中西健治の発言 (法務委員会)
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○中西健治君 おはようございます。自由民主党の中西健治です。
重要な成年年齢引下げの法案のトップバッターとして質問に立たせていただきますので、まず、この成年年齢の引下げの意義などについてお聞きしていきたいというふうに思います。
戦前に東京帝国大学教授・法学部長を務め、戦後も最高裁判所判事などの要職を歴任されました、民法、特に家族法の権威で家族法の父とも呼ばれました穂積重遠先生は、大正十年に刊行された「民法総論」の中で、成年期を繰り下げて、例えば満十八年としたらどうであろうかと記しておられます。
ただし、こうも述べておられます。独立して社会生活をなすに堪える程度の思慮分別の成熟が人それぞれ異なっている以上、未成年者と成年者を画一的に区別することは実は不可能なのであり、それを強いてするから時に不当の結果を免れないと、こう述べておられます。成年年齢の在り方に関する議論が一筋縄でいかないことを明確に指摘しておられるところであります。
この指摘から九十七年という月日がたち、百四十年ぶりに成年年齢が十八歳に引き下げられる、こうした議論が本格化したわけでありますけれども、未成年者と成年者を年齢という基準で単純に切り分けてしまうことが大変難しいということは変わりがないということではないかと思います。
このことを踏まえた上で経緯を振り返ってみますと、成年年齢の引下げに至る直接の契機は、平成十九年に成立した日本国憲法の改正手続に関する法律、国民投票法の第三条において投票年齢を十八歳と定めた上で、附則第三条第一項で、「国は、」「選挙権を有する者の年齢を定める公職選挙法、成年年齢を定める民法その他の法令の規定について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする。」としたことにあります。これを受けて法制審議会成年年齢部会において議論が行われ、平成二十一年に十八歳に引き下げるのが適当であるとの最終報告書が提出されました。その後の平成二十六年の国民投票法の改正や平成二十七年の公職選挙法の改正に当たっても、民法を含む諸法令について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとするという同様の附則が定められております。
前置きが少し長くなってしまいましたけれども、ここで重要なのは、国民投票法の当初案、与党案では、投票年齢が二十歳とされていたということであります。これに対して、当時の民主党から、投票年齢を十八歳とし、民法や公職選挙法についても検討を加える旨の提案がなされ、与党が修正に応じた結果十八歳が動き始めたということであります。
すなわち、今般の成年年齢の引下げはまさに政治主導で進められてきたものであり、単に民法上の成年年齢を引き下げるということにとどまらない意義と意図があると思われますけれども、この点について、法務大臣の見解をお聞きしたいと思います。