赤間廣志の発言 (農林水産委員会)
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○参考人(赤間廣志君) 私も立ってお話しします。
今日は、参考人として意見を述べる時間をいただき、ありがとうございます。また、東日本大震災、巨大津波による沿岸漁業の復興には、国会議員皆様の理解と協力に、この場をお借りし、心より厚く御礼を申し上げます。
私は、昭和四十三年に宮城県水産高等学校水産増殖科を卒業し、漁業後継者として父親が営んでいましたノリ養殖に従事し、ノリシーズンが終わるとカレイの刺し網漁やアナゴ漁に取り組むなど、なりわいとして一年の生計を立てて、これまで五十年間にわたり漁業に従事してきました。
平成二十三年の東日本大震災では、ワカメ養殖施設が前年のチリ津波に続けて全て流失し、加えて所有する漁船三隻も流失しました。この五十年間、十勝沖地震津波など、大小幾度の津波にも遭遇してきました。三陸の漁業者にとって津波は宿命であり、何度も大変な思いをしてきましたが、自然現象である以上、津波にも畏敬の念を抱き、漁業を営んできました。
今、宮城、福島の沿岸には暖流が接岸し、小型沖合底引き船はカレイ、ヒラメ類の水揚げが振るわず、漁業者は嘆いております。また、岩手、宮城は三陸ワカメの主産地でありますが、宮城では暖流の影響でワカメの種苗が良くなく、今期のワカメ養殖に重大な支障を来している状況であります。
お手元に資料を配付しましたが、十一月二十三日付け地元紙河北新報の社説を引用し、紹介します。
有史以来、何度も津波の被害に遭いながら、それでも三陸の漁民は海の近くに家を構え続けてきた。高台移転、職住分離を基本とする東日本大震災の復興に強く難色を示したのも漁民たちだった。一たび海から離れれば、代々受け継いできた漁業権を失ってしまうというのがその理由だ。磯は地付き、沖は入会というルールが浜には今でも息づいていると記されています。
このように、漁村、すなわち漁業集落では、今でも漁に行く前あるいは漁から戻っての浜会議という非公式ながらもコミュニケーションの場があり、何か対立するような問題があっても、その解決のために相互理解を深める民主的な手法が根付いています。浜の合意の下で選ばれた海区漁業調整委員もおります。このように、古来より漁業の約束事が定められてきました。決してお上から押し付けられた規則ではなかったことは、明治時代に制定された漁業法ですら認めてきたことでございます。
そこで、私の漁業に対する考えは別途申し上げますが、我が国の国民に対する食料供給システムとして漁協、農協は絶対必要であるというのが私の考えです。また、これから述べる内容に漁業者及び漁業従事者という言葉が多々出てきますが、この漁業者及び漁業従事者というのは、遠洋から沿岸まで全ての漁業生産に関わる人々であることをまず申し上げておきます。
ここで、私の五十年にわたる漁業に携わった知見と公選の海区漁業調整委員として、現行漁業法の目的第一条にうたわれている漁業者及び漁業従事者を主体とする漁業調整機構と漁業の民主化を図るについて意見を述べます。
資料に、今回時間がないものですから、私が投稿しました河北新報の中に海区漁業調整委員のことも書かれています。それを読めば分かると思いますが、海区漁業調整委員会とは、知事からの諮問に対し答申する機関であり、禁漁区の設定など資源管理や、漁業者からのアキザケ刺し網漁業や各種漁業の届出に対して許可証発行の可否を審議する機関であります。また、知事が漁場計画を作成する際には、公聴会を開いて漁業者から意見を聴取し、漁場計画をチェックし、知事に対して意見を具申する役割を果たします。また、漁民のための海の議会とも呼ばれています。
東日本大震災後、岩手県知事は漁協とともになりわいの再生を掲げましたが、宮城県知事は創造的復興を掲げて復興特区法による水産特区を提案し、漁業法より特区法を優先し、企業への漁業権認可の先鞭を着けました。これについては宮城海区漁業調整委員会でも議論となり、紛糾したことは皆様御承知のとおりであり、海区漁業調整委員会で抗議のために辞表を提出し、辞任した委員もおりました。
特区法に基づいて認可され、五年経過し、合同会社の財務内容は芳しくなく、他産地流用や解禁日破りなどのフライングもありました。これについても、私の挙げた小論が皆様の手元にあると思います、御参照ください。
それで、合同会社の財務内容は芳しくなく、いろいろフライングもありました。今年の三月に宮城県より提出された水産特区の検証報告は、それらのフライングがあったにもかかわらず明記されておりません。それで、この検証報告を見ますと、不都合な真実、いわゆる先ほども言いましたように、解禁日破りあるいは他産地流用、これを含めて全くこの宮城県が出した検証内容には記載されておりません。これも私の小論文が皆様の手元に、特区についてはあると思いますから、御参照ください。
それで、水産特区は現状では成功とは言えない中で、あしき水産特区の今述べたような事例があるのにもかかわらず、漁協の優先を外し、企業と同列視しているのは理解できないと言わざるを得ません。
水産特区の議論の中で思ったことは、知事の権限の大きさであります。今度の漁業法の改定では、今にも増して知事の権限は大きくなります。公選制を廃して、企業への開放に知事が積極的な場合、海区漁業調整委員会、全て知事任命になることにより、恣意的な選任が行われることが懸念されます。そうなれば、水産特区と同じ混乱が生じるのではないでしょうか。これは、我々、七年前に十分に感じております。
