山口壯の発言 (予算委員会)
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○山口(壯)委員 そうなんですね。
国際連合憲章二条四項というのが武力の行使を禁止している。だけれども、今の現状の国際社会においては、武力の行使を禁止したら戦争がなくなるわけではない。そういう意味では、自衛権というものを認めざるを得ない。
自衛権を認めざるを得ないけれども、もう一つは、東西の冷戦が進んでいると、自分が攻撃を受けなくても仲間を助けなきゃいけない場合も出てくる。例えば、イギリス、まあこれは昔の仮定の話ですけれども、ソ連がイギリスに万が一攻めてきたときに、イギリスは自分で自衛権を使えるけれども、アメリカとしては、イギリスを助けようと思ったら助けられない。それが集団的自衛権ということになったんだと思います。
その意味で、国際連合によりつくり出された集団的自衛権であるとすれば、一九五六年に日本が国際連合に加盟したときに、他の加盟国と同様に、国連憲章によって武力行使が禁じられるということと同時に、国連憲章の五十一条により個別的、集団的自衛権が認められるというふうにしてよかったんだと思うんですが、それは、実はブレーキを自分でかけたと思うんです。というのは、多分、戦後の日本としては、ほかの国の猜疑心というものを気にしたのか、その意味では、持っているけれども使えないというふうに自分でブレーキをかけたんだと思うんですね。
ただ、これは結局、憲法から見てみると、自衛権の文字というのはないわけですね。自衛権の文字というのはなくて、文言上は、いいとも悪いとも言っていない。ということは、これは解釈の問題としてそれをしたのではないのかなというふうに思います。ただ、誰がそれを決めたのかはいまだにはっきりしない。
ただ、今、五六年の国連加盟から六十年以上たっているわけです。日本がまた戦争を起こすというふうに本気で思っている国は、もう私はないと思います。だとすれば、このみずからかけているブレーキを緩めるか、あるいは放してもよいのではないかという考え方は十分にあり得るんじゃないんでしょうか。憲法の文言に自衛権が触れられていない以上、これはひとえに解釈の問題ではないかというふうに思うわけです。
ちなみに、これも外務省事務当局から答えていただければと思いますけれども、国際連合憲章によって認められたこの集団的自衛権について、日本と同じく、持っているけれども使えないというふうにしている国は、あとどういう国があるんでしょうか。