麻生太郎の発言 (財政金融委員会)
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○国務大臣(麻生太郎君) これは西田先生御指摘のとおり、今回のデフレ、いわゆる正確には資産のデフレによります不況というものを、これは金融政策だけでこの不況から脱却できるというほど簡単なものではないと、この認識は私も全く同じにいたしております。したがって、私どもとしては、この日本銀行の金融政策に併せて財政も機動的に出動するということを申し上げさせていただいて、私どももそれなりの対応をさせてきていただいていると思っておりますけれども。
例えば、企業にとりまして一番の問題として、これGDPが上がっていくということにならぬといかぬのですけれども、その中で私どもとして今一番大きな問題というのは、何だかんだ言っても、企業は、正確には一九八九年の十二月の二十九日、平成元年ですけれども、このときに三万八千九百円付けた株が七千円台までおっこったということは、やっぱり企業が持っております動産という名の資産が何分の一に、まあ企業によって違いますけど、五分の一、六分の一におっこった。
また、同時に、不動産という名の資産も同様に、六大都市で一五%まで下がったと当時言われていましたので、百万円が坪十五万円まで下がったということになりますと、当然、企業としてはそれによって企業の債務が超過するということになりましたので、企業としては得た利益を、設備投資も何も、とにかく得た利益はまずは借金の返済ということをしない限りは、債務超過のままだと金が借りられませんから、そういったような状態がかなりな長期間にわたっていた。
その結果として、企業は一斉に一九九二、三年頃から借入金の返済を優先したものですから、銀行から金を借りないという事態起きて、結果として銀行は、九七年のアジア通貨危機も重なって、九七年、八年と大きな銀行が潰れ、大都市銀行ではもう、昔の名前で出ていますという銀行は三井住友ですかな、あと東京三菱ぐらいですか、あとはりそなかパソナか分からぬようなみんな名前に変わりましたので、ちょっと正直、昔の名前で出ている銀行がなくなるほど、銀行は、金を借りに来る人がいないわけですから、結果として銀行は成り立たないというような状況になっていったというのが大きな理由で、結果として一緒になった。
企業が返済の形で債務超過を終えるような段階になったのは二〇〇〇年の初め頃だったと、東証でいえばそういう平均になりますけれども、そのときにもう一回来たのがリーマン・ショックです。これで、もう一つ来たものですから、またばたっと止まったという幾つかの事態が重なって、このデフレというものが長引いたんだと思いますが。
私どもは、今御指摘のありましたように、私どもが政権に復帰させていただいた後のこの五年間で見ますと、そのときにいわゆる金がということで言わせていただくと、公共事業等々でいきますと、小渕内閣のときに一番多くて当初予算で約十兆円ぐらいだったと、公共工事が。鳩山内閣のときに約それが四兆円台までおっこったんだと思っておりまして、約半分以下になったということだと思いますので、それを徐々に伸ばして、今六兆円台まで伸ばさせてきていただいておりますが、そういったようなことをやったり、金利が極めて安いということで財政投融資を使わせていただくとかいうようないろんな形でやらせていただきながら、同時に借入金の返済の方も、新たに新規の国債が増えないようにということで、新規国債は十一兆減らしたと思っておりますが、そういった形をしながらも、税収は間違いなく十五、六兆伸びておりますので、そういった形では、もう少し出動をというときに、人手不足というのが徐々に起きてきていますので、この分がなかなか新たなものとして出してもそれに対応できる人がいない。
これ以上人件費が急激に上がるのはとてもたまらぬとか、いろんな話がありますので、バランスさせながらここまでやらせてきていただいておりますので、もう少しするべきだったんじゃないかという御意見は私どもも分からぬではありませんけれども、同時にそれは、公共事業で言わせていただくと、なかなか落札できないというようなことになってきているという面も忘れてはならぬところだと思っております。