菊池馨実の発言 (厚生労働委員会)
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○菊池参考人 早稲田大学の菊池でございます。
私は、社会保障審議会生活困窮者自立支援及び生活保護部会委員として、今般の法案のもとになった審議会での議論を踏まえ、生活困窮者自立支援法を中心に、若干の意見を述べさせていただきます。
生活困窮者自立支援法は、平成二十五年、増加する生活困窮者に対し、生活保護受給に至るまでの段階で早期に支援することにより困窮状態からの脱却を図ることを狙いとして成立いたしました。相談支援を事業化し、いわゆるソーシャルワークを法的に位置づけたことが重要であります。こうした仕組みは、以下述べますように、日本の社会保障制度の歴史的展開過程の延長線上に位置づけられるものであります。
一九四二年にイギリスで発表され、イギリスのみならず日本の社会保障制度の発展にも影響を与えたいわゆるベバリッジ報告書によれば、社会保障という用語は、失業、疾病若しくは災害によって収入が中断された場合にこれにかわるための、また老齢による退職や本人以外の者の死亡による扶養の喪失に備えるための、更にまた出生及び結婚などに関連する特別の出費を賄うための、所得の保障と捉えられました。伝統的に社会保障は、一つには困窮の原因となるべき一定の社会的事故ないし要保障事由の発生に際してなされる、二つ目に所得の保障ないし経済保障を中核として捉えられてきたわけであります。
その後の発展過程において、社会保障の捉え方も変化し、予防、治療、リハビリテーションから成る一連の過程を捉えた医療保障の理念が一般化しております。また、所得水準にかかわりなく、生活上のハンディキャップに対し、所得水準にかかわらず普遍的なサービスを提供する社会福祉の概念も一般的となってございます。ただし、現在でも医療や社会福祉サービスと費用負担の問題とを切り離すことはできませんし、社会的事故あるいは要保障事由の発現を契機とする社会保障という捉え方は、現在でも基本的に維持されております。
こうした社会保障の伝統的な理解に対して、その限界が明らかになってまいりました。
第一に、要保障事由の発生に際しての公的給付という社会保障の捉え方の限界が明らかになっております。こうした事故ないしリスクに着目した捉え方は、貧困や生活困窮をもたらし得るリスクの発生という、いわばマイナスの事態に対する保障という側面に着目した捉え方であります。しかし、こうした捉え方では、人々の発達や成長に向けた支援、サポートといった積極的な意味での保障を規範的に支える論理となりがたいわけです。しかし、今日的に求められているのは、貧困に陥らないという意味でのセーフティーネットの確保にとどまらず、人々が能動的かつ主体的に生きていくための積極的な公的、社会的支援でもあると思われるわけです。
第二に、所得保障やサービス保障といった従来の社会保障の保障方法の限界も明らかになってきております。こうしたいわば実体的な社会保障の捉え方は、所得再分配を通じた経済的貧困への対応や、医療、介護などのニーズへの対応を念頭に置くものでありますが、こうした物質的なニーズの充足では対応できないいわゆる社会的排除に対処する必要性を十分に説明することができないわけであります。
これに対して、最近では、社会的排除に対する社会的包摂が重要であることが広く認識されるに至っております。こうした社会的包摂策により、稼働能力がある場合には、最終的に雇用労働につくことを通じて、生計の維持とともに自己実現を図るための基盤を確保することが可能となってまいります。また、雇用労働に至らなくとも、中間的就労などを含む社会的活動を通じて社会とのつながりを確保し、社会の一員であることの自尊の感覚を持つことが可能となってまいります。
このように、社会保障を年金や手当などの所得保障や医療、介護などのサービス保障といった実体的な給付、いわば所得再分配的な二十世紀型社会保障で捉え切ることの不十分性が明らかになってまいりました。すなわち、定型的な要保障事由の発生に際しての国の所得再分配機構を通じての物質的な給付だけでは、さまざまな生活上の困難を抱えた個々人の自立に向けた積極的な支援とは必ずしもなり得ないわけであります。そこで、個別的かつ包括的な福祉的相談支援の重要性が認められるに至ったわけです。
こうした相談支援を、金銭やサービスなどの従来型の社会保障給付と有機的に関連づけて、あるいはそれ自体、単体として本格的に展開していくことが、二十一世紀福祉社会の目指すべき方向性であると考えられます。
生活困窮者自立支援法による相談支援は、従来の社会保障制度の所得再分配メカニズムを通じて、経済的貧困への対応が一定程度図られた後、そうした国家レベルでの対応の網の目からこぼれ落ちた人々の困窮に対し、地方レベルで、個々人のニーズに合わせてオーダーメードで支援していくための画期的な仕組みとして評価でき、それは戦後日本の社会保障の歴史的到達点と位置づけられるものであります。
今回改正は、生活困窮者の自立支援という観点から相当の前進を図るものと評価できるものと考えております。
まず、基本理念、定義の明確化が図られました。
注目されるのは、第一に、法三条の定義規定において、「生活困窮者」を、従来の「現に経済的に困窮し、最低限度の生活を維持することができなくなるおそれのある者」という文言の前に、「就労の状況、心身の状況、地域社会との関係性その他の事情により、」という文言を置いたことであります。
依然として経済的困窮が前提ではありますが、それをもたらす要因と関連づけることにより、法解釈上、経済的困窮の度合いが相対化される余地を生じたと言えます。問題の背景事情を踏まえた早期の予防的な支援も法の枠組みの中で行いやすくなると考えられ、このことは、生活困窮が経済的困窮との関連でのみ捉えられるものではないという社会的排除の本来的な捉え方からは一歩前進と評価することができます。
第二に、基本理念をうたう新設の二条二項で、生活困窮者に対する自立の支援は、地域における関係機関及び民間団体との緊密な連携その他必要な支援体制の整備に配慮して行わなければならないと規定した点であります。必ずしも文言上は明確ではありませんが、この点は、生活困窮者への自立の支援と並んで、この法律のもう一つの狙いである地域づくりを法文化したものであるということを強調したいと思います。
次に、生活保護法との連携が図られた点も重要であります。審議会でも、生活保護に至る手前で困窮者制度が支援を行い、支え切れない場合は生活保護を受給するという従来のイメージではなく、生活困窮者支援制度から生活保護受給につながった後、生活保護受給により生活を整えて、保護から脱却する場合もしばらくの間生活困窮者支援による支援をするなど、切れ目のない一体的な支援の必要性が強く主張されております。
今回改正でも、生活保護法八十一条の三、自立支援法二十三条に情報提供、助言等に係る連携規定を置いてございます。
生活保護受給に陥るのを食いとめ、その前の段階で早期に支援することにより、困窮状態からの脱却を図るだけでなく、生活保護との連携による一体的な支援という方向性を打ち出すことにより、実施主体である自治体の取組がより一層促進されることが期待されるわけであります。
このほかの改正事項を含め、審議会での各委員の建設的かつ熱い議論を前向きに受けとめた上での相談支援の包括的基本法に向けた一歩として、今回の改正法案を積極的に支持したいと考えてございます。
以上でございます。ありがとうございました。(拍手)