阿部知子の発言 (本会議)

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○阿部知子君 立憲民主党の阿部知子です。
 私は、ただいま議題となりました予算委員長河村建夫君解任決議案につきまして、立憲民主党・市民クラブ、希望の党・無所属クラブ、無所属の会、自由党、社会民主党・市民連合の五会派を代表し、提案の趣旨を説明いたします。(拍手)
 まず、案文を朗読いたします。
  本院は、予算委員長河村建夫君を解任する。
   右決議する。
 以下、その理由を申し上げます。
 日ごろより、大変温厚かつ誠実なお人柄と、社会的弱者に対する深い共感を示す政治家として、与野党を超えて人望を集めてこられた河村委員長に対して、こうした決議の提案をせざるを得ないことを心から残念に思います。
 今般、河村委員長は、平成三十年度の一般会計と特別会計の予算案審議に当たり、職権による理事会、委員会の開催を強行し、さらには、野党側に同意を得ることもなく、その予算案の採決を強行するなど、あるまじき委員会運営をされました。言語道断と言わざるを得ません。
 この予算委員会審議に当たって、五会派は、予算委員会の審議で判明した、立法府のありさまをゆがめる余りにずさんな行政データとその恣意的解釈の是正を要請してまいりました。
 その声に耳を傾け、立法府としてのあるべき公正な姿を目指すべき河村委員長は、十分な説明責任を果たさず、真摯に問題の指摘に向き合おうとしない安倍官邸、ひいては、国会で多数をなす自民党、公明党の意向をそんたくしてか、公平公正な審議の確保を怠られました。その委員会運営のやり方に対して、まず、断固として抗議いたします。
 今日ほど、立法府のあるべき姿とは何かが問われているときはありません。その姿とは、国民に期待されている重要な三つの柱から成り立つものと考えます。第一に立法、第二に行政監視、第三に予算審議です。繰り返します。立法府のあるべき姿とは、第一に立法、第二に行政監視、第三に予算審議です。果たして、今百九十六国会の予算委員会のありさまは、その期待された三つの柱を揺るがせるものとなっております。
 河村委員長は、本来、その期待された三つの柱をしっかりと支えるべきお立場でありながら、その役割を全く果たしておられません。その事実を指摘し、解任を求める理由を、以下、申し述べさせていただきます。
 第一に、立法の観点からです。
 立法の最も重要な役割は、社会問題を解決し、よりよい国家、社会をつくる手だてとすることであります。常に弱者への視点を忘れず、時に強者のおごりを戒め、ともに生きる基盤をつくるため、社会に潜在する不均衡をでき得る限り正していくことです。
 しかしながら、二〇一二年暮れに始まる安倍政権の政治姿勢は、そうした原点からははるかに遠く、立法府のあり方そのものをゆがめるものであることを、本年一月二十六日にお亡くなりになった元自民党幹事長の野中広務さんが厳しく指摘をされております。
 平成二十六年二月の十九日に参議院で開かれた国の統治機構に関する調査会で、議院内閣制における内閣のあり方について、野中広務先生は渾身の御発言をなさいました。以下、国政にかかわる私どもにとって、与党、野党を超えて耳を傾けるべきかけがえのない遺言と考えて、一部を朗読させていただきます。
 以下、野中先生のお言葉です。
 御承知のように、日本国憲法は、立法権と行政権をそれぞれ国会と内閣が担当することを前提に、内閣は国会の信任に依拠して形成され、維持されることになっております。
 繰り返します。
 内閣は国会の信任に依拠して形成され、維持されることになっております。
 また同時に、内閣は、衆議院による内閣不信任案の可決又は信任案の否決には解散をもって応え、それ以外にも解散を行うことができるものともしております。それが我が国の議院内閣制の基本であると存ずるわけでございまして、今日では世界のモデルと言われておると聞いております。
