糸数慶子の発言 (法務委員会)
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○糸数慶子君 なぜこのような標語が必要だったのかということですね。
戦争で親もそれから家もなくした子供たちが浮浪児として社会から冷たく扱われていた現実がありました。一九四八年九月に閣議決定された浮浪児根絶緊急対策要綱には、浮浪児に物をやるな、浮浪児から物を買うなの運動を強く展開して、浮浪児生活の温床を断つことなどと書かれ、戦災孤児がまるで野良犬か厄介者、あるいは犯罪者のように扱われていたという背景があったことが記されています。
戦争で傷つけられた弱い人々を救う役割を担おうと家裁創設に奔走したのが宇田川潤四郎、日米開戦前にニューヨークの家庭裁判所を視察した内藤頼博、女性初の裁判官となった三淵嘉子ら、第一世代と言われる方々であります。
しかし、創設までには多くの困難があったと言われております。戦前、少年審判所を運営していた検察が裁判所の運営することを厳しく抵抗したことや、独立した裁判所の庁舎造りのため、莫大な資金調達と人材の確保で創設当時の関係者の苦労は並々ならなかったことが分かります。
創設七十年を迎えるに当たり、新しい憲法の理念に基づいて生まれた家庭裁判所の創設に多大な貢献をした第一世代へどのような思いをされているのでしょうか、お伺いいたします。