横田早紀江の発言 (北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会)

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○参考人(横田早紀江君) 皆様、こんにちは。今日は参考人として拉致被害者家族の中からお招きいただきまして、ありがとうございます。本当に四十年という年月がたっておりまして、私たちはこんなに長く掛かるとは思ったことがありませんでした。
 石高さんがこのことを話しに来てくださったときに、本当に二十年間の年月がたっておりまして、もうどこに行ったか分からない、もうどうしたんだろうという気の狂うような毎日の中で、本当にこんなところに生きていたんだという、その生きていたという思いがもうどんな大きな喜びだったか分からない、あのときのお訪ねくださったときのことを思い出しますけれども。もう二年ぐらいしたら帰ってくるんですよねと思わず言ったんですけれども、いや、まだ五、六年は掛かるかもしれないよと、どういうわけかそういうふうなお返事がありまして、そんなに長く掛かるんですかと。五、六年といっても、もうとんでもない時間が掛かるんだなと思っていたのが、今日、四十年という本当に長い時間が掛かって、まだ彼らの姿が見えない、本当にどこにどうしているのかということが見えない。もう本当に苦しい思いで待ち望んでいると思うんですね。
 蓮池薫さんもお帰りになってよく御講演をなさっておりますけれども、私は命以外の全てのものをこの拉致によってなくしましたとはっきりとおっしゃっておりますように、もう返ってこないんですね、彼の青春も返ってこないし、いろんな思い、これからこうしたい、ああしたいと思っていたことも全部もう。十三歳からもう五十三になってしまいましたから、あちらの言いなりに育てられてあちらの仕事をしなければならない中で、必死で歯を食いしばって頑張っていると思っております。
 だから、そのような大変な事件が、めぐみや田口八重子さんとか、それから斉藤さんの弟さんとか、もうたくさんの方が、本当に多くの方が次から次からと、こんなに平和な日本の国家の中で、この間からもいろんな船が漂着しておりますけれども、いろんな人が乗っておりますけれども、そういうふうないろんな形で北朝鮮の人たちが中に入ってきて、それは指令を受けているかもしれませんし、どういう人か分かりませんけれども、本当に日本の国家がこんなに無防備であって何にもできていなかったんだということに、私たちはこの行方不明になったことについていろんな学びをさせていただきました。
 一見本当に平和に見えますけれども、こんなに人間の、国民の命がないがしろにされたままで、お母さん早く来てください、助けてください、お父さん早く、元気でいてくださいってみんなが言いながらどこかで一生懸命待っていることをいつも思うと、もう本当に涙も枯れ果てております。新潟のときのような感じで過ごしていたら、今はもうこの場所に私はいなかったと思います。生きてこられたことが不思議です。八十二年間も、もうすぐ二になりますが、六十一歳ぐらいから始めた活動がもう二十年もたってしまいまして、本当にもう考えられないようなことであります。
 たくさんの議員の皆様はこのお仕事のために、国家国民を救うために、平和であるためにそのようなお仕事に就いてくださっていると私は信じておりますし、今までも信じてまいりました。だけれども、余りにも、こんなにすぐ近くの国のことなのに、そこにいるのが分かっているのに、帰ってきた人もいるのに、こんなにはっきりとしたことが分かっているのに、何でそれができないんだろうという疑問がいつも頭の中にありまして、それは今も分かりませんが、本当にこのままでいていいのかなというような思いで、いろいろと悲しい思いをいたします。
 いろんな発言上で、いろんなことを自分の思いで書かれる方とか、新聞とかいろんなところに載せられて、初めて見てびっくりして、こんなことを私は言っておりませんよということがたくさんありますし、そういうふうなことに、家族をこれ以上悲しめないでいただきたいんですね。本当に子供たち全部を救おうという一つの国家としての大きな力を結集していただきたいと、それだけもう今日はお願いしに参りました。
 よろしくお願いいたします。

発言情報

speech_id: 119515253X00120171221_008

発言者: 横田早紀江

speaker_id: 7441

日付: 2017-12-21

院: 参議院

会議名: 北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会