 しかし、ここ数年間、政治の実態を眺めておりますと、憲法が規定し、期待するものと相当に異なったことが平然と行われているように申し上げざるを得ないと存ずるのであります。具体的な指摘をいたしますと、議院内閣制における内閣のあり方というテーマについての意見となりますので、そのように御理解をいただきたいと思います。
 内閣が議会の信任を得た多数、すなわち与党の政策を実現することは当然のことですが、しかし、多数決で信任されたといって、与党だけの内閣ではありません。議会が信任した内閣であります。そこで、大切なことは、与党の政策を実現するにしても、少数派の、すなわち野党の意見を表明させる機会を与えることは議会制民主主義の鉄則であります。さらに、必要とあれば、野党の意見を取り入れることも議会政治には期待されるところであります。
 私は、第一次小渕内閣時代に内閣官房長官を平成十年の七月から平成十一年の十月までやらせていただきましたが、この間、参議院が与野党逆転で大変な苦労をしたことを今思い出しておる次第であります。
 時の総理、今は亡き小渕恵三総理の政治信条は、自民党から選ばれた内閣という意識は全くなく、国会から信任された内閣だから、野党側の意見を徹底的に聞き、妥協できるところは妥協するという姿勢で臨んでこられました。もちろん、総理の信念のもとに、私も独裁政治のようなことができるといった発想を持ったこともなく、反対されても議院内閣制は与野党の国政を運営することが基本だという思いで政治にかかわってまいりました。
 野中広務先生は、同時に、民主党時代についても御意見をお持ちです。きょう私がこれを読み上げるのは、現在の国会の状況が、与党、野党を問わず国民から問われていると思うからであります。
 約三年三カ月続いた民主党政権において、議院内閣制の運用を見ますと、実態の面でいろいろな変化がございました。それは、国会論戦が、裁判所の論争のような特定の意図を持って政府側を攻撃することは、ルールの範囲で審議の行使です。これに対応する内閣側は、私たちの時代と違って、野党の主張を一旦包み込んで野党を説得的に反論するという方法でなくなってまいりました。最初から野党の主張は誤りであるという対応で内閣が行うという場面が多く見かけられたと存じます。
 この結果、予算委員会の質疑などは民事裁判の法廷闘争のような雰囲気になり、著しく国民に不信感を抱かせてしまったという感じを持っております。これでは、議院内閣制の持つ国会と内閣の連携と均衡の機能を失わせしめるものでございます。
 原因は、野党の質問が形骸化したこと。当時野党は自民党です。そして、内閣の答弁が理屈だけで野党に勝とうという、いわゆる論点をかみ合わせることがなく、意見の違いから共通なことを合意していくという議会政治の本旨が失われてきたと存ずるものであります。
 中略。
 平成二十四年の暮れに、自民・公明連立政権に交代をいたしてから、内閣のあり方について申し上げておきたいと思います。
 民主党政権の時代に比べて、両院で与党が圧倒的に多数となり、野党側が少数で、なおかつ結束がされずに、与党との協議関係を結ぼうとする野党が存在する状況で、我が国の議会、議院内閣制の微妙な変化が始まってきたというように感ずるものであります。それは、与党と内閣の関係の希薄化と申せます。内閣、それも首相から突然に発信する重要政策などが与党で十分議論されていないという問題であります。これは、政党政治のあり方に問題となりますし、首相のブレーンが重要政策をまとめ、メディアを利用して正当性を国民にPRし、与党や国会での議論を形骸化するという傾向があらわれてきておると思うのであります。
 特に、外交・安全保障問題や経済政策などについて、偏った立場のブレーンを集め、公的あるいは私的諮問機関で首相の主導される政策の事実上の確定を行っておるのではないかと考えるときが多うございます。時には内閣の内部調整も不十分となる傾向が出てきておると感じます。
