上野達弘の発言 (文教科学委員会)
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○参考人(上野達弘君) 早稲田大学の上野達弘でございます。
本日は、著作権法改正法案に関しまして意見を申し述べる機会をいただきまして、誠にありがとうございます。
私、若輩者ではありますけれども、長年著作権法の研究教育に従事してまいりました。また、文化審議会の委員も長く務めてまいりました。今回の法案の基になりました法制・基本問題小委員会やそのワーキンググループ、さらにはその作業部会にも関与いたしましたので、そのような立場を踏まえつつ、本日は今回の法案に関する所見を申し述べたいというふうに思います。
法案の内容につきましては、御案内のとおり、主に四点ございます。
第一に、柔軟な権利制限規定であります。
著作権法というのは、権利を定める一方、その限界を権利制限規定として定めております。ただ、この著作権法三十条以下に列挙されております多数の権利制限規定は極めて詳細で個別的なものです。そのため、それは、明確ではある反面、ともすると硬直的で時代や社会の変化あるいは技術の発展に必ずしも対応できない場合があるのではないかとの問題提起がなされてきたわけです。
そこで、今回の法案は、既存の権利制限規定を整理統合し、シンプルにするとともに、二つの行為類型、すなわち第一層と呼ばれる権利者の利益を通常害さない行為類型、そして第二層と言われる権利者に及び得る不利益が軽微な行為類型に関しましては、従来の著作権法にはこれは見られなかったような柔軟な権利制限規定を設けようとするものであります。
私の配付資料におきましても、権利制限の対象となる具体的な行為を例として掲げておりますけれども、その上で、アンダーライン引いておりますが、その他と記載しております。これは、そうした具体的例示と同等の行為であればそれ以外の行為も柔軟に権利制限の対象になることを意味しているわけであります。
少し具体的に申しますと、もし今回の改正が実現いたしますと、情報解析やリバースエンジニアリングのための複製といった具体的な行為が権利制限の対象となるだけではなく、これらと同様に著作物の表現を享受しない利用と評価できるものであれば、それらの具体的例示以外の行為も柔軟に権利制限の対象になり得ます。また、キャッシングやバックアップのための複製といったコンピューターの利用に付随する利用と評価できるものであれば、これもまた、それらの具体的例示以外の行為も柔軟に権利制限の対象になり得るわけであります。
また、第二層につきましては、現行法でもネット検索サービスがこれ可能なんですけれども、今回の改正が実現いたしますと、公開情報一般を対象とする所在検索サービスや、あるいは論文剽窃検証サービスなどの情報解析サービスも可能になるほか、これらと同様に、電子計算機による情報処理に付随する軽微な利用と評価できるものであれば、それらの具体的例示以外の行為であっても政令によって柔軟に権利制限の対象になり得るわけであります。こうした柔軟な権利制限規定というのは、我が国にとりましてかなり画期的なものだというふうに思っております。
もちろん、先ほども御紹介ありましたけれども、権利制限規定の在り方をめぐりましてはかなり以前から議論がありまして、その中では、アメリカ著作権法百七条のフェアユース規定のような一般性の高い規定を我が国著作権法にも導入すべきという見解がございました。しかし、ある規定が柔軟であればあるほど具体的妥当性の観点からは望ましいわけですけれども、他方で法規範が過度に不明確なものとなりかねず、それが国民にとって常に望ましいものとは限りません。これに対しまして、ある規定が明確であればあるほど法的安定性の観点からは望ましいわけでありますけれども、他方で法規範が過度に硬直的なものとなりかねず、これも国民にとって常に望ましいとは限りません。
そこで、明確性のある個別規定と柔軟性のある規定を組み合わせたものが望ましいと考えられます。今回の法案はそのような方向性に沿うものです。そして、今回の法案は、最近の国際的な議論におきましても一つの理想的な著作権制度の在り方とされるシンプルでフレキシブルなスタイルに日本の法律を近づけるものと言えるかもしれません。もちろん、法改正が単に理屈の上で画期的だといっても、これは意味はありません。しかし、今回の改正による新たな権利制限は、現実のイノベーション促進効果が期待できるものと考えます。
これも、もう少し具体的に一例のみ挙げますと、現行法には、情報解析のための著作物利用を可能とする四十七条の七という規定がありまして、これは、営利企業であっても著作権を気にせず機械学習を行うことができるという世界でもまれな規定であります。そのため、私も外国に行きますと、よく日本はAI開発や機械学習にとってのパラダイスだというふうに申し上げたりするわけなんですけれども、今回の改正は、この規定を更に多様な情報解析に対応できるように拡充するものです。これは、我が国のAI開発や機械学習の発展を促進する礎になることでしょう。
第二に教育の情報化です。
現行著作権法は、教育機関における複製等について既に三十五条という規定を有しております。しかし、昨今では、教室で紙の資料を配付する代わりに、受講生がアクセスできるサーバーにアップしたり講義映像を受講生がネットで見られるようにするなど、様々なICT活用教育が展開されているものと承知しております。
今回の法改正が実現いたしますと、従来と同程度の条件の下で教育機関における公衆送信等が可能になります。その代わり、一定の公衆送信については無償というわけではなく、補償金が権利者に支払われることになります。これによって、従来は権利処理が必要であったICT活用教育に伴う著作物利用が円滑化するとともに、権利者には利用に応じた利益分配が保証されることになるわけです。