現行法では、海区漁業調整委員会の有権者は、第一条にうたわれている漁業者であり、漁業従事者です。漁業者は漁業経営者のことですが、雇われている漁師や後継者も漁業従事者も有権者に含まれているということです。このように、漁業制度を定めるのに、海と共に生きている者全ての民意を拾うことができるようになっています。つまり、漁業の民主化を図ることを目的とする現行漁業法は、日々行われている漁民間の紛争調整を貴いものとして大事にしてきたと私は理解しています。
新たな漁業法では、公選制がなくなるだけでなく、海区漁業調整委員会の機能が大幅に改廃され、新たに漁業権免許を取得しようとする者の適格性の審査の機能も失われております。さきの六年前の特区においては適格性異議ありと申した、十五名の委員のうち過半数が異議ありでした。しかしながら、大事なものは三分の二条項という壁があって、それによって適格性は認めたということで、残念ながら我々の意思は通りませんでした。
漁村の民主化を阻害するものを排除するとする項目は、今回の法律ではかけらもなくなっています。このように、新たな漁業法の下での海区漁業調整委員会は、恐らく有名無実と化すのではないか。これまで達成してきた現場の民主的利用もかなり劣化します。したがって、漁業の民主化の実現に見た現行漁業法一条を大幅に書き換え、海区漁業調整委員会の公選制をなくすことは強く反対申し上げます。
次に、水産政策の改革に連なる漁業法改定の説明不足について御指摘申し上げたいと思います。
水産庁より六月一日に発表され、水産政策の改革案の説明会が六月二十二日に仙台で開催されました。改革案には非常に関心があり、私も出席し、説明を聞きました。たしか私の質問に対応したのは水産庁の矢花参事官であり、公選制を廃止することは現行漁業法第一条と矛盾するのではないかという私の質問に対し、現行法の第一条は変えないと六月二十二日は明確に申しました。確認のために、矢花参事官と廣野課長に、返事はないということで、私、この確認のためにメールを送りました。もし彼らと違っていれば、当然返信が来ると思っていましたが、来ませんでした。
今日、この改定案には、現行法の第一条はばっさりと削除、改廃されてしまいました。今回の改定は漁業法の一部改正とはいうものの、現行漁業法第一条の削除により多くの条文に影響し、一部改定どころか多くの条文が改変、削除され、全く新たな漁業法の制定であるとも言えます。私も資料を見ましたが、電話帳一冊を上回るほどの厚さです。これは、第一条を変えなければ、たとえ変えたとしても、そんな厚さの理解できないような案ではないと思うんですよね。そこで、なぜ第一条を削除したのか。これは私は非常に憤りと疑問を感じます。
七十年ぶりの新たな漁業法の制定とも言えるのに、地方公聴会も開催されません。たしか農協法の場合は、ここに山田先生もおりますけど、公聴会やりましたね。本来なら、一年ぐらい掛けて多くの漁業者及び漁業従事者に対して説明し、広く意見を求めるべきではないかと思います。ましてや、漁業関係者以外の多くの国民に対しても同じく説明して、多くの国民からも意見を求めるべきであります。食に関わる法律なら、なおさらに国民の理解は必要であると私は思います。水産庁が本気で説明会をするならば、長官通達で都道府県を通じ漁連から漁協へと、そして浦々まで漁業者へと説明が伝わるはずであります。
昨日の朝日新聞の記事を見て、宮城県漁協のある支所の運営委員長が、何ら説明会がいまだ県漁協からアプローチもないということを、ゆうべ、私どもの方に電話いただきました。また、全漁連も経営のトップであり、末端単一漁協への説明努力を漁業者の一人として強く要望するものでありますが、にわか作りの法案を六か月の急ごしらえの普請では、全漁連さんも水産庁さんも説明する時間があるわけではない。今年九月に漁業権免許更新が行われ、今年ですよ、次回の更新までには五年間もあります。そんなに改定したければ、一年掛けてヒアリングやきめ細かな公聴会を開いて法案を作れば、少しはまともな法案になるのではないでしょうか。
七十年前に漁業法の制定と水協法が制定され、全国津々浦々に漁協が設立されました。私の父は、太平洋戦争で近衛師団から南方戦線に転出し、昭和二十一年春に復員しました。父は、漁村の次三男であり、応召前は北洋漁業に従事しており、漁業に対しての強い意欲を持っておりました。漁協ができ、組合に参加した当時の喜びを幾度となく聞かされました。あの当時の喜びと同じような、全国の漁業者に喜びが沸き上がるような漁業法の改定を願っています。
結びに、先人の英知がなし得た理念に満ちた現行漁業法を朗読します。
第一条、「この法律は、漁業生産に関する基本的制度を定め、漁業者及び漁業従事者を主体とする漁業調整機構の運用によつて水面を総合的に利用し、もつて漁業生産力を発展させ、あわせて漁業の民主化を図ることを目的とする。」。
私たち多くの漁業者にとっての第一条は、金科玉条であり、不磨大典どころか七十年間、磨きに磨いてきた法律ではないでしょうか。もっともっと述べたいことはありますが、時間の関係上、これをもって終わります。
御清聴、誠にありがとうございました。