 議院内閣制という統治形態であっても、政策の内容を実質的に決めるのは諮問機関であり、ブレーン諮問内閣制です。そして、与党での議論と国会での野党の議論が形骸化していけば、議院制民主主義は機能不全となります。野党の状況もあり、今日相当な危険な状態、事態になっておると言えるのではないかと心配をしております。
 野中広務先生は、この懸念を抱かれたまま天国に旅立たれました。私ども、残され、現在国政にかかわる者が、私はこの文章を何度読み直しても、本当に、今の私どもの議院内閣制のありようをかほどに的確に御指摘されたものはないと存じます。どうか、与党の皆さんも、もちろん私ども野党もそうでございます、議院内閣制とは何か、私たちの守らねばならないものとは何か、胸に手を当てて、しっかりと野中先生の言葉を思い起こしていただきたいとまずお願いを申し上げます。
 今日相当な危険な状態、事態になっておる、そう野中先生は言われました。こうした国会と内閣の危機に対して、私ども立憲民主党は、昨年十月の安倍総理による解散権の濫用によって行われることになった衆議院選挙で、真っ当な政治を掲げて立ち上がり、立憲主義の原点によって国民の中に深く分け入り、国民の声に耳を傾けながら、草の根の民主主義の実践を始めたところでございます。
 今、国民の多くが、原発をなくすこと、震災後七年たってもなお帰れないふるさと、小学校には子供の姿もないふるさと、かわりに田んぼに子供のかかしを立てて、せめて子供らのことを思う人々の心。果たして、私どもの国が向かうべき次の時代、次の社会、次のエネルギー政策とは、そのリスクを負い切れない原発ではなくて、新たに、躍動的な、再生可能エネルギーに向けての大胆な一歩と信じ、国民各位の御理解を仰ぎながら、今、全国行脚を繰り返しております。
 こうした努力は、単に立憲民主党だけではありません。それぞれの会派が、創意工夫に基づいて、どのように国民の意見を国政に反映させることができるか、日々心を砕く毎日であると信じております。
 しかし、安倍政権の今国会での目玉法案である働き方改革関連法ではどうでしょうか。国民の現実を直視し、その声に誠実に耳を傾けたものにはなっておりません。
 この法案に対して、過労死された方々の御遺族が強く反対され、政府に再考、出し直しを求めておられることは、安倍総理も重々御承知のことと思います。
 過労死として労災認定を受けた方々の数は、企画業務型裁量労働制への適用拡大後の平成十四年ころから増加し、平成二十八年度で二百五十三人に上り、リーマン・ショック時の平成二十年の三百十三人以降もずうっと高どまりをしております。リーマン・ショックは去っても、命を賭して働かねばならない人の数が減っていない、このことを、経済政策にも国の外交政策にも、あらゆる責任を負われる与党はもっとしっかりと受けとめて、現状打開のために何をなすべきかをお考えになるべきです。
 二〇一五年十二月に過労死された高橋まつりさんは、まだ二十四歳で、女性としても社会人としても、これからが人生を充実させていくそのやさきのことだったと思います。お母様のお悲しみはいかばかりか、我が子を失うことは、我が命を失うこと以上の苦しさであります。そのことに皆様はどこほど思いをいたしておられるでしょうか。
 また、二〇一三年の夏の参議院選挙の取材で月百五十時間を超す残業が重なっていた三十一歳のNHK記者、佐戸未和さんの突然死が過労死として公表されたのは二〇一七年であり、安倍総理が掲げる女性活躍の裏側でこうした不幸な現実が進んでいることは、ひとえに労働政策の誤り以外の何物でもありません。
 もちろん、過労死は、津波と並ぶ、世界に知られた日本語で、恥ずかしいことでもあります。同時に、その犠牲者はあらゆる年齢に広がり、いずれの御家族の悲しみも癒やされることがありません。
 加えて、近年の過労死の増加は若年層にも及び、女性の過労死が社会問題化しましたが、男女別の過労死のデータがとられることになったのはつい最近の二〇一四年からのことであり、まだまだ政策を充実させていくための実感に迫る調査がなされているとは到底思われません。
