林幹雄の発言 (本会議)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○林幹雄君 林幹雄です。
ただいま、院議をもちまして我々十三名に永年在職表彰の御決議を賜りました。大変身に余る光栄であります。
最年長ということで、代表して挨拶をさせていただきます。
私たちは、平成五年の初当選以来、お互いに切磋琢磨し、時には党派を超え、励まし合ってきた同志であります。まずもって、今日まで一方ならぬ御支援、御厚情を賜りましたふるさとの皆様に、心から感謝と御礼を申し上げます。(拍手)
また、全国各地で叱咤激励くださった皆様、御指導いただきました先輩、同僚議員の皆様、事務所の秘書、役所や国会職員、党本部の皆さん、そして、本日傍聴席にも来ておりますが、苦楽をともにしてくれた愛する家族に、ひたすら感謝いたしております。(拍手)
私は、父である林大幹の秘書を十年、千葉県議会議員を三期務めた後、平成五年七月の第四十回総選挙で初当選させていただきました。政治改革、新党ブームの風が吹く、大変厳しい選挙でありましたが、ふるさと銚子の皆様を始め、選挙区の皆様方のお力添えに、改めて深く御礼を申し上げる次第であります。ありがとうございました。(拍手)
この選挙で自民党は結党以来初めての野党となり、野党議員としてスタートしたわけですが、政権交代はいつでも起こり得るという事実は、私の政治活動に緊張感を与えてくれるものでした。
以来、二十五年間、一意専心、地元千葉県の発展と、安心、安全な国づくりに全力投球してまいりました。
福田内閣と麻生内閣において、国家公安委員長として、治安水準のさらなる向上を図り、沖縄及び北方担当大臣として、沖縄の振興や北方地域の諸課題に取り組み、防災担当大臣として、ゲリラ豪雨を始め、頻発する自然災害に対峙してまいりました。
安倍内閣においては、経済産業大臣として、福島第一原発の廃炉・汚染水対策と福島の復興を着実に進める一方、我が国の将来を見据えた責任あるエネルギー政策を推進し、経済再生と中小企業支援、通商政策等に全力で取り組みました。
国会では、第百八十九常会の議院運営委員長として、国会運営に心血を注ぎました。戦後最長の九十五日間の延長をしたことは、記憶にも記録にも残るものでありました。
党にあっては、国対や幹事長室を担当することが多く、現在は、二階幹事長の御指導のもと、幹事長代理として、党務全般の重責を担わせていただいております。
政党政治、議院内閣制の我が国にあって、党の安定がすなわち政治の安定を意味することは言うまでもありません。多くの方々の御協力を得て、党運営に全身全霊で取り組む日々であります。
政策面では、平成二十三年六月に、野党でありながら、議員立法として津波対策の推進に関する法律を成立させることができました。当時の二階総務会長のリーダーシップのもと、津波防災の重要性を世界に訴え、国連総会の全会一致で、十一月五日が世界津波の日に制定されたことは、万感胸に迫るものがありました。(拍手)
我が国を強くしなやかな国土にする国土強靱化は、かつては書くことも読むことも大変難しい言葉でしたが、今や、我が国の有力な政策となり、日本全国各地でその重要性が叫ばれ、ついには海を渡り、諸外国でもその精神が根づき始めています。
二十五年の節目に来し方を振り返るとき、本当に多くの方々のお支えがあってやってこられたと実感しております。
もとより浅学非才でありますが、今後も愚直に誠実に職務に取り組み、子や孫の世代に、世界に誇れる日本国、魅力あふれる我が地元千葉県を引き継いでまいることをお誓いし、謝辞といたします。
ありがとうございました。(拍手)