浜地雅一の発言 (安全保障委員会)

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○浜地委員 公明党の浜地雅一でございます。
 私も、与党として、十五分時間をいただきました。
 今お手元に、前回の南スーダンの特別防衛監察を受けて、その結果とともに発表されました再発防止策のポイントをお配りしました。これは、小野寺防衛大臣が二回目の大臣になられて初めてのお仕事が、この再発防止の徹底策を国会の場で説明する場だったというふうに思っています。
 この一の(二)のところで、やはり、常々言われておりますが、とにかく日報の管理は統幕の参事官に一元管理するんだと。今回さまざま出てきたイラクまた南スーダンのものというのは、その一元管理の過程において出てきたものでございますので、大臣が二回目の防衛大臣として初めて取り組まれた大事な再発防止策に沿って今回は日報が集まってくる。しかも、これまではやはり、日報がどこにあるかわからないという中で、言葉の弊害はありますが、少し怖がりながら、全体がわかるまで出さなかったことを、小野寺防衛大臣は、とにかく悪い情報であってもすぐ出すんだ、国民の皆様方に説明するんだという姿勢については、常々答弁でも申し上げられておりますが、私は、国会での答弁を拝見していて、そのことを感じております。
 ただ、国民の皆様は、毎日毎日日報が出てくるので、何といいますか、すごく悪いことが起きているように思われます。これはもうイメージだからしようがないんですが、そのイメージの悪化も含めて、とにかく出てきたものはすぐ出して説明をするという姿勢なんです、小野寺防衛大臣は。ですので、ここはまさにうみを出し切っている最中で、苦しいとは思いますが、ぜひこの姿勢を貫いていただきたいというふうに、私はまず冒頭お願いを申し上げたいと思っています。
 しかし、イラクの日報が出てきた件については、経緯についてはやはり私も細かくちょっと聞きたいところがございます。
 残念ながら、陸自の研究本部で三月二十七日にイラクの日報が発見された、これを既にセンター長は知っていたということなんですね。これに対して、四月四日の大臣のブリーフィングでは、いわゆる南スーダンの特別防衛監察の過程の中で見つかったから、イラクの日報というものについては少し意識が薄かったんじゃないのかなというような説明もされたというふうに私は記憶をしております。
 しかし、私もそうだというふうに最初は理解しました。やはり、特別防衛監察の中で南スーダンのものを捜すんだというときにイラクの日報が出てきている、なので報告ができなかったということは一定の理解は示すんですが、ただ、三月二十七日に再び情報公開請求があって、三月三十日、発見後に再びイラクの日報はないと答えてしまったんです。これは、だから、研究本部のどこまでの誰までが共有をしていて、誰がこの開示請求に対して答えたのかということは調べなきゃいけないんですが、私、そう思うと、実は、三月の二十七日の前からこの日報の存在がもしわかっていたとすると、これは南スーダンと同じことになるんですね。
 特別防衛監察を経て、だんだん防衛省が変わりつつある中で発見されたものと、やはりその前に、前回、南スーダンのものは廃棄と言ってしまって、実は後から出てきて、NHKの報道もあり、大問題になったわけでございます。
 ですので、三月二十七日の、特別防衛監察が入るその前から実は存在していて、これをないと答えていたのであれば、私、与党といえども、ちょっと厳しい指摘をしなきゃいけないと思っています。
 ですので、三月二十七日に研究本部でイラクの日報が発見された。三月二十七日というこの時点については断定されていますが、なぜこれは断定できるんですか。もうちょっと前に発見されたというふうには、調べられますでしょうか。

発言情報

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発言者: 浜地雅一

speaker_id: 20553

日付: 2018-04-12

院: 衆議院

会議名: 安全保障委員会