 女性の方が、より多くの時間を家事や生活を支えていくものに回している現実の中で、労働時間も長く、家事の責任も負い、子育て、介護、あらゆるものが覆いかぶさってくる女性たちの悲鳴が皆さんには聞こえないでしょうか。女性活躍とは、そうした女性を、本当に我が国の貴重な貴重な人材として守っていくことに、まず第一、あるはずと思います。
 くしくも、男女雇用均等法と労働者派遣法は、昭和六十一年、一九八六年に施行され、女性たちは母性保護の多くを奪われる一方、結果的には働く女性の何と六割が非正規雇用となり、多大な努力の末に正社員となった女性たちは、仕事のために必死に我が身を忘れて働き、ついには力尽きるのです。
 働く女性はこうして二極化され、低賃金の非正規あるいは身分不安定な派遣、その一方で、身をそぎ落としてキャリアアップを目指さなければならない正社員となっていることは、ジェンダー差別が厳然としてある日本ゆえ、女性に顕著ですが、男性もまた強いられている構造だと思います。
 そんな中で、安倍政権が提出を目指している働き方改革関連法は、裁量労働制のさらなる対象拡大を目指したものなのです。
 もしも、それがよりよい社会をつくるために必要なのであれば、積極的にデータを開示し、その審議を進め、建設的な議論をすることが、真っ当な国会のあり方であると言えましょう。
 しかるに、この間の加藤厚生労働大臣始め安倍総理の姿勢は、そうした、謙虚にデータに向き合い、与野党の知恵を集めてよりよい働き方をつくろうとするものとは百八十度異なり、あげくの果てには、審議不十分なまま強行採決が行われました。極めて残念です。
 そもそも、裁量労働制が導入された一九八七年以降、一体どれくらいの労働者がそうした制度のもとで働いているのか。裁量労働制もまた派遣労働と同様にその対象を拡大してまいりましたが、果たしてその制度のもとで働く労働者の男女の比率、労働時間がどうなっているのかを示すデータは全く存在をいたしておりません。労働時間はもちろんのこと、そもそもの、こうしたジェンダーも見据えた統計がないことも大きな問題であります。
 加えて、裁量労働制は本人契約時の自覚がない場合も多く、裁量労働制による過労死の実態把握も困難で、労災認定につながりづらいことから、判明したものは氷山の一角とすら言えます。
 安倍総理が答弁する、保育園の送り迎えが容易になるなどの答弁は、到底、働く女性たちからは、一体何を根拠にそうした御発言があるのか、想像もつきません。女性たちは、待機児童問題でも、また、今、派遣あるいは期間限定の雇用でも、不安定、低賃金。まして、母子家庭ともなれば、三つも四つも仕事をかけ持って、子供を保育園に迎えに行くことすらかなわず、親子でいる時間は剥奪されている。その実態を知った上での、保育園の送り迎えが可能になるでしょうか。
 私は、余りにも総理が、こうした実態を御存じない、あえて言えば無知、このことに心から憤りを感ずるものです。
 一方で、恣意的な比較データから始まり、専門家でなくても一見してわかる誤りまで、次々と、今や四百件にも及ぶ間違いが判明し、加藤厚生労働大臣すらそれを認められています。しかし、その全ては、実は、予算委員会で野党の委員一人一人が、膨大な資料を読み解き、点検し、明らかにした結果であります。厚生労働省からは、間違いでしたと非を認め、訂正、謝罪したものは、これまで一件たりともありません。
 その最たるものが、安倍総理が一月二十九日に衆議院予算委員会で行った、平均的な方で比べれば、裁量労働制で働く人の労働時間は、一般労働者よりも短いというデータもある旨の答弁です。これは、この三年間、政府・与党によって繰り返され、多くの答弁をされた閣僚の皆さん、塩崎大臣もそのような閣僚のお一人でありました。心からそう信じておられたんでしょうか。
 私たちは、このデータを見れば見るほど、なぜこのように恣意的に、捏造と言われる状態にすらなったのか。事は、どこやらの審議会か外部有識者会議から押しつけられたものでないのか。本当に疑念を強めております。
 そもそも、この答弁は、一般労働者には最長の残業時間を尋ねる一方で、裁量労働者には単に労働時間を尋ねてそれを比較するという、当然比較にもならないものを全く恣意的に比較して、多くの答弁に利用されました。
