赤間廣志の発言 (農林水産委員会)

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○参考人(赤間廣志君) 質問ありがとうございました。
 私は、高校を卒業して、それで漁協の青年部活動をずっとやってきまして、直接漁業経営には参画はしていませんが、ただ、やっぱり農業も漁業も、作ったものが自分たちの生活に、安心できるような価格で売れれば私はいいんですよ。やっぱり農協、漁協の販売、これはやっぱり生産者の生活できる価格で販売するというのが一番だと思うんですよね。
 私、ちょうど三十年前に、今でこそ六次化ということがありますけど、六次化がないときに、三十年前、実は海藻の加工の会社をつくりました。今年で大体三十年になりますが、なぜそのときつくったかというと、塩蔵昆布を作ったら、自分たちの生産で合わない価格で、もうなぶり殺しみたいな感じの値段でやっちゃうんですよ、共販でね。私はこれでは駄目だと。やっぱり何とかして、もちろん自分で原料を買う場合は、やった場合、その扱った分の、販売手数料としていた分は漁協に当然納めました。だけど、その値段で生産してもなかなか食べていけません。
 そこで、やっぱり、その当時、塩釜は揚げかまぼこの産地でありまして、昭和五十五年代、今でもスーパーにありますけど、おでんセットという製品がちょうど出回った頃で、それには必ず昆布を使いました、結んでね。しからば、よし、その昆布を作ろうということで会社を立ち上げて、昆布を作って。なかなか漁業者、経営学を学んだわけでもない、いろいろ大変でした。でも、入札で出すよりは、自分で納得した製品作って売るんですから、多少利幅が狭くとも自分で納得しました。
 ですから、私は、やっぱり漁協、農協というのは、一番は、漁業者、農業者の生産したものをとにかく適正な価格で、まあ適正かつ十分ということは申しませんが、それと同じような価格で売れれば、やっぱり農業者も漁業者も安心します。
 宮城県の場合、震災後、漁業後継者がおかげさまで全国で第一位の増加を示しています。それで、うちの会社も私の子息が、長男、三男が私と共に漁業と会社経営を一緒にやっています。
 そして、もう一人、水産庁の漁業就業者フェアで高校三年生のときにそれに参加して、どうしても漁師になりたいという若い男の子がいまして、それで岩手県の釜石のイカ釣り船に乗りました。その子は三月生まれで、それで、イカ釣り船に乗ったものの、日本海、能登半島から津軽海峡、釧路、根室沖、三陸沖、皆様御承知のとおり、イカはここ三年、四年、ここに、鈴木さんなんかは詳しいと思いますけど、結局は給料も払えないということで、就職した年の十二月に解雇されて、それでも漁師になりたいという希望を持って、明くる二月のカキ祭りに行って、行けば漁民と会うと……

発言情報

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発言者: 赤間廣志

speaker_id: 24382

日付: 2018-12-06

院: 参議院

会議名: 農林水産委員会