井野俊郎の発言 (法務委員会)
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○井野委員 いろいろ、ここの部分も政策的な判断が働いているのかなというふうに私も思います。
やはり、飲酒についても、いろいろな社会の情勢であったり、さまざまなものからして、今後もちろん議論になる余地もあるのかなというふうに思いますし、私はこれで、個人的な事情は別にして、やむなしというふうに思っておるところでございます。現に大学生がコンパでアルコール中毒になられて亡くなったという報道等も目にしますと、やはり一定の心理的な制限としてのこの法律の存在という意味はあるのかなというふうには思っております。
今回、二十から十八歳ということで、年齢、ある程度この数字での区切りというものは、これは必要なんだろうと私も思います。ただ、なかなか、この成人年齢というもの、数字で区切るということでありますけれども、先ほど来いろいろ議論をしていく中においてやはり感じるのは、ある程度政策的な判断といいましょうか、明確な、例えばこの年齢、年じゃなければならないというような、そういうものはないのかなというふうには感じております。
時代によってももちろん変わります。例えば、昔は元服というのがある意味成人というふうなことを言われていましたけれども、元服は十五歳だと。これは、江戸時代、明治前までは十五歳でございました。それから二十になり、今回十八歳という形になります。
これだけ時代によっても異なりますし、社会情勢、当然、昔に比べて、昔は子供は労働力になっていた。農業をやっていく家においては労働力になっていた。だから、少しでも早く働いてもらいたい、大人になってもらいたいという願いがあった。他方で、今は社会が複雑化している。そういった中では、今、そういう例えば十五歳で教育も受けずに社会に出てしまうといろんな弊害がある。大人たちに食い物にされるといいましょうか、害されるおそれがあるというような、そういう社会情勢の変化もございます。
私がちょっと一つお伺いしたいのは、年齢で区切っていくという中において、例えば、法務省の中でもいろんな年齢で制限している法律があるかと思いますけれども、二十だとか十八とかそういった年齢で区切った法律とかにおいて、必ずこの年齢は動かせないんだというか、そういうもの、いわゆる政策的な観点がなく、これは科学的根拠、ないしは、こういった理由で動かせないんだというものがあるのかどうなのか、ちょっとその点を教えていただけますか。