北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会

2017-12-21 参議院 全56発言

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会議録情報#0
平成二十九年十二月二十一日(木曜日)
   午後一時一分開会
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         山谷えり子君
    理 事
                北村 経夫君
                滝沢  求君
                有田 芳生君
                山本 香苗君
    委 員
                青山 繁晴君
                赤池 誠章君
                井上 義行君
                衛藤 晟一君
                島村  大君
                塚田 一郎君
                山崎 正昭君
                大野 元裕君
                白  眞勲君
                柳田  稔君
                石川 博崇君
                武田 良介君
                高木かおり君
                中山 恭子君
                伊波 洋一君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        宇佐美正行君
   参考人
       北朝鮮による拉
       致被害者家族連
       絡会代表     飯塚 繁雄君
                横田早紀江君
                斉藤 文代君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○北朝鮮による拉致問題等に関しての対策樹立に
 関する調査
 (北朝鮮による拉致問題等に関しての対策樹立
 に関する件)
    ─────────────
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山谷えり子#1
○委員長(山谷えり子君) ただいまから北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会を開会いたします。
 議事に先立ちまして、一言申し上げます。
 去る十一日、拉致被害者曽我ひとみさんの御夫君チャールズ・ジェンキンスさんが逝去され、翌十二日、拉致被害者増元るみ子さんの御母堂の信子様が逝去されました。誠に哀悼痛惜に堪えません。
 ここに、皆様とともに謹んで黙祷をささげ、哀悼の意を表しまして、御冥福をお祈り申し上げたいと思います。
 皆様、御起立をお願いします。黙祷。
   〔総員起立、黙祷〕
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山谷えり子#2
○委員長(山谷えり子君) 黙祷を終わります。御着席よろしくお願いします。
    ─────────────
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山谷えり子#3
○委員長(山谷えり子君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 北朝鮮による拉致問題等に関しての対策樹立に関する調査のため、本日の委員会に参考人として北朝鮮による拉致被害者家族連絡会代表飯塚繁雄君、横田早紀江君及び斉藤文代君の出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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山谷えり子#4
○委員長(山谷えり子君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
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山谷えり子#5
○委員長(山谷えり子君) 北朝鮮による拉致問題等に関しての対策樹立に関する調査を議題といたします。
 本日は、三名の参考人の方々から御意見を伺います。
 この際、参考人の方々に一言御挨拶申し上げます。
 本日は、御多忙のところ本委員会に御出席いただきまして、誠にありがとうございます。
 参考人の皆様から忌憚のない御意見を拝聴し、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 それでは、議事の進め方について申し上げます。
 まず、飯塚参考人、横田参考人、斉藤参考人の順序でお一人五分程度で御意見をお述べいただき、その後、各委員の質疑にお答え願いたいと存じます。
 また、御発言の際は、その都度委員長の指名を受けることになっておりますので、よろしくお願いいたします。
 なお、参考人、委員とも御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、まず飯塚参考人からお願いいたします。飯塚参考人。
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飯塚繁雄#6
○参考人(飯塚繁雄君) この特別委員会、今までもう何回となく催していただきまして、この拉致問題を何とか解決しようという勢いでやっていただきました。今日は、もう年の瀬もせっぱ詰まったこの日に行われたということは、明日には延ばさないという、そういったことを感じ取ります。
 皆様、当然ながら、この問題がもう余りにも長い間掛かってまだ解決ができないということはもう御承知のとおりだと思いますが、やはり我々にとっても当然、家族、そしてまた北で待っている家族含めてもう四十年、あるいは三十年、二十年、十五年と、こういうスパンの長い期間を過ごして今いるわけですよね。それでいまだに先が見えない、これが今の実態でございます。
