井原巧の発言 (予算委員会)

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○井原巧君 おはようございます。
 まず、この度の予算委員会の質問におきまして機会をいただきました自民党の同志の先生方に、まず心からお礼を申し上げたいと思います。
 それでは、まず、働き方改革ということの集中でやるんですけれども、働き方と、その前に働く場所がなければこの議論も進みませんから、私の方は、働き方と経済、併せて質問してまいりたいというふうに思っております。
 まず、アベノミクスの成果について総理にお伺いしたいと存じます。
 御案内のとおり、今から五年二か月前に、総理は多くの皆様方の支持をいただきまして、三年三か月ぶりに政権に復帰したということでありました。
 当時、私はどっぷり、民主党政権時代は地方の首長をしていたわけでありますけれども、当時覚えておりますのは、かなりやっぱり経済が傷んでいたという記憶があります。私のような地方は特にそうだったんですけれども、一つは円高というのがありまして、当時、ひどいときは七十五円ぐらいだったですけれども、八十三円ぐらいだったと思います。株価が、ひどいときは八千円だったですけれども、一万円程度、前後しておりました。何よりも、有効求人倍率というのが〇・八三ということでありましたので、私たちの町にも就職を希望する方々がたくさん御相談に参ったと、こういうふうに記憶をしております。特に、先ほどお話ししたように、私たち、私は四国という地方出身でありますけれども、この景気の悪さというのは非常に深刻でありました。
 それは、やはり経済構造上、地方に工場というか大量生産工場が来るんですね。本社は東京、研究施設は東京から一時間程度のところ、そして大量生産工場は地方で土地が安くて人件費が安価なところに進出してくるということでありますから、一旦景気が悪くなってくると真っ先にやっぱり縮小されたり人員削減されたりするのが地方でありましたから、まさにそういう状況が当時起こっておりました。実際、私の愛媛県でありますけれども、電子機器メーカーが相次いで撤退するというふうな、そんなことがたくさんあったわけであります。
 そういうときだからこそ、本来は政府は、財政調整機能というか、財政の持つ機能の中に景気対策機能というのを持っておりまして、景気悪いときこそ財政出動して景気を底上げすると、こういうものが必要だったと思うんですけれども、当時の民主党政権というのは自公政権の否定から始まった政権だったんですね。ですから、キャッチフレーズがコンクリートから人へという、そういう言葉がありました。多分、極端なメッセージ性がありましたから、逆に言うと、その後の政策運営の中においてもなかなかコンクリート、つまり公共事業等、景気対策は大宗がそういうものが占めますから、そのことになかなか充てられなかったのが景気浮揚に時間が掛かっていたのかなと、当時の民主党政権のときには私、強く感じていた一人でございます。
 例えばこんなことがあったんですね。子ども手当というのがありました。子ども手当そのものは非常にいいことだとは思います。ただ、その財源を論議するときに、ちょうど今日お越しでありますけれども、麻生大臣が総理のときの最後の景気刺激策の補正予算がありました。その補正予算を取り崩して子ども手当の財源に充てようと、こういうことがあったんですね。そうなると、やっぱり景気対策がおろそかになってしまうと、こんなことが当時あって、市長会としても何度か政府の方にその辺のことを要望しに行ったことが今でも思い出されるわけであります。
 そういうような中で、当時、安倍政権は、日本を取り戻すということで政権を奪回したわけでありますし、その中に、第一に経済再生というものを掲げられて取り組んできたわけであります。
 そこで、まず総理にお伺いするわけでありますけれども、総理就任以来、三本の矢に代表されるアベノミクスや地方創生に代表されるローカル・アベノミクス等、積極的に景気対策、経済再生、地方再生に取り組まれてきたわけでありますけれども、具体的に発足時と比べてどれだけその成果が上がったというふうに御自身の方で分析されているのか、また、当然全部が完璧というはずはありませんから、その再生の中で課題を挙げるとすればどのようなことを感じていらっしゃるのか、御所見をお伺いいたします。

発言情報

speech_id: 119615261X00620180305_024

発言者: 井原巧

speaker_id: 22249

日付: 2018-03-05

院: 参議院

会議名: 予算委員会