 そして、この欺瞞に満ちた答弁も、実は、長妻昭、我が党の政策審議会長が総理に対して問いただした中で明らかになったものでございます。
 労働者を守るべき厚生労働省が、労働者が長時間労働を強いられ、過労死が起きている実態を無視し、その是正こそが必要であると誰もが認識している今、その認識をも無視する形で、否、根拠となるデータをねじ曲げるやり方で、働き方改革と称して、長時間労働を強いられる状況にある労働者にまで裁量労働の対象を拡大していく法案を出そうとしているのです。
 裁量は誰にあるのでしょう。使用者側の裁量で働かせ放題、残業代ゼロ、これがまさしく現下の裁量労働の、多く労働者を苦しめる実態であります。労働者にどこほどの裁量権があるのか、お調べになったことはあるのでしょうか。この調査、単に時間だけでなく、どのような契約のもと、どのような働かせられ方があるのか、これをまず明らかにすべきではありませんか。
 この間の激しい野党の追及によって、本日午前中の予算委員会では、安倍総理は、実態把握をしない限り前には進めないと御答弁をされましたが、果たしてそれは、野党が求めております再調査や、あるいは労働政策審議会への差戻し、法案の出し戻しでなくては、何ら意味がありません。実態把握と称して自分たちの恣意的な項目だけを並べるのであれば、今の捏造データと何ら変わりのない結果になると思います。求められているものは再調査であり、労政審への差戻しであり、法案の再提出であります。
 与党の皆さんは、このことを肝に銘じて、党内の、与党内の論議をしっかりと行われ、安倍総理が国民の不興を買うことにならないよう、しっかり与党の責任を果たされるべきだと思います。それでこそ、野中先生の御心配も一つクリアされるかもしれません。遅過ぎることはありません。まだ法案も出されておりません。十分な調査を皆さんにはなさる時間があるのです。ただ、その気持ちがなければ調査はされません。思いのない者、意思のない者に政治はつかさどることができない、このことが、野中先生が皆さんに残した言葉であります。
 私は、健全な野党と、そしてきちんとわきまえを持った与党が、この国を更によりよいものにしていくと信じてやみませんので、今笑われた与党の皆さんは、みずから何をなすべきか考えていただきたいと思います。笑っている場合ではないのです。人の死がかかわり、多くの悲しみが降り積もって、今や日本の社会が過労死だらけになっているということに、もっともっと思いを深くしていただきたいと思います。
 河村予算委員長は、予算委員長として責任を持って、この明らかになった行政府のデータ問題を正すことができて初めて、予算委員長としての役割が果たせたと言えるのではないでしょうか。また、その役割を果たすことなく審議を打ち切った以上、私たちは、辞任していただくしかないと考え、解任を求める決議の提案をいたしました。本当に、繰り返しますが、残念です。
 第二に、国会の役割の一つ、行政監視の観点から、河村委員長の解任を求める理由を以下述べさせていただきます。
 一つ。行政監視の観点からの役割の一つ。首相による撤回、謝罪の対象となったデータについて、詳細な説明をせよと求めた私たちに対して、厚生労働省が予算委員会に出してきた資料は、黒塗りの、ノリ弁当以上の真っ黒け、何の説明にもなっていない不十分なものでした。情報公開すらなされていない、厚生労働省として恥ずかしい限りだと思います。
 また一つ、驚いたことに、労働政策審議会にも、何の説明もつけずにあの誤りだらけのデータを提出されていたこと、これも予算委員会の中で判明をいたしました。ところが、厚生労働省は、労働政策審議会の専門家であれば、データを正確に読めたはずだとまでおっしゃいました。自分たちがしっかりしたデータも出さずに労政審の審議を仰ぐこと自体がそもそもの誤りであるにもかかわらず、誤ったデータでもちゃんと読めとはどんな厚かましい要求であるのか、恥を知れと言いたいと思います。