 当然ながら、この問題は、日本人拉致ということからすると、日本政府が責任を持って、我が国民の暮らしと安全を守るためにも率先して解決あるいは奪還、帰国させる当然ながら役割、義務があるはずでございますが、諸般の事情によってなかなか難しい面もあります。だがしかし、私たちはこれを絶対に諦めるわけにはいかないということも事実でございます。
 御承知のとおり、待っている方々も亡くなられ、病気になり、だんだんその数も弱体していきます。しかしながら、それよりも一番今苦しんでいるのは北にいる人たちです。また今年、この冬を乗り越えなきゃならないというところも非常に厳しいと思いますが、そういったことに、被害者を含めたこの問題の解決についてはやはりもっとスピーディーにやっていただきたいというのが本当の私たちの気持ちでございます。
 今般、トランプ大統領が、皆さん御承知のとおり、安保理事会の総会で日本人拉致問題を取り上げ言及しました。これはかつてないことで前代未聞のことでありますが、トランプ大統領については今非常に影響力の強い人でございますので、何かにつけてそのインパクトというのは強く感じる、あるいは感じ取られたでしょう。事実、このトランプ発言については国連各国で取り上げて、マスメディアも含めた取組も盛んに行っております。
 そして、トランプ大統領におかれましては、ちょうど十一月六日ですか、我々と面談をしていただきまして、我々の気持ち、願い、それをもうつぶさに聞いていただきました。まさに膝を突き合わせた形の車座の中で、そういう雰囲気で、彼は非常にこの問題に対して怒りを感じ、それから、我々の気持ちに対して同情も含め、何とかこの問題を解決しなきゃいけないという意気込みと雰囲気を感じ取りました。
 彼はこの問題は安倍総理との緊密な連携の下に解決するために努力をしますというふうにはっきり申しておりましたので、私たちはそれを当然ながら信頼し、期待していくわけでございます。問題は、この問題については当然にそういった流れがある中で、単なるパフォーマンスには終わらせたくないと。この流れを実際に被害者の帰国に結び付くような対策、戦略を具体的に練って徹底してほしいなという気持ちでございます。
 また、テロ支援国家の再指定もしていただきましたし、北に対しては相当なインパクト、圧力になっているはずです。これが北からすれば相当困っている状態になっているはずですが、これが我々が望んでいる日朝の実務者協議に引っ張り出せるような雰囲気と事実が今出ているわけなので、そういったことにまずはつなげていきたいなというふうに思います。
 委員の皆様におかれましても、いろんな面からこの問題はもうほっておけないという雰囲気の中で、もう来年早々、ほかの委員会も含めて、あるいは全ての党も含めて超党派でこの問題に力を注いで、ベクトルを合わせてやっていただきたいというのが今のお願いでございます。
 取りあえず、これで御意見に。
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山谷えり子#7
○委員長(山谷えり子君) ありがとうございました。
 次に、横田参考人にお願いいたします。横田参考人。
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横田早紀江#8
○参考人(横田早紀江君) 皆様、こんにちは。今日は参考人として拉致被害者家族の中からお招きいただきまして、ありがとうございます。本当に四十年という年月がたっておりまして、私たちはこんなに長く掛かるとは思ったことがありませんでした。
 石高さんがこのことを話しに来てくださったときに、本当に二十年間の年月がたっておりまして、もうどこに行ったか分からない、もうどうしたんだろうという気の狂うような毎日の中で、本当にこんなところに生きていたんだという、その生きていたという思いがもうどんな大きな喜びだったか分からない、あのときのお訪ねくださったときのことを思い出しますけれども。もう二年ぐらいしたら帰ってくるんですよねと思わず言ったんですけれども、いや、まだ五、六年は掛かるかもしれないよと、どういうわけかそういうふうなお返事がありまして、そんなに長く掛かるんですかと。五、六年といっても、もうとんでもない時間が掛かるんだなと思っていたのが、今日、四十年という本当に長い時間が掛かって、まだ彼らの姿が見えない、本当にどこにどうしているのかということが見えない。もう本当に苦しい思いで待ち望んでいると思うんですね。
 蓮池薫さんもお帰りになってよく御講演をなさっておりますけれども、私は命以外の全てのものをこの拉致によってなくしましたとはっきりとおっしゃっておりますように、もう返ってこないんですね、彼の青春も返ってこないし、いろんな思い、これからこうしたい、ああしたいと思っていたことも全部もう。十三歳からもう五十三になってしまいましたから、あちらの言いなりに育てられてあちらの仕事をしなければならない中で、必死で歯を食いしばって頑張っていると思っております。
 だから、そのような大変な事件が、めぐみや田口八重子さんとか、それから斉藤さんの弟さんとか、もうたくさんの方が、本当に多くの方が次から次からと、こんなに平和な日本の国家の中で、この間からもいろんな船が漂着しておりますけれども、いろんな人が乗っておりますけれども、そういうふうないろんな形で北朝鮮の人たちが中に入ってきて、それは指令を受けているかもしれませんし、どういう人か分かりませんけれども、本当に日本の国家がこんなに無防備であって何にもできていなかったんだということに、私たちはこの行方不明になったことについていろんな学びをさせていただきました。
 一見本当に平和に見えますけれども、こんなに人間の、国民の命がないがしろにされたままで、お母さん早く来てください、助けてください、お父さん早く、元気でいてくださいってみんなが言いながらどこかで一生懸命待っていることをいつも思うと、もう本当に涙も枯れ果てております。新潟のときのような感じで過ごしていたら、今はもうこの場所に私はいなかったと思います。生きてこられたことが不思議です。八十二年間も、もうすぐ二になりますが、六十一歳ぐらいから始めた活動がもう二十年もたってしまいまして、本当にもう考えられないようなことであります。
