高木啓の発言 (文部科学委員会)
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○高木(啓)委員 新幹線や首都高速道路を始めとして、たくさんのレガシーを六四年大会というのは残していただいたと思います。今御披瀝があったほかにも、例えば、衛星放送が始まったのはこの一九六四年東京大会からでありますし、また、スポーツの裾野を広げるという意味では、子供たちのスポーツ団体でありますスポーツ少年団という組織ができたのも、まさにこの六四年大会をきっかけにしてということだったと思います。ですから、たくさんのレガシーを残していただいたと思います。
しかしながら、今御答弁にありました、政府として、特段、負のレガシーというのは認識をしていないというお話がありましたが、私は、実は、それこそこの五十年間の間に本来は検証されなければいけなかったことだというふうに思うわけであります。そこを認識しないと、実は、二〇二〇年大会に向けての新たなレガシーでありますとか、あるいは、それを克服していこうというような動機にならないものですから、そこははっきりとやはり言っておかなければいけない、こう思っています。
それは、一つは何かといいますと、例えば首都高速道路の日本橋に象徴されるように、当時は時間も財政的な余裕もなかったしということで、首都高速道路をつくるときに川の上に道路をつくっていった、そのことによって、やはり都市計画的にはかなり大きなマイナスがあったんではないかと思います。
更に言うならば、首都高速道路六号線は、隅田川の隅田公園を削ってつくられておりますし、さらに、明治神宮の内苑と外苑を結ぶ内外苑連絡通路というのがあったんですが、これは、内苑と外苑は一体だという思想の中で、乗馬道がそこにあったわけですね。それを潰して実は首都高四号線がつくられているということでありまして、そういう意味では、本来的には、もっと時間やお金があれば、東京の都市景観を損なわずにできたことも、実は急ピッチでやったためにそういうこともあったということであります。
私は、オリンピックというものを都市づくりという観点で見るとすると、やはり、平和な時代に大幅な都市改造をするというのは、こういうオリンピックのようないわゆるナショナルイベントでなければできないと思いますので、その意味では、五十年たって、二〇二〇年大会を迎えるに当たって、やはりその認識というものが欠けていたために、大きな都市改造としての、もっと東京をよくしよう、あるいは日本をよくしようという動機がちょっと薄かったんではないかなというふうに思うわけであります。
ですから、そこはしっかりと、私は、ぜひ御認識をいただきたい、そして、この先に向けてもっともっとすばらしい町をつくっていく、そういう動機づけにしていただきたい、このように思っています。
さて、二〇二〇年大会は、それではどんなレガシーが残るんでしょうか。政府としては、レガシーは何を残そうとしているのかということをぜひ教えていただきたいと思います。