェーデンで申しますと、私立大学も含めて一切授業料は取っておりません。
それから、それに対しまして、日本とか韓国というようなところで強いのが親負担主義でありまして、これは教育は家族の責任であるという考え方が非常に強いわけです。先ほど申しましたように、こういった考え方が日本の進学率を支えてきたということも言えるわけでありますけれど、非常に無理が来ているというふうに考えられます。
それに対しまして、学生本人が負担するというのは個人主義的な考え方でありまして、これはイギリス、オーストラリア、アメリカというようなアングロサクソン系の国で非常に強い考え方でありまして、もちろん学生本人がそんなに負担できるわけではありませんので、卒業してから返済する、ローンを借りるというような形式を取る、あるいはイギリスとかオーストラリアのように全て授業料はもう後払い、一切在学中は支払わないという形式を取っているような国もあります。
世界的に見ますと、公的負担がなかなか厳しくなってきておりますので、北欧諸国とかフランス、ドイツなどを除くと次第に今、本人負担主義に移っているというのが大きな世界的な趨勢であるかとは思います。
その中でも日本は特に親負担、家計負担が重い国でありまして、チリに次いで、この図の二番目ですけれど、親の負担、家計負担が五割を超えているような状況になっているということであります。それに続きまして先ほど申しましたアングロサクソン系の国、図の右の家計負担が全くないというのが北欧諸国というふうに、非常に極端に違うわけであります。
しばしば問題にされるのは家計の負担ということなんですけれど、これが一番重いのは就学前教育と高等教育なわけでありまして、どちらが優先順位が高いかということはよく聞かれるわけでありますけれど、教育の効果といたしましては就学前教育の方が高いと思います。ただし、日本の場合、就学前教育がかなり普及しておりますので、どのように支援していくかということは検討する余地はあるかと思います。
逆に、高等教育の場合には、まだ全ての人が進学しているわけではありませんけれど、この図にありますように家計負担が非常に重い。特に、子供が二人以上になりますと非常に重いことになりますので、その辺りのことを議論をしていただければというふうに思います。
それから、もう一つ付け加えておきたいことは、今、学費とそれから生活費が中心になって議論が進んでいると思いますけれど、実は経済学で申します放棄所得という考え方が非常に重要だということです。
放棄所得というのはこの緑の部分ですが、これは高校を卒業してからすぐに働いた人が得られる賃金です。大体二百数十万円です。四年間大学に行くということはこの所得を失っているというふうに考えられるわけでありまして、この金額が非常に大きい。ですから、理想的なことを申し上げれば、教育が無償になってもそれだけでは進学することができない人たちがいます。平たく言えば、高校を出てすぐ働かなければいけないような境遇にある人たちは、たとえ授業料が無償であってもそれだけでは進学はできないということであります。
これは授業料がこれだけ上がってきたということで、これだけ上がっているものはほかにはそれほどないと思います。ただ、この十数年は国立大学の場合安定しております。私立の方も同じように上がってきているということですね。
こういった高額の学費をどのように負担しているかということなんですけれど、今回の調査で非常に驚いたのは、図の緑色の部分ですけれど、これは預貯金の取崩しです。前回の調査でもこれは非常に大きな割合を占めていたんですけれど、日本の場合、入学金を含めて非常に大きなお金が入学時に掛かります。ですから、どうしても学資保険とか預貯金をしていかないと大学に進学することは難しいというような状況になっているということであります。
これは、貯蓄率が子供が大学生の場合にマイナスになっているということですね。
それから、負担割合を今度は生活費で見ると、圧倒的に親からの支援、それから奨学金、貸与奨学金ですが、それが多くなっているということです。
こうした構造に支えられて日本の進学ということはできていたわけですけれど、家計の負担感というのはどんどん強くなっております。所得が減っている中で学費の負担が重くなっているということで、こうした無理が続かないのではないかということが懸念されるわけであります。
以上が格差の現状とその要因なんですけれど、それに対してようやく学生支援の対策が取られてきたということであります。
いろんな方法がございます。学費の無償、低授業料も一つですし、給付奨学金というような在り方もあります。ただ、ここで強調しておきたいのは、日本の奨学金というのは貸与奨学金で、実質的には学生ローンでありますので、これが非常に急速に拡大してきたわけですが、これだけでは問題は片付かないということであります。
これは国際的にも問題になっておりまして、ローンが非常に返済が厳しくなっておりますので、ローンの拡大だけでは問題解決にはならない。ローンを回避すると。つまり、奨学金は教育の機会を拡大するためのものでありますけれど、それが将来の返済の負担を恐れて借りないというようなことが起きているというのが現状です。
これは私たちの調査ですが、図の一番左が所得の低い人ほどやはり将来の返済が不安であるということを申し上げているわけですね。それから、水色の部分ですけれど、これはよく知らなかった。これも大きな問題かと思いますけれど、よく知らないので借りることをためらっているというような現状があるかと思います。
時間が来ましたのであとは簡単に申し上げますけれど、以上のようなことがその新しい給付型制度の創設の背景にあるかと思います。
それから、もう一つ、制度として所得連動型というものを入れております。これは今申しましたようなローンの負担を軽減させるための措置でありまして、所得に応じた返済をするということで、所得が低い間は非常に低額の返還で済むということでありまして、国際的にも非常に優れた制度だというふうに言われておりまして、日本もこの制度を、無利子奨学金だけですけれど、導入したということであります。
各国、どのような状況になっているかということはここに、表に示しております。
日本の例、御存じだと思いますけれど、こういった形で新しい制度が入っております。ただ、一言申し上げたいのは、非常に、どちらか、今までの従来方式、定額型と選択制になりましたので、この選択の難しさという新しい問題が起きております。私は、この問題が将来のトラブルにつながることを非常に恐れておりまして、そのためには、こういった奨学金の返済の仕方について十分な情報の周知、ガイダンスということが必要だというふうに考えております。
あともう一つ、済みません、時間が超過しておりますが、申し上げたいのは、授業料減免という制度もありますので、こういったことを知らない方が非常に大きなわけでありまして、現在三百三十億以上が国立大学には減免として補助がなされております。ですから、こういったことを併せて情報を周知していることが重要であるというふうに考えております。
済みません。時間を超過して恐縮でしたが、私の意見は以上でございます。どうもありがとうございました。