 たくさんの議員の皆様はこのお仕事のために、国家国民を救うために、平和であるためにそのようなお仕事に就いてくださっていると私は信じておりますし、今までも信じてまいりました。だけれども、余りにも、こんなにすぐ近くの国のことなのに、そこにいるのが分かっているのに、帰ってきた人もいるのに、こんなにはっきりとしたことが分かっているのに、何でそれができないんだろうという疑問がいつも頭の中にありまして、それは今も分かりませんが、本当にこのままでいていいのかなというような思いで、いろいろと悲しい思いをいたします。
 いろんな発言上で、いろんなことを自分の思いで書かれる方とか、新聞とかいろんなところに載せられて、初めて見てびっくりして、こんなことを私は言っておりませんよということがたくさんありますし、そういうふうなことに、家族をこれ以上悲しめないでいただきたいんですね。本当に子供たち全部を救おうという一つの国家としての大きな力を結集していただきたいと、それだけもう今日はお願いしに参りました。
 よろしくお願いいたします。
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山谷えり子#9
○委員長(山谷えり子君) ありがとうございました。
 次に、斉藤参考人にお願いいたします。斉藤参考人。
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斉藤文代#10
○参考人(斉藤文代君) この度は、参議院の拉致問題に関する特別委員会の参考人質疑に出席させていただき、心より感謝申し上げます。
 北朝鮮による拉致被害者救出に取り組む家族会、救う会は、本年二月に会議を開き、政府に、拉致問題を最優先とし、今年中に全ての被害者を救出することを求めるという運動方針を決めました。しかし、残念ながらその願いはかないそうにありません。毎年同じ言葉になるのですが、私は体の続く限り拉致問題を訴えていきたいと思いますので、来年こそは政府も被害者を救出してほしいと思います。
 また、今月十日、熊本県立大学で行われた平成二十九年度北朝鮮拉致問題解決に向けた講演会において、私は被害者家族の声を訴えました。その話の中で、十一月六日、トランプ大統領と拉致被害者家族が面会したときのことをお話しさせていただきました。とても良い温かい話ができたと思います。トランプ氏は、家族の方々から悲しいお話をたくさん聞いた、拉致された被害者が愛する人々の元に戻ることができるよう安倍総理と力を合わせていきたいと述べられました。
 その熊本での講演会でも紹介していただきましたもう一つの本を、お手元にあると思うんです、資料ですね、「とりもどしたい家族の絆」を参議院の皆様にも目を通していただきたく、お手元に準備させていただきました。四枚の冊子ですが、私が皆様にお話ししていた本を、熊本県知事、熊本県議員、ボランティアの方々などたくさんの方の協力で形にしていただき、皆様に見ていただくことができました。深く感謝しています。
 一ページ目の「薫は家族のたからもの」をちょっと読ませていただきます。
 昭和二十八年六月十三日、薫は私たちの五番目のきょうだいとして生を受けました。女ばかりのきょうだいの中で、薫は父からも母からも良いところばかりもらったのか、おとなしく、よく言い付けも守る子供でした。私の両親は共働きでしたので、私たちは少しでも母の手伝いをしようと思い、一緒に青果市場にお掃除に行きました。おじいちゃん、お掃除させてください。いいよ。掃除が終わると、たくさんの大根やひびの入ったスイカというような野菜をいただきました。私たちはそれを持ち帰って、家でしちりんをおこしながら両親の帰りを待ちました。夕食は、どんなに遅くなっても父の帰りを待って食べていました。時には十時を過ぎることもありましたが、母が、お父さんはお仕事で働いているのだから待ちましょうねと言って、みんなで待ちました。私たちきょうだいは父の膝に座るのが大好きで、先を争って座っていましたが、最後はいつも薫でした。父は、末っ子の薫がかわいくて仕方がないという感じでだっこしていました。
 時間の都合上、ここまでしか読むことはできませんが、拉致はむごいです。薫がいなくなって、父は早く亡くなり、母は数年前に九十二歳で亡くなりました。薫は必ず帰ってくるからと励まし続けましたが、母は息を引き取るまで涙を流していました。残念でした。そのとき、私はこのような別れだけはしたくないと涙がぼろぼろと止まりませんでした。それ以来、薫を助けるまで泣くものかと自分に言い聞かせ、薫を助けるまでは私を生かしてくださいと毎日神様に祈っています。
 お願いです、どうか拉致家族が再会できますよう皆様方のお力をお貸しください。参考人としての証言です。
 ありがとうございました。
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山谷えり子#11
○委員長(山谷えり子君) ありがとうございました。
 以上で参考人の方々からの御意見の陳述は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
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井上義行#12
○井上義行君 自由民主党の参議院議員の井上義行でございます。
 この暮れの忙しい中に、そして寒さが厳しい状況の中でこうやって参考人として出席していただいたことにまず感謝申し上げたいというふうに思っております。
 私がこの拉致問題に出会ったのは、ちょうど二〇〇〇年のときでした。森総理のところに家族の方が来られて、今でもその光景を覚えています。あのときはまだ世間が拉致問題に対して、そんなのはない、こういう状況の中で、必死に皆さんが陳情し、家族と会うのが、今でも何かこっそり会っていたような状況を思い出します。
