森松明希子の発言 (東日本大震災復興特別委員会)
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○参考人(森松明希子君) 御質問ありがとうございます。
何があったら戻ろうかという御質問自体が、戻ることが前提とした御質問だというふうに私は受け止めてしまう。もし間違っていたらごめんなさい。そうではないのかという、常にそういうことなんですが。
強いて言うならば、私たちも、夫は福島県郡山市にいますので、居所を二つに分けて、苦肉の策で福島と大阪という離れた土地で今生活をしています。何があったらとおっしゃいまして、要するに、被曝防護で、特に私は、震災当時、三・一一当日は子供がゼロ歳と三歳でした。まさに外遊びをさせなくちゃいけない年齢、これからよちよち歩きを始めて、福島は原発事故がなければ本当に大自然に恵まれた子育ての環境の良いところです。それを目指していたのですが、事故になってしまった。
何がとおっしゃいますが、まず最低でも、そこからまず放射能災害というものが起きたときに、被曝とかいう問題、それから放射能汚染という言葉さえ今はタブー視のように、タブー化されてお話ができないというような環境ですよね。でも、被曝から子供を守りたい、できるだけ被曝量を下げたいというのは先ほど陳述で申し上げたとおり。出荷停止になりましたよね、例えばホウレンソウであったり葉物野菜が出荷停止になり、酪農家の方は泣きながら牛のお乳を搾ってそれを畑に捨てたという映像を皆さん御覧になっている。でも、同じ哺乳類の私たち母親は、その汚染された水、たとえ少量であっても、水を飲んで、凝縮された母乳からセシウムが発見された、検出されたというニュースも流れてきました。どんな手だてを打って被曝から全力でこの国は子供を、被曝防護の対策が確立できるんだろうと思って見ていたこの七年間でした。
それが先生の御質問は、何があったら帰ってくれるのかではなくて、どんな被曝防護を考えましょうかという御質問だったらうれしいかなというふうな思いから、例えば県民健康調査は福島県に任せています。でも、私はそうではなくて、国家としてきちんと予算を組んで、国が主導して、福島県はもとより、その周辺地域もきちんといつでも医療アクセスができるような、それから、県民健康調査にもうちょっと丁寧な、例えば二年に一回という、今は十八歳未満は二年に一回ですけれども、それが毎年、半年に一回でも、年齢に応じてとか、もっときめ細やかな制度や施策はないものだろうかというふうな感覚はあります。それから、二十歳を超える、十八歳を超えると五年に一回でいいとかというのも、それも私の考えからいうと逆行しているなというふうな形であって、前提が、どうしたら戻ってくれるではなくて、どうすれば将来、影響も分からない、チェルノブイリの事故とはまた福島は違う、そうであるとするならば、本当に分からない中で、専門家の意見も真っ二つな場合、どちらを取るかというと、子供に、それこそ予防原則と言いまして、より安全な、生命、身体に対してはよりケアが必要だというふうに私は考えております。