 一つ。労働政策審議会は、厚生労働省設置法に基づいて、厚生労働大臣が任命し、労働政策に関する重要事項の調査審議を行う機関であり、内閣提出法案の民主的なプロセスの一つと考えられています。そこで恣意的なデータの出し方をして、働き方改革と称して裁量労働制の対象を拡大しようとした厚生労働省。そして、それがそのまま首相の国会答弁に使われるという事態まで引き起こしています。
 総理は、事務方の責任であるやに言いますが、御自身がこのデータをごらんになったとき、おかしいと思われなかったのでしょうか。さほどに裁量労働制の実態を御存じないのかと思います。数々の答弁をされた大臣の皆様にも、裁量労働制の方が短い場合もあるということが答弁としてどう成り立っているのかを御自身で考える、それが政治家の国民に対しての姿勢であると思います。
 官僚の書かれた答弁をうのみにし、また、それがたくさんの捏造に基づく答弁であったことすら見抜けず、そうであれば、一体この国会は、政治家は、何のためにあるのでしょうか。
 また、果たしてそれは、働き方改革を売り物にしようとする総理が望まれたそんたくなのかとすら思ってしまいます。(発言する者あり)あるいは、そうです、総理の指示なのかという御指摘もありました。そう聞きたくなるのが、私たちの偽らざる思いであります。
 審議会は官僚の隠れみのであると言われてきました。今となっては、官僚の隠れみのなのか、官邸の隠れみのなのか、そんたくの館となってしまったのか、はたまた、おどろおどろしいどんな意思が働いたのか、国民としては不可解きわまりない事態であります。
 審議会は、建前上、民主的な政策決定プロセスであると標榜されています。しかし、今となっては、その建前もかなぐり捨て、専門家にばれなければ不適切なデータを潜り込ませ、誤った根拠に基づいた立法を官邸主導で行うことができる場になってしまったのでしょうか。
 これほど内閣提出法案をばかにした話はありません。そして、それは同時に、立法府である国会をばかにした話でもあります。
 立法府での審議プロセス以前の、行政府での審議プロセスもいいかげんだったことになります。立法府での審議プロセスでも、厚生労働省は、ねじ曲がった事実を根拠にして、働き方改革と称して内閣提出法案と称しているのですから、行政も偽りの上、そして立法府にも砂上の楼閣のような偽りのデータを示して、一体何をしようとしているんでしょう。
 本来、強大な権限を持つ予算委員長は、立法府で最大の国政調査権を有している方と言っても過言ではありません。予算委員会の良心と言っても過言ではありませんし、また、その権限をお持ちの方でもあります。健全な行政監視の役割を果たすべき職責を持ちながら、それを発揮されないのであれば、解任を求めるしかありません。
 行政監視の観点から、その他の問題も枚挙にいとまがありません。
 安倍総理が、学校法人森友学園に関し、私や妻がこの許可あるいは国有地払下げにかかわっていたら総理大臣も国会議員もやめると答弁されたのは、昨年二月の予算委員会でした。
 以来、一年が経過しますが、ついに、ことしの二月二十日の衆議院予算委員会で、我が党の逢坂誠二議員の質問に対して安倍総理は、私の妻が森友学園の国有地についてかかわっていたのは貸付けの段階だと、関与を認めました。もともと、国有地売却の話が、貸付けを求めるところに介在し、しかし、それは、総理は、売却にはかかわっていないからという詭弁を弄して昭恵夫人の関与を否定する。
 物事は流れの中にあります。貸付けから、さらに売却、さらにごみ。ごみも、本当に撤去に費用を要するものであったということは、何ら実証されておりません。にもかかわらず、八億円もバーゲンセールをする。多くの国民が税金を払うこの季節に、余りにも特権的、なおかつお友達的な采配は、国民にとっては大きな失望であり、政治への不信を抱く何よりの事柄と思います。