 そして、この拉致問題に一生懸命取り組んだ政治家がいました。それが今の安倍総理です。私も秘書官として、安倍総理が、こうした世間の厳しい声、政治家の厳しい声を聞きながらも、拉致被害者はいるというところで、何とか政府の重要課題にしてほしいと、就任したときに言われた言葉がその言葉でした。
 そして、この拉致問題をPTで取り上げてやっている間に、総連の問題、様々ないろんなことを取り上げてきました。そして、小泉総理が訪朝し、拉致被害者の一部の方が戻ってきた。そして、金正日委員長が拉致を認め、謝罪をした。そして初めて国民の間にこの問題があるということが分かりました。
 あれからもう十五年がたちました。私も、拉致被害者の子供たちが離れ離れになったとき、北朝鮮に二回訪朝して、交渉して、第二の小泉総理の訪朝に結び付けました。あのときの経験を話すとすれば、北朝鮮と交渉するときには議題設定が一番大事だというふうに思います。北朝鮮は、無条件で話をしよう、こういう提案をしてくるということをよく耳にします。しかし、私が交渉したときには、拉致被害者の帰国について話し合おうということで合意をして北朝鮮に行きました。あのときも安倍総理がチームをつくって、そして被害者を奪還するために極秘でプロジェクトをつくりました。そのうちの一人が中山先生でもあり、今の谷内さんでもあります。
 だから、私は、安倍総理は、被害者の帰国を誰以上に執着を持って、帰国をするためにはどうしたらいいのか、これを念頭に置きながら各国の大統領、首相に対して呼びかけ、そしてこの問題の重要性を訴えている、その一つが今回のトランプ大統領に結び付いたというふうに思っております。
 よく、入口論と出口論があります。北朝鮮は、拉致被害者帰国も果たさない、こういう状況の中で、核は造る、ミサイルはぶっ放す。そうすると、目線がどうしても核やミサイルの方に国際社会は向かっていってしまう。その中で、我々は、その核もミサイルも重要だけど、何よりも今生きている拉致被害者を一番最初にこの議題として設定をしていかなければいけない。だからこそ、この問題は、与党も野党も立場を超えて、日本全体が北朝鮮に向かって、拉致被害者を帰国せよ、こういう運動をしているところでございます。
 この入口論、出口論、様々ないろんな考え方があります。私は入口論にこだわり、そして、北朝鮮との交渉ではその議題に私はこだわってほしいと思っているんです。何回も何回も北朝鮮にだまされる状況をつくってきた。しかし、議題設定をすれば実際に拉致被害者は帰ってきた。だから私はこの入口にこだわっている政治家なんですが、皆様方は、入口だろうがあるいは出口だろうが、拉致被害者を帰ってくればいい、こういうふうに思っていると思います。しかし、私が一番怖いのは、核とミサイルが解決したら、拉致被害者なんかもうなかったよ、こう言われるのは、私は、北朝鮮はスケジュールの中にそういう念頭を置いている可能性はあるというふうに思います。
 だからこそ、この核とミサイルのその入口の前で、まず拉致被害者を帰しなさいと、こういう交渉をしなければならないというふうに思っていますが、その考え方、そしてこれまで安倍総理がこの問題に積極的に取り組んできたことに対して、それぞれの、飯塚さん、横田さん、斉藤さんから意見をお伺いしたいと思います。まず、飯塚参考人からお願いします。
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飯塚繁雄#13
○参考人(飯塚繁雄君) ただいま井上先生のお話を聞いて、ほぼ、九五%私も同感です。これは、一〇〇というのはないかもしれませんけれども、その可能性を占める割合というのは大事だと思いますし、二〇〇二年の日朝首脳会談の反省点も結構あるはずですよね。
 そういったことを、今回、例えば安倍総理が金正恩と会うとしても、きちっとした段取り確認の下に会うことが望ましいと思います。全く白紙のままで乗り込んでいっても、結局向こうのペースに合わさせられるしかないと思いますし。
 今現在も北朝鮮の二〇〇二年の報告がそのまま生きているんですよね。五人生存、あとは死亡ということがそのまま生きているとすれば、それがいわゆる報告書になるわけですから、そういうことは全くあり得ないということの前提で下調べをして、これは活動のやり方としていろいろ、水面下の活動ということもありますけれども、全てそういったことを調査した上で乗り込んでいくというようなことが望ましいと思いますし、安倍総理としてもそのぐらいの覚悟は当然あると思います。
 私たちは、どんな手段でもいいからとにかく帰国してほしい、帰国させてほしいというのが念願でございますけれども、したがって、難しい戦術、戦略あるいは考え方については、もう総理大臣にお任せするしかないんですね。それから、あとは国会議員の皆さん、先生方にお任せするしかない。私たちは、一刻でも早く帰してほしい、もうこの一念です。
 待っている人の年齢も、状態も、北にいる人たちのことも考えれば、我々は今年中にと、本年中に解決せよというスローガンでやってきましたけど、もうあと日がありません。したがって、この今年の活動なり考えを無駄にすることなく、それからトランプ氏の行動、活動も無駄にすることなく、即刻年頭からこの問題に取り組んでいただきたいなと思います。
 活動が、我々が見て見えることが安心なんですね。今、例えば参議院の特別委員会でこういうことをやっているよと。あちこちでいろんな活動をやっていただきます。それから、党派別でもいろんな活動をやっていただいています。先日も希望の党の特別委員会にも出させていただきました。いろいろ御意見もたくさんあるようです。そういった意見を集約というか、なるべくベクトルを合わせた状態で北に向けて発信していくというのが望ましいかなというふうにちょっと思いました。
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横田早紀江#14
○参考人(横田早紀江君) ただいまいろいろなお話、ありがとうございました。
