上川陽子の発言 (法務委員会)

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○国務大臣(上川陽子君) おはようございます。
 四月八日に松山刑務所大井造船作業所から逃走いたしました受刑者につきましては、四月の三十日に身柄を拘束したところでございます。二十三日間にわたりまして逃走を続けました。そして、今委員からの御指摘のとおり、今治市から尾道市の向島、さらに広島市という形で、多くの皆様の御心配、そして御不安、御迷惑をお掛けし続けた二十三日間でございました。
 とりわけ、長い間潜伏をしていた地域の皆様、向島の皆様におかれましても大変な、子供たちを安全、安心にということで、不安を抱えながら大きな緊張の中で二十三日間過ごしたということでございまして、そのまさに平穏な生活、日常生活が様変わりをしてしまったことによる打撃は極めて大きかったというふうに思っております。国民の皆様に対しましても、地域の皆様に対しましても、改めて心からおわびを申し上げます。申し訳ございませんでした。
 私、五月の一日と二日に現地を訪問させていただきました。その前日に逮捕ということになったわけでございますが、長い期間そのような緊張状態にある中で、日常生活においても様々な、渋滞等の発生によりまして御不便をお掛けし、経済的な状況も含めまして大変厳しい状況にさらされたということでございます。
 また、先ほど申し上げたとおり、子供たちの学校を取り巻く環境、とりわけ新学期に当たってすぐ、直後でありまして、入学式が四月の九日ということもありまして、その後、スタートがなかなか平常な状態で切れなかったということが様々な形で影響を与えているというようなお話も切実にお聞かせをいただきました。
 また、大井造船作業所自身の企業の皆様にもお会いをし、そして受刑者たちが生活をしている友愛寮、さらには仕事をしている現場につきましても、大きな造船作業の中で四人一チームで、そのうちの一人という役割の中で仕事をしていたということについても、つぶさにその状況について把握をし、またしっかりと説明を伺わせていただいたところでございます。
 大井造船作業所は、昭和三十六年開設されまして、まさに今年五十七年目を迎える、長い間、造船作業場の企業の皆様の御協力と、そして地域の皆様の御支援、こういったことがなければこの開放的施設であります大井造船作業場は今まで続かなかったということでありまして、改めて、この施設の意義も含めて、このことの、事が起こったことの重大さも含めて痛感をし、そして改めてこの大切な開放的施設の今後の在り方についても大きな御示唆をいただいたものでございます。
 日常生活が、特に向島は平穏な島でございまして、大変地域の中でも結束が強い地域でありまして、二十三日間にわたりましても、不安を抱えながらも、消防団の皆様を始めとして、また学校関係者の皆さんも、地域のパトロールに当たっている住民のボランティアの皆さんも、しっかりと連携を組んで事に当たっていただいたおかげである意味で二十三日目に身柄を拘束できたものというふうに、皆様のそうした御協力に対しても感謝を申し上げているところでございます。
 今、逃走事故につきまして、開放的施設でありますが、そもそも逃げやすい環境にあるというところが特色でもあるわけでございますが、住民の皆様からも、一旦逃走したということが万が一起きた場合にも身柄がすぐに発見できるようなタイプの予防措置というものについてはしっかりととっていただきたいという声もいただいたところでございます。
 こうした再発防止ということにつきまして、今検討会におきまして調査をしているところでございますが、こうした住民の皆様のお声にしっかりとお応えができるような形で対策が講じることができるように最善の努力をしてまいりたいと、改めてそうした決意でいるところでございます。

発言情報

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発言者: 上川陽子

speaker_id: 1920

日付: 2018-05-15

院: 参議院

会議名: 法務委員会