 事実、このことを答弁された佐川局長は、いまだにホテルから各役所、職場に通うという、極めて逃げ回るような姿勢。国民への説明責任を欠き、本来の自分の役割を正々堂々と言えない事態が発覚をしております。この問題は、昭恵夫人と財務省の関与なしには起こり得ないことでした。
 また、質問主意書への答弁の中で、安倍内閣総理大臣の夫人が内閣総理大臣の公務の遂行を補助すると職務が定義されている昭恵総理夫人付の職員がおられて、ファクスのやりとりをしてきたこと、このことも既に明らかです。
 そのことは、財務省理財局長が中心となって、存在しない、ない、ない、ないと言い続けてきたにもかかわらず、ことし二月九日になって財務省が新たに提示した財務省総括法務監査官の二十件の文書が証明したも同然であります。
 この間、昭恵夫人や佐川元理財局長の証人喚問を、野党は国民への説明責任の観点から徹底して求めてまいりましたが、与党はこれに一切応じておりません。職権を発揮するとしたら、本来は、国有財産をめぐる問題を解明するためにまず発揮すべきところ、河村委員長には、その姿勢がみじんも見られませんでした。
 加計学園問題も同様です。加計孝太郎さんの証人喚問も含め、理事会の場で真摯に協議を行うよう求めた数々の要求事項について、全くのゼロ回答という与党側に対し、河村委員長は、何のリーダーシップも発揮されませんでした。果たすべき役割が果たされないのであれば、予算委員長の職を辞していただくしかありません。
 第三に、国会の役割の一つ、予算審議の観点から、河村予算委員長の解任を求める理由を述べます。
 そもそも、解明すべきデータを整理し、説明責任を負わせるべき証人を喚問して立法府としての役割を果たすことに力を注げば、この予算委員会のように、多くの時間を、森友学園問題、あるいは厚労省のずさんデータ問題に使わずとも、本来のあるべき予算審議にもっと時間を割くことができたはずであります。その意味で、采配の誤りが大事な予算審議をないがしろにさせていること、このことも、委員長の役割を大きく欠いているものと思います。
 本来の一般会計と特別会計予算の審議の内容は、ともに時間も全く不十分なままで、衆議院での採決をひたすら急ぐ姿勢は、決して許されるべきものではありません。
 今回提案されている一般会計九十八兆円の歳入を見てみますと、国民からいただく税収は五十九兆円で、その六割にすぎません。三割をなす三十三兆円は、国債、つまり借金です。一方、歳出の三分の一は社会保障関係費三十三兆円で、昨年より五千億円増、二十三兆円強は、過去に発行した国債の元金償還と利払いに使われています。
 国債発行は、国債を買う富裕層に、未来世代の歳入から利息つきで償還することを意味します。いかに次世代への配慮を欠き、また、若い世代に過労死が広がることに目を向けずに、ひたすら働かせ方のみを考える政府の、この予算の審議における不誠実も指摘しておかねばなりません。
 今の私たちが二十三兆円強の国債の償還に追われて、本来の税金の使い道が縛られているように、これからの世代が、三十三兆円もの新たな国債発行に縛られ、やがて将来世代の税の使い道を大きく縛ることを意味しております。
 また、同時に、この予算委員会では、いまだに事故処理に膨大な費用を要している福島の原発の処理費用も論議されず、ほとんどが国税を投入しながら行われているにもかかわらず、原発は安い安いと今もふれ回り、そして本当に変えるべき産業政策にも言及されずに終わったと思います。
 私ども立憲民主党は、原発ゼロ法案を提出いたしました。次世代への責任と心得ております。これに対しても、無責任のそしりを口にされる閣僚がありますが、どちらが無責任か、よくお考えになるべきであり、私たち立憲民主党は、この論議が国会で活発に行われることを心から願い、野党と与党の本当の論戦の場としたいと思っています。
 そして、そうした中、安倍総理は、第二次政権以降、連続して防衛関係費と公共事業を増大させ続けておられます。