 本当に、井上議員のおっしゃりますように、安倍総理は外交の方で非常に活発に各国に拉致問題を提起をしてくださいまして、今までないぐらいたくさんのところに発信をしてくださっておりますし、いろんな形で私たち家族会はみんな信頼申し上げておりますし、必ず私の手でとおっしゃっている言葉を本当に信じなければ本当に駄目です。家族がみんな信じて、そして頑張ってくださいと本当に一生懸命にお訴えすることが大事なことだと思っておりますので、私たちはそのような状況で頑張っております。
 けれども、この北朝鮮の今の有様を見ますと、初めの頃の、私たちが立ち上がりまして署名活動とかいろんなことに邁進していた頃、本当に北朝鮮のことなんて誰も分かってくださりませんでしたね。そんなことって本当ですか、いや、そんなことする国じゃないでしょうというぐらいの言葉をあちこちで聞いて、署名活動の場でももうほとんどの方が通り過ぎていかれて、何名の方だけが書いてくださるという、それが積み重なって今一千万名の署名になったわけです。だんだんそれが分かってきて、そして北朝鮮の中の、今こそ世界中が、もう手が出せないね、あの国はと、どうしたらいいんだろう、本当にあの人さえ何とか分かってくれれば全てがうまくいくのになとみんなが思うようなところまで来ているんですね。
 だけれども、どうにもならない難しさがあって、大変危険なものを持っておりますし、それを平気で使おうとするような人間でもありますから、そこら辺をやっぱり世界中がよく見て、破滅に導かないように、向こうだけが壊れてしまうわけじゃなくて、そういうものを使われると本当にもう世界中がどんどんどんどん、何というんですか、やられてしまうような形になっていくという、それはもう本当に間違ったことになりますから、それだけはやめていただきたいと私はいつもお願いしておりますし。
 それにはやはり違った難しさがまたあるので、そういうことは私たち庶民には、皆様方のようなプロの方と違って、黙って見ているしかないようなものが父親であり母親であり、助けてください、早くしてくださいと、もうその一念で皆様方を見詰めているだけのもので、自分のできるだけの力で頑張ってはおりますけれども、限界がありますし、だんだんみんな年齢が加わってきましてだんだん弱ってきますので、本当にみんなが元気で、ああ、めぐみちゃんだね、薫さんだね、田口八重子さんだったね、良かったねと一言でも言い合えるようなときに連れて帰っていただきたい、ただもうそれだけなんです、願いは。もうあとは何にもないんです。
 そして、拉致被害というこういう恐ろしいことをされ続けてきた日本が、そのことを後の世に残さないように、積み残さないように、きちっと今の皆様方と私たち一緒になって解決して、はっきりとした段階でこれが良かったねと言うことができないと、やっぱり私はいつも思いますが、後の子供たちの子供たち、子供たちがまだここに住んでいかなきゃならないわけですね、日本の国に。それで、あの国は結局、あれだけみんな、家族がもうあんなに長いこと頑張ったのに何にもできなかったんだねというふうに必ず見ます、世界中が。何て頼りないんでしょうねと。そういうことを思われながらこれからその孫たちが生活していく日本というのは、本当惨めだと思うんですね。
 だから、そういう意味で、もう本当にこれだけは一致団結して、みんな一人も、野心があっても、それはもうこのことだけ、帰してもらう、これだけですということでお願いしていきたいと思っておりますので、どうぞ本当によろしくお願いいたします。
 ありがとうございました。
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斉藤文代#15
○参考人(斉藤文代君) 井上先生ともお会いするのは久しぶりです。本当に長いこと拉致問題に取り組んでいただいていて、感謝しております。
 私は地方の方に住んでおりますから流れというものが余り分かりませんし、この東京の方のですね。だけど、自分でできることは何かということをちょっと考えたりして、地方の方でいろんなことを活動して、大きなことは安倍総理、日本政府の皆様方、先生方にお任せして、必ず助け出してくださるという私は希望、もう信念持っていますから、私ができることをやって待っているしかないという気持ちで今は頑張っているわけなんですね。
 だから、もう本当につらいことばかりですけれども、泣くことは余りしないようにして笑顔で、私が笑っていれば向こうも笑っているという気持ちで日々暮らしておりますので、早く早く助けて、家族をみんな助けていただいて、みんなで良かったと抱き合える日が来る日までもう私も絶対に頑張っていきたいなという気持ちでまた、今年は短いですけど、来年も自分で体を調整しながら頑張っていきたいと思っていますので、どうか皆様方にも本当にお力を貸していただいて、よろしくお願いしたいと思っております。
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井上義行#16
○井上義行君 終わります。
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有田芳生#17
○有田芳生君 有田芳生です。お疲れさまです。
 私は、まず、質問する自分の立場、スタンス、そして皆さんに対する思いをお伝えをしたいというふうに思います。
 鎌倉の建長寺に映画監督の大島渚さんのお墓があります。そこに大島さんが大好きな言葉が刻まれております。明石海人という人の短歌なんですけれども、深海に生きる魚族のように自らが燃えなければどこにも光はない。海の深い底にいる魚たちが、自分たちが燃えることによって周りに光を与えていく、このことは大島さんの人生訓でもあったんですけれども、私は、失礼ながら、被害者御家族の皆様方のこの長い年月を拝見をしてきて、やはり、皆さんは政府あるいは政治家に対してお願いをする立場である、だけれども、同時に、もはや時間がない状況の下でなるべく思いのたけを政府や私たち政治家にも語っていただきたいというふうに思っております。
