増山幹高の発言 (国際経済・外交に関する調査会)
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○参考人(増山幹高君) ありがとうございます。
イタリアの憲法改革の経過ですけれども、既に皆様は御存じだと思いますが、レンツィ政権というものが、上院、それまでイタリアが完全な二院制と言われるような典型の国として、それが政治的な膠着状態の元凶とみなされるに至って、そこで、それを打開するために上院改革というのを起草しまして、先ほど触れましたように、権限を大幅に削減する、議員数を大幅に削減し、議員も直接選挙ではなくて地方自治体からの間接選挙にするというような形に大きく変えるものでありました。
そのこと自体が上院で支持されたこと自体に私は驚いたんですが、今御質問いただきましたように、国民投票の方では、むしろ制度改革の中身というよりは、そこにレンツィ首相の戦略的なミスもあったと思いますが、御自身の政権の命運をその投票に懸けるといったことになってしまいまして、それはその劣勢を盛り返すための戦略だったのかもしれませんが、結果的にはうまくいきませんでした。
そこでの劣勢に至った経過というのが、先ほどちょっと触れました五つ星運動というような欧米各地で台頭してきたある種のアンチエスタブリッシュメント、アンチ既成政党というような大きな流れでして、そこの背景には、さらにヨーロッパにおける移民問題ですとか、それに対する排外主義だとか、保守化、ナショナリズム、右傾化といったものの流れと軌を一にして、政権批判というところにだけ執着してしまって国民投票では合意を得ることにできなかったということでございます。
そこで、私が先ほど触れましたのは、私の友人の議論でいきますと、そういったポピュリスティックな大衆扇動的な状況において、憲法改革というような本当に冷静に議論しなければいけない問題を国民投票にかけてもうまくいくわけはないだろうと。ですから、そこに至るまでに必要な、コンスティテューショナルペダゴギーと彼が言う、まあ私は憲法の市民教育と訳しておりますけれども、そういった土壌を培っていくことが重要であろうし、日本で憲法改革の議論をする際には、特に参議院の位置付けというものを議論して、そこでどういった、参議院としての政権選択を目指す政治に向かうのか、あるいはより個々の議員や政党の活動を重視する政治体制を目指すのかという議論があって、その上で憲法の制度ですとか政治体制の議論をしていくべきなんだろうというのが私の理解です。
以上です。