さて、ここで注目されるのは、単に権利制限によって著作権を制約するだけではなく、権利制限とともに権利者に補償金請求権を付与したことです。こうした規定は現状の著作権法にもないわけではありませんけれども、これまでの我が国著作権法は、権利制限というふうに申しますと、つい無許諾、無償の完全自由になってしまうということが多過ぎたように私は思っております。そのような中、今回の三十五条の改正は、権利制限による円滑な著作物の利用の促進と補償金制度による適正な利益分配を両立するものです。これは、今後の権利制限規定の見直しにおける一つのモデルになるものと私は考えております。
第三に、障害者関係です。
著作権法は、障害者福祉を増進する観点から、既に障害者等のための利用を可能とする権利制限規定を有していますが、今回の法案は、視覚障害者等の概念に肢体不自由等により印刷物の判読が困難な者も含めることによって、録音図書等の作成等を自由に行えるようにするものです。
この改正は多様な障害者等の情報アクセス機会の充実に資するものと考えられ、その意義の大きさはここで言うまでもありません。また、この改正は、WIPOのマラケシュ条約を締結するために必要な改正でもあります。そのため、この問題は以前から検討されてまいりましたけれども、そうこうするうちに、このマラケシュ条約は二〇一六年九月に二十か国によって既に発効してしまっております。したがいまして、我が国も早急な法改正が求められるところであります。
第四に、アーカイブ関係であります。
昨今、アーカイブ施設における文化資料の収集、保存、活用が重要な政策課題となっておりますところ、今回の改正が実現いたしますと、国会図書館による絶版等資料の送信が外国の図書館等にも可能になることや、美術館等がその展示作品を解説し紹介するために観覧者のタブレット端末等に送信することが可能になるほか、国などが裁定制度を利用する場合には事前の供託義務が免除されることになります。
アーカイブというのは、人類の知の蓄積と発信に資するものです。今回の法改正は、アーカイブの発展を多面的に支援し、また、裁定制度の活用によるオーファンワークス、いわゆる権利者不明等著作物の利用を促進するものであり、大きな意義が認められます。
最後に、全体的なコメントを申し上げます。
今回の改正、とりわけ柔軟な権利制限規定については十年以上前から我が国において盛んに議論されてきたテーマでありまして、今回の改正は、平成二十一年から始まった文化審議会での議論を踏まえて、平成二十四年の改正を経まして、その後、平成二十五年から文化審議会の中、平成二十七年からはニーズを把握するためのワーキングチームが設置されるなど、我が国全体で行われた長年の議論の集大成と言うべきものです。
そして、そうしてでき上がった今回の改正法案は、これまでの改正のように単に権利制限規定を追加するというものではなく、既存の規定を整理統合するとともに、二つの行為類型については従来全く見られなかった柔軟な権利制限規定を設けるものであり、極めて画期的なものと言えます。
こうした明確性と柔軟性を組み合わせる手法というのは、我が国にとって画期的であるというばかりではなく、同様の問題を抱えている諸外国、特に我が国と同様に大陸法系諸国にも重要な示唆をもたらし得るものです。恐らく今回の改正は国際的にも注目を浴びることになるでしょう。また、教育の情報化に見られるように、権利制限による円滑な利用促進と補償金制度による適正な利益分配を両立する方法は、今後の制度論のモデルになるものでもあります。
著作権法にとって、権利保護と利用促進のバランスをいかに実現するか、これは永遠の課題です。しかし、今回の改正は、その調整に多様な手法があることを明確に示しました。その意味で、今回の改正を機に、著作権法の制度論は、これはやや大げさかもしれませんが、新時代に入ったと言えるかもしれません。もちろん、我々研究者がこれは画期的だと幾ら申し上げましても、現実社会に効果がなければ意味がありません。ただ、今回の改正によって整備された権利制限規定は、先ほどお話ししたAI開発や機械学習のための規定のように、我が国におけるイノベーション促進に具体的で実践的な効果をもたらすものと私は確信しています。
もちろん、今回の改正法の内容は、いずれも権利制限というものであります。したがって、一見すると、これは権利の切下げばかりではないかと受け止められるかもしれません。また、結果として権利者の利益を不当に害しないかといった御懸念もあるのかもしれません。しかし、今回の改正法の内容は、あくまで権利者の利益を不当に害しないことを条件とするなど、権利保護に対する制度上の配慮は十分なされているものと認識しております。
ただ、一般論として、改正法の適切な運用、これは求められるというのはもう当然のことかと思います。そのため、既に衆議院の方でも、教育の情報化に伴う補償金の適正な徴収、分配や権利制限規定に関するガイドラインの策定など必要な措置を講じるべきことを内容とする附帯決議が行われたものと承知しており、そうした点は今後の課題となろうかと存じます。
なお、今回の改正は従来の改正に比べれば比較的規模が大きいものです。そして議論の集大成でもあります。したがって、これが実現しますと、それなりに一段落するようなところがあるかもしれません。ただ、著作権制度というのは、常に社会や技術の変化への対応が求められる運命にあります。そのため、将来に向けて我が国著作権制度を絶えず検証し続けていく必要があります。
ちなみに、現行著作権法は昭和四十五年に制定されたものです。したがって、二〇二〇年には制定五十周年を迎えます。だからというわけではありませんけれども、将来の我が国にとってあるべき著作権法の姿を国際的な視野も広げつつこれからも追求していくことが重要ではないかと思っております。この点を強調いたしまして、私からのコメントとさせていただきます。
どうもありがとうございました。