 その立場で、まず横田参考人にお聞きをしたいんですけれども、トランプ大統領に皆様方がお会いをしたときに、私が聞いている限りでは一人一分しかお話をする時間がなかったというふうに伺っておりますけれども、横田参考人は、十一月十五日、めぐみさんが北朝鮮によって拉致をされた四十年目の記者会見のときにこう語っていらっしゃいます。被害者には元気でいてほしいので、安倍晋三首相とトランプ大統領が何とか戦争が起きないように考えていただき、ぎりぎりのところで良い知恵が与えられて解決に向かってほしい。そのような記者会見の内容だったんですけれども、今朝の新聞を見ても、今にも米朝が戦争になるかのような本が立て続けに発売をされて、あるいは国際報道としてそういう状況が続いている中で、もしトランプ大統領ともう少し時間を取って話をする機会があったならば、横田参考人はどんなことを大統領にお伝えしたかったんでしょうか。
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横田早紀江#18
○参考人(横田早紀江君) あの日はちょっと、先ほどもお話ししたんですけど、風邪を引きまして、四日前にもう全く声が出なくなりまして、もうその日に大統領にお話ができるかなという非常に心配をしておりまして、出かけました。
 それで、やっぱり国連でのお話をしてくださったこと、拉致問題について、日本にこのような少女が、拉致をされている人がいるんだということをお話ししてくださったことに対しての、本当に私は感動しましたので、お礼を申し上げましたのと、お忙しい中で今日時間をつくっていただいて、家族に会っていただいてありがとうございますと。そこまでは一生懸命何とか絞り出して言ったんですが、目の前にいらっしゃいますし、せきも出そうな感じですし、余り失礼かなと思って、もうそれ以上ちょっと声が余り出そうにないので、もうこれで結構ですと言いました。そうしたら、もういいんですかと政府の方もおっしゃったんですけど、ちょっと済みませんと言って、もうそれで黙ってしまったんですが。
 どういうふうにお話をしていいかとおっしゃると、私も、こんな難しい問題を、どうしてください、こうしたら絶対良くなりますよとか、そんな知恵もありませんし、どうしていいか分かりませんけれども、やっぱり一番怖いのは戦争、戦争にならないことを私は願っております。
 どこの国もやっぱり戦争はしちゃいけないと思っておりますので、戦争にはならないようにしていただきたいということと、そして、トランプ大統領も後でおっしゃっていたように、こんなに年少な子供、未成年まで拉致をして自分の国にとどめ置いて帰してこない、姿も見えないようにしている、そして家族の人たちは四十年間も悲しみ苦しんでいる、こんなことがあってはいけないとはっきりとおっしゃってくださっておりますので、そういった人道的な意味でちゃんと捉えてくださっていると思っておりますので、その後のことは、やっぱり日本の総理大臣、そしてトランプ大統領、いろんな各国の大統領も、いろいろと意見の違う方もありますし、国々によって違いますから、非常にこれは一つにしていくのは難しいんだなといつも思っておりますので。
 どんなことと言われても、もうただ、皆、犠牲になった者たちの命を助けてくださいと私たちは立ち上がったんです、最初。そんなところに連れていかれたなんて思っていなかったんです。どこに行っちゃったんだろうと思って捜し回っていた子がそこにいて生きていたんです。そして、蓮池さんたちも生きて、一緒になって写真を持って、お母さん、お父さん、みんなと、この子を助けてくださいと署名活動も何度も訴えてやっていた方が本当に帰ってこられたんですね。もう完全な現実なんですね。真実だったんです。そのことが本当なんですということを分かってくださったことがこの間のことだったので、それはもう、一人のお父様として、私たちも両親ですから、どの方もみんなそうですから、本当にそんな大事な子供を奪われたままで何にもない、見えない、息遣いさえ聞こえないという四十年というものを本当に御理解いただきたいと思います。
 だから、言葉に出して、どう思った、どういうふうに言ったらいいですかとか、そういう論理的な問題で私たちはもう申し上げることができませんし、帰してくださいとただ言っているだけなので、それは政府がしていただくことだと思っております。済みません。
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有田芳生#19
○有田芳生君 本当に限られた時間なので申し訳ないんですが、やはり横田参考人にお伺いしたいんですけれども、十一月十五日の記者会見の中で私驚いた表現がありました。早紀江さんはこう語っていらっしゃる。ありとあらゆることをして訴えてきました、政府は一生懸命知恵を練ってくださっていると思いましたが、四十年たっても何も分からない状況に、一体何だろうか、信じてよかったかの思いが家族にはありますと、そう会見でおっしゃっていた。
 同じく、十二月六日に神奈川新聞のインタビューに答えられた中で、七日付けなんですけれども、政府の本気度が見えないことが北朝鮮には伝わる、本来なら首相が乗り込んででも解決すべき問題なのに。その流れの中で早紀江さんが、北朝鮮に行けと言われたら最後の力を振り絞ってでも行きたい、そして金正恩に対して帰してくださいと言いたいと、そういうインタビューなんですけれども、やはり政府なり私たち政治家に対する、一体何なんだと、信じてよかったんだろうかという思いというのはやはり率直なところでおありなんでしょうか。
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横田早紀江#20
○参考人(横田早紀江君) これは私一人の意見ではなくて、私たちがあちらこちらで活動しております中で、年ごとに国民の方々が今のような形ではっきりとおっしゃることが多くなりました。本当に日本って何しているんでしょうねと、こんな大変な問題、大問題だし、もう大変な命の大事な問題、これだけの命が奪われているのに、それが帰りたいと思っても帰れないと。それで、これだけのみんなが活動してみんな応援もしているのにどうして何にも動かないのかということは皆さんのそれは思いなんです、日本中の思いなんです。
 私は有本さんのお父様もよくお話ししますが、本当に、北朝鮮に行けと言われたら僕はいつでも行ってでも帰してくれと言いたいよとおっしゃいます。私もそうですよ、同じですよと、元気でいれば、今だったらそれはできますねという話をしておりますようなことを、そのような形で言ったことがああいうふうに書かれているわけです。
