中川雅治の発言 (環境委員会)
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○中川国務大臣 私が環境省で事務次官を務めましたのは、平成十四年一月から十五年七月でございます。
環境省の前身でございます環境庁は、一九七一年に総理府の外局として発足をいたしまして、さまざまな仕事をしてまいりましたが、二〇〇一年、平成十三年の一月に環境庁から環境省へなりまして、ちょうど私はそのときに環境省の総合環境政策局長に就任をいたしまして、職員も大変士気が上がっていた時期でございます。廃棄物対策等の事務が環境省の方に一元化されまして、環境省の仕事が環境庁時代に比べて大きくなった、そういうときでございました。
それから約十五年近くたつわけでございまして、その間に東日本大震災がございまして、被災地の復興、創生が新たな任務として加わったわけでございます。除染、中間貯蔵施設の整備、福島の県民の皆様方の放射線に係る健康管理等の仕事がございます。
そして、独立性の高い三条委員会として原子力規制委員会ができましたが、環境省の外局という位置づけでございますので、予算や人員のサポートをする、こういう仕事が入りまして、環境省ができたときに比べますと、人員も予算も格段に大きくなっております。しかし、それだけに責務が重くなった、責任が非常に重くなったというふうに思っております。
この地球温暖化対策一つをとりましても、環境省ができましたときからももちろん大きな課題でございまして、私自身も、参議院議員になりましてからも精力的に取り組んできた課題でございます。
先月も気候変動枠組み条約第二十三回締約国会議に出席をいたしまして、国際的な発信をしてきたところでございますが、やはり地球温暖化対策につきましても我が国としてしっかりとリードしていきたい、こういう思いでございます。
また、経済成長と環境対策が両立する、そういう社会、経済というものを目指して、引き続き環境行政をしっかりと担っていきたいと決意しているところでございます。