 安倍政権になって特徴的なのは、その中でも、特に防衛費であります。予算委員会でも何人かの方が取り上げられましたが、まだまだ時間の不十分ゆえ、その構造的問題が明らかにされず、しかし、アメリカと口約束の先払いのFMS、有償軍事援助の名のもとで、米国の軍事産業の武器を、米国政府を通して、米国の言い値と条件で買う約束をして、新たな戦闘機やミサイル防衛装備の購入方針が、国会審議にかける前に閣議決定されているという、まことにいびつな国会軽視のありさまであります。
 この国の防衛の姿を決めるのは、主権者たる国民であります。日本国憲法の言う主権在民はここでもまたないがしろにされ、勝手な閣議決定、中身の審議は不十分、借金が山のように積もり積もっていく、このことも指摘せねばなりません。まさに、トランプ大統領の要求する、バイ・アメリカン、アメリカ製品を買えというその言に踊らされている、今の安倍総理の姿そのものです。
 一方で、戦闘機の事故も相次いでおります。沖縄でも、また佐賀での自衛隊機、あるいは青森三沢でのあの燃料タンクの放棄事件、いずれも深刻な、国民の安全と安心を奪う、そうした、空を見れば、窓枠が落ちてくるあるいは燃料タンクが落ちてくる、そんな中に私たちが暮らしていながら、日米地位協定の改定一つ言い出すことができない弱腰の外交で、果たして日本の主権も、国民の血税も、全てアメリカの言いなりであると言って過言ではないと思います。
 特別会計の三百八十九兆円の審議も全く不足しております。強調しますが、本来解明すべきデータをさっさと厚生労働省の官僚に説明をさせ、過ちを正し、問題となった法案、準備される法案の撤回の上で、再調査をして、再提出に事を運べば、本来は、あの国会での審議がこれほどに押し詰まることもなかったし、また、重々の予算の審議が行われてきた。それこそ立法府としての役割を果たすことであります。
 逆に、行政府のいいかげんなデータが、立法府の予算そのものの審議を食い荒らし、私たちの審議権を奪ったとすら言える事態は、河村委員長の采配の不手際であると思います。
 加えて、質疑に際しての河村委員長の対応は極めて不適切でした。その最たるものは、二月十九日、厚生労働省の極めて不備の多い裁量労働制に関するデータ問題について、野党側が加藤厚生労働大臣の不十分な答弁を指摘し、抗議の意思表明で退席をした際の対応です。
 河村委員長は、この際、事態の打開に動こうともせず、休憩もさせず、無所属の会の黒岩議員、金子議員の質疑時間をいたずらに経過させ、両議員の発言の機会を奪いました。
 私たち国会議員には、国民の代表として質疑をする権利があります。こうした時間の浪費によって奪われた金子議員並びに黒岩議員の質問権は、今や取り戻すことができない。本当にこのような運営がまかり通れば、国会は死に体になると思います。
 そもそも、予算委員長を含め常任委員長は、国会法に定める各議院の役員であり、厳正、中立、公平な立場で委員会運営に当たるべき立場にあります。そのことは、先ほど朗読させていただいた野中広務さんの、与党、野党の役割とお互いを尊重した上の審議ということにもつながってまいります。
 河村予算委員長も、昨年十一月の委員長就任に際しては、議会制民主主義の本旨にのっとり、公正かつ円満な委員会運営に努めてまいる所存と、委員会運営に当たって決意を表明しておられます。
 公正かつ円満だったでしょうか。不公正、恣意的、質問をさせない、これではとても委員長としての運営を是認することができないのです。
 このような予算委員会のありようを国民の期待に応えるものに転換させるために、私どもは、河村建夫予算委員長の解任を提出いたしております。
 以上の理由をもって、重ねて、予算委員会、河村建夫君の解任を強く求め、提案理由の説明を終わりとしたいと思います。
 議員各位の御賛同を心よりお願いして、国会の機能を取り戻すためにともに頑張っていきたいと思います。
 終わりです。ありがとうございます。(拍手)
    —————————————

発言情報

speech_id: 119605254X00720180228_006

発言者: 阿部知子

speaker_id: 26143

日付: 2018-02-28

院: 衆議院

会議名: 本会議