 そして、もう一つ何でしたっけ、何だかに載っていた、神奈川新聞ですかね。
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有田芳生#21
○有田芳生君 はい。
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横田早紀江#22
○参考人(横田早紀江君) それが今のことですね。私が自分で行きたいと思っていますと言ったわけじゃなくて、政府がそういうような形で、家族が本気で言うように、一緒に行こうというようなことでもあれば喜んで行きますと言ったことがああいうふうに載っているので、それは違うんじゃないかということで、抗議をしなさいと息子からもメールが来ていたんですけど、もう面倒くさいことをぐちゃぐちゃ言いたくないので、もう何を思っていただいても結構ですよということで私は何にも言いませんでしたけど。
 そういうふうに、一つ一つの言葉を私たちはもう本当に必死で言っていても、いろんな形でそういうふうに取り上げられなきゃならないような状況の中におりますので、何十年もそれをこらえてきました。
 本当に、でも、良くしていただいてきたと思います。皆さん方に本当に助けていただいて、温かい御支援の中で今日までが来られたということは本当に感謝しております。
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有田芳生#23
○有田芳生君 飯塚参考人に、最後になると思いますけれど、お聞きをしたいんですけれども、安倍総理が最近出たある雑誌のインタビューの中で、トランプ大統領と会ったときのことをこう語っておられます。トランプ大統領来日時に、拉致被害者家族の方々ともお会いいただきました。その次なんですけれども、これは、被害者の救出に米国が明確にコミットしてくれたということだと思っております。
 被害者救出に明確にコミット、関与をする、参加するという約束をしてくれたと総理はインタビューに答えていらっしゃるんですけれども、トランプさんとお会いしたときにそういう発言というのは実際にはあったんでしょうか。あるいはサジェスチョンのようなものは感じられたんでしょうか。
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飯塚繁雄#24
○参考人(飯塚繁雄君) 安倍総理がそういうコメントをしたということは、安倍総理の思いがそのまま出たというふうに私は思っています。
 私の印象としては、その言葉は直接聞かなかったですけれども、実際に聞いたのは、安倍総理と緊密な連携を取りながら日本の日本人拉致問題を解決するべく努力をしますということをはっきり言っていました。だから、その言葉に私たちはある意味期待と信頼は持っているわけです。
 そうはいっても、お互いに言った言わないという話もありますけれども、そういった一連の流れが、単にこういうことがあった、ああいうことがあったというだけで、それから、こうやったああやったということだけに終わらせることなくて、やはりお互いのその気持ちを含めた、あるいはそういった発言を含めた上での対策を具体的に練ってもらいたいというのはもう気持ちなんですね。
 ですから、言葉の端々にはいろいろ疑うべきことがあるかもしれませんけれども、総じてこの問題は安倍さんと連携して努力するというふうにはっきり言っていましたので、私たちは、いや、そうじゃないだろうということは全く言えませんし、あるいはそれについて細かい質問やら意見やらは出せない状態ですし、その言葉を信じて注視していくしかないというふうに思っています。
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有田芳生#25
○有田芳生君 斉藤参考人、お話伺うことができなくて申し訳ありません。
 終わります。
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石川博崇#26
○石川博崇君 公明党の石川博崇でございます。
 本日は、三名の参考人の皆様、お忙しい中、また肌寒い中、遠路よりこの参議院特別委員会にお越しをくださいましたことを改めて感謝を申し上げたいというふうに思います。
 ただいま三名の皆様からまさに悲痛な叫びにも似たお訴え、胸をえぐられるような思い、ここにいる委員一同共有をさせていただいたというふうに思います。改めて、一日も早い拉致被害者の皆様の全員の帰国と家族の皆様との再会に向けて全力を尽くしてまいりたい、その決意を新たにしたところでございます。長い年月、余りにも長い年月を経る中で、被害者の皆様、また御家族の方々も高齢となられていることもありまして、もはや一刻の猶予もならないというふうに思っております。
 今日は、この一年、年末、十二月でございますので、振り返って、今年一年間の活動、そして歩みというものを総括をして、来年の運動、また活動、また政府の取組に生かしていく、そういう場に是非させていただきたいというふうに思います。
 本年は、めぐみさんが拉致されて四十年、また家族会が結成されて二十年、そういう節目の年でもございました。また、二〇〇二年に五名の被害者の方が帰国されてからちょうど十五年という、そういう年でもありました。残念ながらそれ以来一名の方も御帰国されていない、そういう状況にあるわけでございますが、日米間におきましては、今年二月に日米首脳会談が行われて、拉致問題の早期解決について完全に一致をして、日米間の文書として、首脳間の文書として初めて拉致問題の確認が行われました。
 また、先ほど来話が出ておりますとおり、アメリカとして北朝鮮をテロ支援国家に指定があり、九月のトランプ大統領の国連総会一般討論演説における拉致問題への言及、そして十一月の大統領訪日時の御家族の皆様との面会、国内でも拉致問題が大変大きくクローズアップされた年ではなかったかというふうに思います。
 そうした年を振り返りまして、三名の皆様、お伺いをしたいわけでございますが、まず飯塚参考人にお伺いしたいのは、先ほども出ておりました、今年二月の新運動方針の中で今年中に拉致被害者を救出することということを初めて盛り込まれたわけでございます。
 残念ながら、この今年中という期限がもはやあと僅かになっているわけでございますが、ここに至った現時点でのお気持ちと、そして、今年一年を振り返って、来年の新運動方針、まだちょっと早いかもしれませんけれども、どのようなことを考えていきたいか、家族会の代表として御意見をお聞かせいただければと思います。
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飯塚繁雄#27
○参考人(飯塚繁雄君) 私たちの活動、救う会全国組織と一緒に毎年方針を決めながら、具体的な活動も決めながらやってきました。毎年、今年こそはという言葉を付けていたんですけれども、もう言葉がなくなりました。今年は、本年中に解決をという強い要望を前に出しまして、これを受けまして、各国会の議会の先生方も、それから政府筋も、それから内閣府も含めて、何とか今年中にという言葉が活動の中に入っていたということを私は実感しています。したがって、そのおかげで通年よりはこの問題を何とかしなくちゃという気持ちが表れた年ではないかと思います。
 また、来年、もう一月の二十一日にまた総会やって方針決めますけれども、その中では、どういう言葉を使うかまだちょっと問題は残っていますけれども、やっぱり今年のこの盛り上がった活動をうまく利用してというか使ってというか、あるいはてこにして、来年、即効果のある活動にしたいということは考えています。
 当然ながら私たちにできることは限られていますけれども、いろいろ要請するに当たっても、我々の気持ちしか言えないながらも、若干こうした、前回まではこういった経験があってこれは失敗したと、ここのところはこうした方がどうですかねぐらいの話はできると思うんですね。
 その大きな一つは、二〇〇二年の小泉訪朝のあのときの状況ですね。あれは私としては失敗だったと思っています。というのは、あのおかげでその他の被害者が全部消えてしまったわけですね、切られてしまったわけです。その後、何の協議も進展もなく今日まで来ちゃったわけです。あれをひっくり返さなきゃならないわけですね。
 そういったことも含めて、具体的にこれから政府が動くとしたらば、そういう今までの苦い経験もあるはずなので、そういった面からでも、ちょっとした御意見も申し上げながら携わっていただきたいと、しかも早くという思いで、今年の経験を来年に即生かすという気持ちで今います。
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石川博崇#28
○石川博崇君 ありがとうございます。
 ちょっと時間も限られておりますので、横田参考人と斉藤参考人に併せてお伺いをしたいと思います。
 先ほど申し上げましたとおり、今年は日米間でも大きな動きがあり、また文書でも初めて確認されるなど、また被害者の皆様もトランプ大統領との面会等がございました。トランプ大統領との面会等を通じて、また今年一年間の動きを通じてどのようなことを率直に感じておられるか、また、政府の様々なサポート体制あるいは情報提供体制、こうしたことについて御要望等があれば率直に御意見をいただきたいというふうに思います。
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横田早紀江#29
○参考人(横田早紀江君) 先ほども申し上げましたように、私たちはもう長い年月、この救出活動に携わって直接頑張ってまいりました。家族会と救う会と国民の皆様と一緒に立ち上がってきましたが、本当に初めの頃の無関心さというか、北朝鮮がそんなことをする国じゃありませんよと、全くそんなことは信じられないことですよというところから始まった。
 そのときに、こんなことが起きているのに、これだけの人がいなくなっているのに、どうしてみんな国民はこんなに無関心なんだろうともういたたまれない思いで叫んでいたのを思い出しますが、それからずっとこの長い年月の経過を見ますと、やっぱりワシントンに行ったりジュネーブに行ったり、スイスのジュネーブ、拉致のことを訴えるために行ったりとかいろんなこともさせていただきながら、あらゆることをして頑張ってきたことが、国民の方と一緒に動いてきたことが、この拉致問題ということが実際に本当にあったことで、大変なことが起きているんだということが今はもう本当にほとんどの国民の方は分かってくださって、中学校とか大学にも講演会なども行かせていただきましたし、本当のことだけを私はお知らせしたいというだけで生きてきました。
 だから、自分が経験した、こんな悲しいことが本当に日本で起きているんですよ、どうお思いですか、あなたがもしこうだったらどうなさいますかという訴えからして、一人一人が、みんな日本人ですから、あなたのお子さんがこうだったら、四十年でも五十年でももう何も考えないで助けてあげてくださいと運動なさいますかと、いつもそれは話します。もういいですよ、もうあの子は、五人も兄弟がいますから一人ぐらいもうしようがないです、こんな運命だからと諦めますかということも訴えていますし、そこのところで私たちはもう、その子を取り返したい、何であんなに一生懸命生きていたかわいい子が、元気だった子が、みんなに優しかった子がこんな目に遭わなきゃならないのかというこの悲しさがいたたまれないんですね。もっと苦しいんです、向こうは。何でこんなところに入れられているんだろう、どうしてこれ以上物が言えないんだろう、何で朝鮮語ばかり話さなきゃならないんだろう、日本の国って何にもしてくれてないのかなと思っていると思うんですね。
 だから、その点は本当にもういつも思いながら来たわけですが、あの頃から思えば、長い四十年でしたけれども、本当に今一つの大きな形に、拉致問題、北朝鮮問題がしっかりとみんなの目に、世界中に捉えられるようになったということは非常に有り難いことだと思っております。
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